【ウィズ】担当パート
その瞬間、ミレナの揺れていた尻尾がピタリと止まった。
伏せられた長い睫毛が影を落とし、彼女は静かにこちらを見つめ返す。食卓を隔てたわずかな距離が、まるで深い谷のように感じられた。
「んー……少し、答えづらい、かな」
ぽつりと、雫が落ちるように彼女は言った。
「正直、ボク自身が“何者”なのか、よく分からないんだ」
そう言って、寂しそうに、でもどこか困ったように笑みを浮かべる。その表情は、まるで迷子の子供のようだった。
「気がついたら、あの場所にいて……。『カレナを探さなきゃ』ってことだけ、ずっと考えてて。死んでいないか、せめてお墓がないか確かめたくて、それで……貴女に会ったってわけ」
淡々と語られる言葉には、実感というものが欠けているように聞こえた。まるで、誰かから聞かされた物語を、そのまま繰り返しているかのように。
「ちなみに」と、ミレナは少しだけ明るい声色を取り戻す。
「ボク、特別な能力を持ってるらしいんだ。思い描いたことが、現実になる、みたいな。今食べてるそれ、実はボクが『あったらいいな』って願ったら出てきたの。……便利だよね」
彼女はそう言って、人差し指で目の前の鮭を、こつん、と指し示した。
そのあまりに無邪気な仕草に、私は言葉を失い、箸を持ったまま固まっていた。
ますます謎が深まった……。何者なのか分からない、というのは記憶がないということだろうか。いや、それにしてはカレナという名前は覚えている。ただ混乱しているだけ?
どちらにせよ、何か複雑な事情を抱えていることだけは痛いほど伝わってくる。
——いや、待て。
そもそもだ。
そういう小難しい話の前に、もっと根本的な問題があるじゃないか。
昨夜は酔っていたせいで、どこか夢見心地のまま受け入れてしまっていた。けれど、こうして素面の頭で改めて目の前の光景を認識すると、一気に混乱が奔流となって押し寄せてくる。
彼女の、その白銀の髪の間からのぞく、ぴんと立った三角の耳。
感情に合わせて揺れる、しなやかな尻尾。
猫耳だ。もふもふだ。
なんだ、この存在は。どういうことなんだ!?
いわゆる「そっち」の趣味を持つ人間には、あまりにも刺激が強すぎる存在が、今、目の前でお味噌汁をすすっている。……かくいう私も、見事にその一人なのだが。
そのうえ、能力が「あったらいいな」で実現する、だなんて。
なんだ、ドラ○もんか何かか?
記憶喪失(?)で、人外で、猫耳で、おまけに四次元ポケット付き。
情報量が多すぎて、思考が完全にショート寸前だった。
そして、とどめを刺すように脳裏をよぎったのは、昨夜の、すぐ隣にあったはずの温もりだった。
そうだ。そもそも私たちは……。
同じベッドで、寝ていた……。
ふいに、あの感覚が鮮明に蘇る。
柔らかな毛並みが肌に触れる感触。太陽をいっぱいに吸い込んだ、干したての布団みたいな匂い。
あの温かくて優しい香りに、私はすっぽりと包まれていたのだ。
「っ!!!」
カタン、と箸を取り落とす音が、静かな朝の空気に響いた。
顔に、一気に血が上るのが分かった。