第98話 誰かに吸い付かれた痕があるわねえ
「ブランディルに冒険者ギルドが無い理由?
うーん、そうねえ……。
強いて言えば、村の狩猟組合との競合を避けるため、かしらねえ」
「(そう言えばローラちゃん達も言ってたわね……たまに猟師さんの狩りに連れてって貰ってるって)」
ふもとの村でローラちゃんとベルタちゃんの獣人姉妹と一緒に美味しく昼食を摂った後。
2人とお別れして女公爵のシェリルの城へと子供達と一緒に戻った私は、夕食後に城の中をぶらぶらと歩くついでに、自室でくつろぐシェリルを訪ねていた。
もう寝る前だったのか、シェリルは昼間の紅いドレス姿ではなく紅いネグリジェ姿でベッドに寝転んでいて……。
「(って、派手な色の寝巻きね……
さすが女領主……)」
私とは旧知の仲みたいだし、せっかく御招待を受けて城に滞在させて貰ってるんだから、友達らしくお喋りなんかもしておかないとね。
「冒険者って魔物やら有害召喚獣の討伐がメインの活動なんでしょお?
……もう村には昔から周辺の害獣や魔物を狩るのを仕事にしてる狩猟組合があったし、今更感があったのよねえ」
「そうだったの」
冒険者の仕事は他にも色々あるから害獣駆除やら魔物退治ばっかりやってる訳ではないんだけど……でもシェリルの言う通り、確かに仕事が被っちゃうか……。
狩猟組合との諍いが起きないとも限らないし、ギルドを敢えて設置しなかったのは正解かも。
「じゃあ、もし狩猟組合の猟師さん達でも手に終えないような魔物とかが、ブランディル周辺に現れた時は?」
「その時は私が対処するわあ。
ディケーも知ってると思うけど……
私、ちょっと強いのよぉ」
ズ ズ ズ …… 。
「(すごい……。
ただ寝転がってるだけなのに、
背筋が寒くなる程の暗霊とした負の魔力……!)」
見てるだけで身震いする……!
伊達に何百年も生きてて、死妖姫なんて呼ばれてる訳じゃないっていうのがよく理解るわね……!
領民達から「姫様」って呼ばれて老若男女から慕われているのもこれなら納得よ……シェリル自身の絶対的な強さがあるからこその、裏打ちされた民からの信頼!!
「(この力でブランディルを何百年も守護して、公国も手が出せない亜人の特区を作り上げたのね……)」
300年前の深淵戦争でも異界の魔物達を寄せ付けなかったっていう伝説も頷ける。
ーーー正直……ディケーと友達同士で本当に良かったと思う。
もし敵だったら、とんでもなく恐ろしい相手だったかも……レジェグラの本編に登場していたら、ゲームのバランスブレイカーになりかねない存在だわ……。
「うふふ……。
ねえ、ディケー……。
久々に私と本気でケンカしてみない?
貴女、また腕を上げたんでしょう……?
見れば分かるわあ……自然と血が滾るもの……」
「(うええっ……!?)」
ムクリ。
それまでベッドで寝転がっていたシェリルが、雪原にも似た真っ白な長い髪をフワッと掻き分け、起き上がった。
そうして、笑顔と共に。
紅玉のように燃える双つの瞳で、私を視ていた。
……って、いやいやいやいやいや!
私にそんなつもりは毛頭ないんですけど!?
「思い出すわあ……。
貴女、最初は私の城に旅人を装って現れたのよねえ。
この城から冬の夜空の星を観測したいとか言って……。
強い魔力を持った魔女だったし、快く城に入れてあげたら、貴女ってば
『城にある宝物を全部よこせ』とか言って来たのよねえ……。
何言ってんのコイツと思ったら、急に背後に転移して、私の首を切り落とそうとしてくるんだものぉ……。
あの時は、ホント驚いちゃった★」
「(何やってんの、ディケェェェェエエエエ!!!!)」
えっ、友達は友達でも……ケ、ケンカ友達ってオチですかあ!?
しかも先に手を出して来たのはディケーの方なの!?
「とっさに剣を歯で受け止めてなかったら危なかったわあ……。
それからはもう、互いに腕が千切れるわ、足が飛ぶわの大立ち回りだったわねえ……」
「あはは……。
そ、そんな事もあったかしらね?」
「うふふっ、懐かしい……。
今となっては私達の良い思い出よねえ……。
あの時、私が肩ごと喰い千切った首元は大丈夫かしら?
もう綺麗に再生しているみたいだけど……冬場に痛むようだったら、ごめんなさいねえ★」
「(なんちゅー凄惨な……!)」
こ、この2人、そんな死闘を演じてたなんて……!
確かに女吸血鬼の城なんてRPG的な視点で見れば、レアなお宝がどっさりありそうな夢のワンダーランドかもだけどさあ!!
旅人を装って侵入した挙げ句、お宝全部よこせって……ディケー、貴女ちょっとやりすぎでは!?
そりゃ家主のシェリルが怒って反撃するのもやむ無しよ、れっきとした正当防衛だし!!
「えーと……。
そ、その節は、すごく失礼な事しちゃったわね!
じゃあもう夜も遅いし、私はこれで……。
お、おやすみなさーーーー」
「ねえ、待って?」
「 !? 」
さすがにいたたまれなくなって、シェリルの自室から出ようとした矢先。
ーーーつい数秒前までベッドに寝転がっていたはずのシェリルが、吐息が聞こえる距離まで、音もなく私の背後に立っていた。
腰にガッチリと手を回され、力を入れなくても振りほどけない事が本能的に分かってしまう。
あ、これダメなヤツだ、って感じでね!
……って、冷静になってる場合か私ッ!!!
「よーく、首元を見せて貰える?
ディケーが私の城に来た時から、ずーっと気になってたのよぉ」
そう言ってシェリルは私の腰を抱き締めたまま、背後から私の首元を覗き込む。
ナタリア様とは異なる高級そうな香水の香りがふわりと私の鼻腔をくすぐるけれど、私にはそれが何の香りかを判別する余裕すらなくて……。
「……あぁ、やっぱり。
誰かに吸い付かれた痕があるわねえ……」
んなッ……!
ナタリア様から付けられたキスマークの内出血、ブランディルに来る前にはとっくに消えたと思ってたのに!?
そんな事まで分かるの? それも魔眼の力っ!?
「ふぅん……。
ディケーってば今、そういう相手がいるのねえ?
吸い付いた痕からして、男じゃない……女かしら?
貴女程の魔女が身体を許すなんて……
ちょっと、妬けちゃうじゃない?」
背後から聞こえるシェリルの声は。
嬉々としてはいたけれど。
ーーー本気で嫉妬が入り交じったような、
強い怒気、そして愛憎をも孕んでいた。




