第82話 公爵令嬢エマの初授業
「いい感じよ、エマちゃん。
あと1分くらい、その状態を維持してみましょうか」
「は、はい、ディケー先生……!」
ズ ズ ズ …… !!!
国境の町ヴィーナから馬車で3日をかけてやってきた城塞都市デサロ。
そこの公爵家の一室で、いよいよ私の家庭教師代理としての授業が始まった。
指導する事になったのはデサロ総督の一人娘で現12歳の公爵令嬢、エマちゃん。
オレンジ色のお目々がぱっちりで、白金色の髪がキラキラの、これぞ異世界の公爵令嬢!って感じの子だった。
「(なるほど、なるほど……。
元々才能はある子なのね……いい感じの魔力の流れだわ)」
で、対面して早々に。
エマちゃんの魔術学校での実技の成績が少し落ち込み気味だそうなので、まずは今の時点でどれ程の魔力を持っているのか見せてもらっている最中なのね。
でも代々城塞都市の総督を任されている武家の公爵家の娘さんって話だったし、私はてっきり血気盛んな女の子とばかり思ってたんだけど……いざ会ってみたら予想に反して、すごく大人しそうな感じの子だった。
「来年から中等部に進学すれば、実技の授業で他の子と模擬試合をする事も多くなっていくでしょう?
高速で術式を展開するためにも、魔力の流れをスムーズにする鍛練は大事だからね」
「はぁっ、はぁっ、はぁ……。
は、はいっ!」
私が話し掛けても魔力に揺らぎは見られないし、流れもすごく穏やかだわ。
話も素直に聞いてくれてるし、鍛練に臨む真剣な表情からも、真面目な性格の子って事がよく分かる。
魔術を行使するための基礎は既に出来上がってるみたいだし……何が問題なのかしらね?
「よし、もう解いて大丈夫よ。
お疲れさま、エマちゃん。
少し休憩しましょうか」
「はぁ、はぁ……はい。
……ふう」
「はい。これで汗を拭いてね」
「あ、ありがとうございます」
魔力の放出を解き、額に汗を浮かべて床にペタリと座り込んだエマちゃんへタオルを手渡し、私も同じように床に座った。
エマちゃんは少し疲れた様子ながらも何処と無く達成感のある顔で、ニコッと微笑んでタオルを受け取ってくれる。
うーん、可愛い子ね!
これは魔術学校でも男女ともに放っておかないのでは?
「(魔力については問題なさそう……。
いえ。むしろこの年頃の子の中では、かなりデキる子なんじゃ?)」
ライアとユティも"魔女見習い"の鍛練を始めた最初の頃は魔力放出の継続時間は10分くらいがやっとだったし、それを鑑みれば最初から30分近くも維持出来るのって結構すごいんじゃないかしら?
血筋がいいのか、はたまた本人のこれまでの地道な努力の結果なのか……これは教えるのが楽しみな感じの子ね!
「ちなみにエマちゃん。
いざ私に言われた通りに魔力を解放してみて、どう?」
私がそう問い掛けると、エマちゃんは「そうですね……」と少し考え込む仕草を見せた後、
「まだ実感は沸きませんが……
それでも、ディケー先生に指導を受ける前より、体内の魔力の流れが確かに早くなったように感じます。
何て言えばいいのでしょうか……。
本のページを捲るのが、少しだけ早くなったような……?」
おおー、少しではあるけど実感はしてくれてるみたい。
やってる事は魔力のデトックスみたいなものだしね。
何だろう……風通しをよくしてあげる事で魔力の循環をよりスムーズにする事が出来る訳なのよ。
「(エマちゃんの通う魔術学校では、あんまりこの手の魔力放出を維持したり、流れの高速化は重視してないのかしら?)」
まあ、これってディケーの家にあった昔の魔導書を参考にしてるし、今の時代とは教え方が違うのかも。
学校の授業方針や講師の先生にもよるんだろうけど。
あとで学校で使ってる教本とかを読ませて貰っておいた方が良さそうね。ライアとユティが来年魔術学校に通う訳だし、どんな感じの指導を行っているのかの確認も目的だったし。
「その感覚を忘れないでね。
これから伸ばして行きましょう。
魔力の流れが早くなれば、より早く、より強力な術式の同時展開なんかも、いずれ出来るようになっていくわ」
私もこの世界に来てから最初の一ヶ月くらいはディケーの身体に馴れてなくて、あんまり強力な術式とか使えなかったもんね。
展開するのも遅かったし、自分への多重バフがけとかも時間かかってたなあ……そういう意味では、私も魔術に関しては本来はまだ人に教える事の出来る立場じゃないわね……鍛練あるのみだわ!
「私が今見た限りだと、エマちゃんは日頃からよく鍛練しているようだし、魔力の流れも最初から綺麗だったわ。
……なのに、実技の授業の成績が落ち込み気味、と。
何か心当たりがあるなら、教えてくれない?」
あまりストレート過ぎるのもよくないので、柔らかい感じで本題に入ってみようと思う。
エマちゃんのお父様である公爵様も、そこを心配してミア姉様に家庭教師を依頼しようとしたくらいだし
(ミア姉様だったら、多分すごいムチャ振りやってたわね……)。
しかしてエマちゃん曰く、
「わ、私……そのぅ。
小さい頃から本番に弱くて……。
練習の時は出来ていたはずなのに、
いざ実技の試験が始まると……。
最近は特に酷くなってしまって……。
み、皆に見られてると、すごく緊張してしまうんです……」
「ふむふむ。
なるほど、そっか。
本番で緊張しちゃうのね……」
本番でアガっちゃうタイプかー。
あんまり目立ちたくない子なのね。
家柄が家柄だし、仕方ない所もあるんでしょうけど。
……ってエマちゃん、そんな体育座りして顔伏せて、分かりやすく落ち込まなくてもいいのよ。
「(それでなくてもエマちゃん可愛いし、デサロ総督の一人娘って事で、余計に注目を集めがちなんでしょうねえ……)」
小さい頃から何とか頑張って来たけど、ここ最近は二次性徴して女の子らしくなってきたせいもあって、男の子からの視線なんかも気になり始めちゃった、ってトコロかしら?
「……あの。
ディケー先生は周囲の人の視線とか、気にならないんですか?」
「えっ?」
体育座りで半ベソ状態だったエマちゃんがふと顔を上げて、私にそう問い掛けて来る。
その眼差しは真剣そのものだった。
……涙ぐんだ顔も可愛いのは反則よねえ。
「……すごく綺麗で、スタイルも良くて。
……女の子が憧れる、大人の女の人って感じで。
ヴィーナの御領主様の若奥様もお綺麗でしたけど、ディケー先生も綺麗で!
……わ、私、とっても羨ましいです!」
「あはは……そ、そうかな?
(ありがとね……。
でもね、中身は未婚のアラサーなのよね……)」
ガワを褒めてくれるのは私としても嬉しいんですよ!
……肝心の中身が、ちょっとね。
元カレと喧嘩別れした挙げ句に異世界へ転生しちゃって、現地の女の子達から言い寄られるのを拒めず、複数人と関係を持とうとしちゃってる、かなり倫理的に問題のある大人なんですよ、ハイ。
……って、私の話はどうでもよくて。
じゃあ目下はエマちゃんが本番で緊張しないようにしてあげなきゃ、ってコトよね。
「エマお嬢様。ディケー様。
休憩中に失礼いたします。
紅茶をお持ちしましたので、いかがでしょうか」
……メイドさんが持って来てくれた紅茶でも飲んで、それからじっくり考えましょうか。




