第90話 「……あんな素敵なお相手が、もう居るんだ」
かくして。
デサロ、ヴィーナ、公国による帝国軍残党組織の合同摘発は幕を開けた。
まずはデサロの北にある大墳墓にドローンを飛ばし、帝国の残党が出入りしているのを実際に確認。
その後、暗所やダンジョン内での偵察や戦闘に長けた者から選抜されたデサロとヴィーナの冒険者が墳墓を強襲。
帝国の残党を墳墓内部に追い詰めた。
二十年以上前に調査団が墳墓に入った際にはあったはずの地下通路の落盤は読み通りに綺麗に片付けられており、残党達は通路を通ってデサロ方面へと逃走。
戻って来られないよう、また墳墓の学術的な価値を鑑みて通路は破壊せず、即席の結界を何重にも張って処置された。
一方の城塞都市デサロ。
デサロを取り仕切る総督、その公爵家の令嬢エマの指摘通り、かつてデサロが城塞都市として建て増しされる以前に存在していた、先住民の古代都市時代の下水道に北の大墳墓へと通じる通路が発見された。
最近まで人が出入りしていた痕跡も見つかり、デサロ総督の部下達が大墳墓側の地下通路から逃げて来た帝国軍の残党を待ち伏せして袋叩きにした事で、残党は総崩れとなった。
また、捕縛した残党の首魁を尋問したデサロ公爵家の家庭教師兼用心棒のヴィーナの冒険者ディケーにより、その口からデサロ転覆を目論む反総督派の伯爵らの素性が判明する。
伯爵一派の捕縛には公国軍が出動、既に捕縛された帝国軍の残党の証言や大墳墓内及びデサロの下水道に保管されていた大量の銃火器、更には以前からデサロ総督である公爵の内政への不満を貴族仲間らにぶちまけていた事からも嫌疑は強まり、内乱幇助罪により、あえなく御用となったのだったーーー。
「……って、こんな感じで活字にするとね。
いかにも終始スムーズな感じで、
合同作戦は大成功したかのように思えるんだけど……実際の所は、そうはいかんざき!だったのよね」
まずは北の大墳墓での帝国軍残党とデサロ・ヴィーナ合同の冒険者の強襲部隊の戦い、これが凄まじかった。
仲間をデサロ側に逃がすために「ここは俺に任せて先に行け!」と殿を務めた帝国兵が何人か居たみたいなんだけれど、たった一人の冒険者によって帝国兵全員が地下通路にて悶絶している状態で発見され、捕縛されて大墳墓の外に連れ出されるも……
全員が全員、指の爪を何枚か剥がされていた挙げ句、睾丸が原型を留めないくらいに股間を蹴り飛ばされていた、っていうね……。
「やったのは多分……」
強襲部隊に参加したデサロの冒険者ギルド所属の者曰く、
「ヴィーナから派遣された冒険者が暗がりの中で楽しそうに『ディケーさんに頼まれちゃった♪ ディケーさんに頼まれちゃった♪ あははっ!』と笑いながら、帝国兵の爪を次々と何の躊躇もなくペンチで剥ぎ取っていた。同業者ながら思わずゾッとした」との事……。
「(ネ、ネリちゃーん!!!)」
私がデサロで仕事をしている間に、とうとう斥候から暗殺者に昇級しちゃってたのね……。
人より魔に近いって言われる職業だけあって、情け容赦の欠片もないですやんか!
爪を剥いだり、睾丸を破壊するって発想がまずフツーじゃない!!
わ、私が言った「自信持ってね」って一言が、とうとうここまでの事態を引き起こしてしまうなんて……。
「大墳墓も修羅場みたいだったけど、デサロの下水道も大概だったわね……」
最初は軽い気持ちで引き受けた家庭教師代理の仕事だったはずなのに……。
いつの間にか私は「ヴィーナの領主から貸し与えられた、デサロ公爵家の臨時雇いの用心棒」的な扱いにされてしまい、かつてフライデーをた◯し軍団が襲撃した際、先陣を切って「東、先陣を切る」と翌日各新聞を賑わせた、そのま◯ま東よろしく、
『ディケーの姐さん、ここは一つ……』
『先生のお力、帝国の奴らに見せつけてやってくだせえ』
『ミアの姉御の代わりは先生にしか務まりやせんぜ』
と、公爵様の部下の人達に担がれてしまい、大墳墓側の地下通路から逃げて来た帝国の残党を相手に、この私が先陣を切って大立ち回りをする羽目になったっていう……。
新撰組が池田屋を強襲した時だって
「御用改めである。無礼すまいぞ」って口上を局長の近藤勇が言う余裕くらいはあったでしょうに、帝国の連中と来たら私を見るなり、
『ええい、邪魔だ! どけ、女!!!』
で、予想通りに。
『構わん、撃て撃て!!!』
『あばばばばばばばばばっ!?』
帝国の残党は当然の如く銃火器で武装していて、私に向かって問答無用で一斉射撃ですよ!
……魔女プレアから買った魔道具が無かったら蜂の巣にされて即死だったわね、確実に。
まあ何せ、明かりも何も無い真っ暗な地下通路なものだから、残党達もとにかく手元の明かりを便りに手当たり次第に目の前で動く物を撃とうとする訳でして……対衝撃吸収の魔道具を身に付けておいて良かった……いや、やっぱ良くない。
出血はしなかったけど、それなりに痛かったし!
『くっ……例え捕まろうが、帝国軍人としての誇りまでは失わぬ!
拷問でも何でもするがいい、我らは何も吐かぬぞ!!』
結局、大墳墓側の地下通路から逃げて来た帝国の残党もデサロ側で捕縛され、その中に居た首魁もお縄に付いた。
捕縛されても尚、自分達と協力関係にあるデサロの貴族の名を喋るのを頑なに拒んでいたけど、
『そんな事言わずに……。
もう全てを話して、楽になりたいとは思いませんか?』
『!? あ、あぁ……。
は、話して、楽になりたいです……。
も、もう、暗い墓場や地下での暮らしはまっぴらなんです……!』
って、私が"魔女の瞳"を発動させながら問い掛けたら、それまでの頑固な態度が嘘みたいにペラペラと首謀者の貴族の名前を喋り始めましてね……。
お風呂もろくに入ってなかったみたいでメチャクチャ臭かったし、本心としてはもう反公国運動とかどうでも良くなって来てたんでしょう……帰るべき故郷の帝国も戦後に解体されて存在そのものが消滅しちゃったし。
リーダーの心が折れたのを見て、他の残党達も魔女の瞳を使うまでもなく、もう疲れきった顔で色々と話し始めちゃったのよ。
『悪党まで改心させるたあ、さすが先生だ!』
『先生が居てくれれば、うちの組も安泰だな!』
『先生! これからも用心棒として、
オヤジとお嬢を支えてやってくだせえ!』
『あの、皆さん……。
私、用心棒じゃなくて家庭教師なんですが……』
しかも臨時雇いのね!
で、帝国の残党のリーダーが色々と喋ってくれたおかけで芋づる式にデサロの転覆を企んでた、協力者の貴族の一派の存在が明るみになり、そっちは公国軍の人達によって内乱幇助罪やらで逮捕された。
当初から公爵様は公国相手に借りを作りたかったみたいだし、デサロと公国の間で何らかの密約でもあったんでしょうね。
まあ、怖いから詳しくは聞かないけども……。
「……こんな感じで、デサロでの一連の騒動は幕を閉じたのでした」
****
「今回はすっかり世話になっちまったな、先生。
ミアの奴にエマの家庭教師を拒否られた時はどうなる事かと思ったが……結果的にアンタが来てくれて良かったと思ってるぜ」
「光栄です、閣下」
後日。
予定していたエマちゃんの家庭教師としての授業も全てが終了し、一段落ついた。
人前で実技を披露するのが苦手だったエマちゃんも、お父様である公爵様の前でデサロと大墳墓の関係性についての説明をしてみせて自信が付いたのか、もう物怖じしなくなったみたいで何よりだわ。
ここ一ヶ月くらいの鍛練で魔力の総量も飛躍的に上昇したし、身体から放出される魔力も穏やかで力強い。
高等部を卒業したら首都の魔術省で働きたいっていう夢に、また一歩近づけたわね。
「俺の監督……もとい、総督不行き届きで、デサロに裏切り者の貴族を出しちまうたあな……。
連中は牢獄へブチ込まれはしたが、また似たような輩が現れねえとも限らん。
……その時はまた頼めるかい、先生」
「あはは……。
つ、都合が付けば……」
私、すっかりデサロ総督の公爵家の家庭教師兼用心棒のポジションに……ッ!
もう"登場人物全員悪人"って感じね!
「あとヴィーナとの協力関係と交易、前向きに検討させてもらわあ。
御領主と奥方にはよろしく伝えといてくれ」
「はい。有り難きお言葉」
……ふう。
ナタリア様の真の目的だったデサロとヴィーナの友好関係の構築も何とか上手く行ったみたい。
先陣を切って帝国の残党と戦ったのが好印象だったのかしら……いや、次同じ事しろって言われたら慎んで辞退させて頂きますけどね……命が幾つあっても足らないわよ!
「それでは閣下。私はこれにて」
「おう。達者でな、先生」
そう言って私は公爵様に見送られながら、執務室を後にした。
****
「ディケー先生。
今日までの御指導、ありがとうございました。
先生の授業で学べた色々な事で、私も自分に少しは自信が持てたように思います」
そして、いよいよ。
エマちゃんともお別れの時が来た。
お屋敷の玄関まで見送りに来てくれたのよね。
うーん、ミア姉様の代理で家庭教師をやる事になった時は私に務まるか多少の不安はあったけど……でも、エマちゃんの素敵な夢も応援出来たし、結果オーライって事で!
「それなら良かったわ。
エマちゃんもあと何年かしたら成人だけど……
エマちゃんの人生だから、おうちの事に囚われず、エマちゃんの好きに生きていいの。
……これからもエマちゃん自身の"好き"を大事にね」
「……はい。ディケー先生」
私も子供の頃からの"好き"が高じて、こうしてレジェグラの世界に転生しちゃって、推しキャラだったライアとユティの母親やってますしね……人生、何が起きるか分かりませんやんか!
「エマちゃんが夢に向かって頑張ってる姿、私も側で見てたから」
「私の夢……ですか」
エマちゃんは将来、遺跡の調査とか保全のフィールドワークのお仕事がしたいのよね!
お父様の公爵様は自分の仕切ってる海運業をエマちゃんが継いでくれないのは残念でしょうけど……。
「……ディケー先生のような、素敵な大人の女性になる。
……そういう夢もアリかな、って今は思います」
「えっ……!?」
ポッと顔を紅くして。
エマちゃんはいじらしくはにかんで、私を上目遣いで見た。
オレンジ色をした鮮やかな瞳が憂いを帯びていて、とても綺麗で……って、ちょっと待ってエマちゃん!
……わ、私、そこまで素敵じゃございませんよ!?
ガワはギリ十代で通じるかもだけど、中身アラサーだし……。
そんな私の胸中を知ってか知らずか、
「あの、ディケー先生……。
先生さえよろしければ……
今後も、たまにで良いので……。
……私の勉強を見ていただけませんか?」
「え、ええ……。
勿論、エマちゃんさえ良ければ。
……また、ここにお邪魔させてもらうわ」
「よかった! ありがとうございます!!」
感極まったのか、私はエマちゃんにガバッと抱き付かれていた。
……お母様が亡くなってから、ずっと寂しかったのかも。
たまにだけど、ライアやユティがこうして抱き付いて甘えてくる事だってあるもんねえ……。
自然と私の手は伸び、エマちゃんの白金色の髪を撫でてあげていた。
エマちゃんはくすぐったそうに身をよじるけど、嫌そうな素振りは微塵も感じさせなかった。
「ディケー先生……。
あの、私ーーーーーー」
と。
エマちゃんが何かを言い掛けた時ーーー。
「……呆れた。
ディケー、ついに未成年に手を出したのね?」
「えっ……な、ナタリア様!?」
聞き覚えのある声がしたと思って、振り向けば。
何と、公爵様のお屋敷の玄関前に。
ヴィーナの御領主の奥方様であるナタリア様が馬車と共に陣取っていた。
……あ、そう言えば今日でエマちゃんの家庭教師の業務が終わるって事前に伝えてたわね……ヴィーナから迎えに来てくれたんだ!
「……なんてね、冗談よ。
ほら、さっさと馬車に乗りなさい。
ヴィーナに帰るわよ」
「は、はい!
……ごめんね、エマちゃん。
お迎えが来ちゃったから……またね」
「……はい、ディケー先生。
……またお会いしましょう」
名残惜しげに私から離れて。
エマちゃんは小さく手を振って、別れを告げてくれた。
公爵令嬢だけあって、何をしても絵になる素敵な子だったわねエマちゃん……ライアとユティもいずれはエマちゃんみたいな魔術の使い手になってくれればいいんだけど。
「……あんな素敵なお相手が、もう居るんだ」
別れ際、エマちゃんが何か言ったような気がしたけれど。
私はナタリア様に手を引かれ、馬車に乗り込むのに夢中で、聞きそびれてしまったーーー。
****
「……あの。
ナタリア様、何をされているんですか……?」
「別に。
……ただまあ、目の前であんな情熱的な別れを見せつけられちゃね。
……熱に当てられちゃったのかもしれないわ」
馬車に乗り込み、城塞都市デサロの入り口の検問を出た途端。
ナタリア様が待ってましたとばかりに。
……急に、私に抱き付いて来た。
「ん……。
ディケーの匂い、久しぶり……。
私の好きな匂いだわ……。
ちゃんと私が買ってあげたボディソープを使ってるようね」
まるで念入りにマーキングするかのように。
私の身体に自身の存在を刻みこむかの如く、バッチリ決めたよそ行きのドレス姿で。
髪のセットが乱れるのも気にせず、私に身体を擦り付けて来る。
……何かもう、ナタリア様ってばさあ。
絶対口には出さないけど……私の事、かなり好きなのでは……?
「……だって。
あんな子供にディケーを取られるなんて、私のプライドが許さないもの」
嫉妬じゃん!!!
「うっさい。違うわよ」
「……私まだ何も言ってませんけど」
「ふん。
どうせ『嫉妬じゃん!』とか思ってたんでしょ」
はは、バレテーラ!
こっちの世界に来てから随分とその……ナタリア様ともこんな感じの関係になっちゃってるし、もしかして私って端から見ると会う女の人を次々と食い散らかしてる悪女に見えたりしてるんじゃないかなあ、やっぱり……。
「ヴィーナまで3日はかかるんだから。
……その間は私がディケーを独り占めさせてもらうわ」
ナタリア様は勝ち誇るように笑うと。
私の手の指に自身の指を1ミリの隙間も無く絡め、強くギュッと握りしめてきた。
「……私を寂しがらせた罰よ」
……後で馬車が休憩で止まった時にでも、ライアとユティのお世話を魔女の先輩の誰かにお願いしとこう。




