【ウィズ】担当パート
まるで置いて行かれる焦燥に駆られるように。
昨夜の出来事が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。あれは夢ではなかったのか? 瞼の裏に残る熱や、肌に残る微かな記憶が、幻ではないと囁く。
開かれた扉の向こうから、出汁の香ばしい匂いと、炊き立ての飯が湯気を上げる甘い香りがふわりと鼻腔をくすぐった。視界に飛び込んできたのは、キッチンで手際よく朝食を用意する後ろ姿。
それは、確かにヒトのそれだった。華奢な肩のライン、しなやかな腕の動き、すらりと伸びた背筋。だが、決定的に違うのは、全身を覆う白銀のつややかな毛並みだった。光を吸い込んで輝くその毛並みは、朝の光を受けて淡く輝いている。桜色のエプロンが、その幻想的な姿に不思議なほど似合っていた。
ゆらり、ゆらり。
毛並みの間から伸びる一本の尻尾が、猫のようにしなやかに揺れる。まるで、こちらを誘うかのように、規則的なリズムを刻んでいる。
「……やはり、夢じゃなかったのか」ああ
意識せず、言葉が喉から零れ落ちた。その声に気づいたのだろう、後ろ姿がふわりと振り返る。
そこにいたのは、瞳の色も、耳の形も、全てがこの世の常識から外れた存在だった。それなのに、どこか見覚えのある、懐かしいような気配を纏っている。
「おはよう、起こしちゃった? ごめんね」
鈴が転がるような、あるいは朝露が葉を滑り落ちるような、澄んだ声だった。申し訳なさそうに眉を下げ、しかし次の瞬間には、柔らかな笑みをこちらに向けてくる。
「朝ごはん、食べるよね?」
差し出されたその笑顔は、あまりにも自然で、そして……あまりにも魅力的だった。