第59話 "星空の魔女"ディケー
「(わ、私が気絶している間に、一体何が……!?)」
アグバログとの死闘の末、身体強化の術式"魔女の血流"の反動によってほぼ全ての魔力を使い果たして意識を失い、昏倒していた魔女ディケー。
ようやく意識が回復した時、ディケーは目の前で広がる光景に、我が目を疑った。
「ライア、お母様の治療を再開しろ!
周囲の瘴気の浄化も忘れるな!!」
「もうやってるよ!
ユティこそ、ちゃんと時間稼いで!!」
治療の術式などこれまで一切教えていなかったはずのライアが光属性の治療魔術を使っているし、本来の所属系統は水属性のはずのユティが風属性の防御術式、それも高位魔術の暴風結界を展開し、アグバログの吐き出す炎を防ぎ続けているのだ。
しかも、
「(ユティが杖の代わりに、エルフの宝剣を使ってる……!?
えっ、ライアじゃなくて、ユティが剣を……!?)」
ディケー(の中の"私")が驚くのも無理はない。
母とライアを守るように上空から地面に投擲されたエルフの宝剣を再度引き抜き、両手で持って身構えたユティが、魔力増幅の媒体として杖の代わりに剣を使用していたからだ。
「(こ、これじゃまるで、ライアとユティの職業が入れ替わったみたいじゃないの……!!!)」
本来、レジェンドオブグランディアのゲーム本編ではライアが魔剣士、ユティが魔導師としてプレイヤーの前に立ちはだかる事は何度も解説されてきた既知の事実だが………今の状況は、まるでその逆だ。
これでは、そう……ライアが魔導師で、ユティが魔剣士のようではないかーーーー。
「母様さえ回復すれば……!」
ライアの献身の心により、治療魔術はより精度を増し、暖かな光となり。
裂傷や火傷に限らず、ほんの僅かではあるが失われたディケーの体力も戻って来た。
全身がバラバラになりそうな程の苦痛で動かせなかったはずの身体が、少しだが動かせるようになり始めたのだ。
「(ライア……あ、貴女……!)」
本来、治療魔術は傷は癒せても体力の回復までは行えないとされている。
それこそ高位の聖職者もしくは聖騎士か聖女などでないと、そこまでの域には達せないはず。
5歳、それも今まで一切治療の術式など鍛練してこなかったライアが、開眼した途端にその域に達しているというのは、驚異という他ない。
ディケーが自身の後継者として魔女の弟子とした時点で、その才能を見抜いていた事は間違いないだろうが……
「だ、大丈夫だよ、母様!
っく……母様は、私達が守るから!!」
額から溢れ出る大粒の汗を何度も拭いつつ、懸命に己の全魔力を回復だけに集中し、母の治療を行うライアのその姿。
こんな状況ではあるが母を不安にさせぬよう笑顔を絶やさず、安堵や母性すら感じさせる献身的な様は、まるで小さな聖女のようだった。
「くぅっ……しつこい奴だな!
早く離脱しないと……アイツ、もう爆発するぞ!!」
片や、エルフの宝剣を握り締め、暴風障壁を展開し続け、その小さな身体で必死に母とライアを守り続けているユティ。
ーーーその姿は、さながら守護騎士!
「(ユティも……!)」
自身の系統とは異なる魔術を使いこなしている事にも驚きだが、高位の防御術式を5歳の時点で長時間展開している時点で、ユティもまた規格外の存在だった。
「はぁっ、はぁ……っ!
この身に代えても……お母様だけは!!!」
これまでの母との鍛練で培った全ての魔力を解放し、今にも砕ける寸前のエルフの宝剣を尚も強く掲げるユティ。
母とライアの前に立ち塞がり、魔力が尽きるその最期の瞬間まで、暴風障壁の展開はやめない! そんな覚悟を孕んだ声で、ユティは叫ぶ。
「(子供達が、こんなに頑張っているのに……!
私は何も出来ない……見ている事しか出来ないなんて……!!)」
ーーーずっと自分が守って来たと思っていた子供達から、今は自分が守られている。
暴風障壁の向こうには、魔力を暴走させて自爆寸前の炎魔将アグバログ。
魔力量からして、この大陸全土を焦土と化すのは造作もない大爆発が起こるのは確実だろう。
このままでは、3人とも自爆に巻き込まれて骨すら残らないかもしれない。
「(このままじゃ、ライアとユティが……!!!)」
……なのに、私は魔力を使い果たし、満足に身体を動かす事も出来ない。
あまりに絶望的な状況の中、母との約束を破ってまで死地へと赴き、こうして側で懸命に母を守ろうと躍起になっている2人を見て、母として心から誇らしいと思った反面、こんな状況下に2人を巻き込んでしまった後悔の念に、ディケーは苛まれてしまう。
『いい?
私は別にアンタのために言ってんじゃないのよ、ディケー。
ライアとユティ、あの子達のために言ってんの。
久々の才能ある"魔女見習い"の弟子2人なんて贅沢過ぎよ。
アンタが養子にしてなかったら、私が鍛練してあげたいくらい。
ま、アンタが母親役をやりたいってんならそれでもいいけど……あの子達を悲しませるような真似したら、私は絶対許さないからね』
ーーーいつだったか、自宅に招いた魔女セレンが言い放った言葉が胸に刺さる。
今この状況は、彼女の予期していた状況に限りなく近い状況だった。
「(私が……私が、2人を連れて来なければ、こんな事には……!!!)」
全ては、ライアとユティをエルフの住まう樹海まで連れて来てしまった自分の責任だ。
本来ならば回避出来たかもしれない炎魔将アグバログとの戦いに、2人を巻き込んでしまった。
ーーーこのままでは2人の未来は永遠に失われてしまう。
"私"のずっと見たかった、13年後の未来が。
18歳となって、いずれレジェンドオブグランディアの主人公達と戦い、悪役として倒される……そんな2人を見たくなかったから、ここまで来たはずなのに!
「(私が、間違ったから……だから……!)」
こんな結末を見るために、自分はこの世界に喚ばれたのか。
……それならいっそ、喚ばれなかった方が良かった。
そう、"私"が思いかけた、その刹那に。
ーーーあの子達の頑張りまで否定するのは、違うんじゃないかしら?
「(えっ!?)」
内なる声に、"私"はハッとする。
それは物凄く、聞き覚えのある声だった。
ーーーあの子達を誇らしいと思った貴女の気持ちを否定するのは、今頑張ってくれているあの子達まで否定する、って事でしょう?
ーーーそれに、貴女があの子達を連れて来ていなければ、貴女はとっくに死んでいたはず。違う?
「(ま、待って! あ、貴女、まさか……)」
聞き間違えるはずがなかった。
今の自分と、全く同じ声!
いや、同じだけれど、全然違う。
ーーーあの子達が憧れるような大魔女になるんじゃなかったの?
ーーー運命を乗り越えたライアとユティが見たかったんじゃなかったの?
ーーー貴女の追い掛けていた夢をそんな簡単に捨ててしまっていいの?
ーーー……グダグダ言ってる暇があるなら、さっさと立ちなさい。
……レジェグラの終盤で幾度となく聞いた、威厳と艶に満ちた、この声は!
ーーーライアの治療魔術で多少は身体が動かせるようになったはずでしょ。
ーーーさあ、やるわよ。私達で。
「(ディケー……!)」
****
「はぁっ、はぁっ……うぅ!
か、母様……っ……!!」
「……ライア、もういいの。
母様達は大丈夫だから、少し休みなさい」
「う、うん……」
治療の甲斐あってか。
母ディケーがゆっくりと起き上がった事を確認してホッとしたのか、ライアは疲労感から力尽き、母の腕の中で、そのまま意識を手放した。
初めて使用した治療魔術で相当に疲労したのだろう。
「ユティ。
あとは母様達に任せて。
……本当によく頑張ったわね」
「お母様……!
ま、マム……良か、った……」
暴風障壁を最大出力で展開し、アグバログの灼熱の炎から家族を守り続けていたユティ。
握り締めていたエルフの宝剣はユティの手から母の手に、再び戻った。
ライアと同じく魔力切れを起こし、精魂尽き果てたユティの重い目蓋が閉じられる間際。
ーーー少女は、確かに見た。
優しく微笑みながら頭を撫で、抱き締めてくれる、いつもの母の姿が、そこに在った。
「……ふんっ!!!!!」
一閃!
ユティから受け取ったエルフの宝剣を片手に。
ユティの展開した暴風障壁ごとアグバログが放ち続けていた火炎を、ディケーは剣圧だけで薙ぎ払ってみせた。
ーーー空には、満天の星々が輝いている。
ヒビが入っていても、さすがは伝説の鉱物と評される緋緋色金で鍛えられた宝剣。
……ディケーの見立て通り、あと一撃だけなら、まだ耐えられそうだ。
「ナ……ッ!?
貴様、何故マダ動ケル……ッ!?
魔力切レデ、動ケナクナッテイタハズ……!!!
貴様……貴様ハ、一体……!?」
「ああ、言ってなかったわね。
ーーー私は"星空の魔女"。
星空の魔女、ディケー。
……夜は私の時間よ。
星が宇宙に輝き続ける限り、
私もまた不滅……そういう運命なの」
アグバログの返り血を浴びながらも。
ディケーは強く、そして美しく。
エルフの、そして魔女の仇敵に言い放つ。
魔女は星の観測者。
そして星の守護者としての側面も併せ持つ。
異界からだろうが星の外からだろうが、この星に仇なす者は、魔女の排除対象となる。
ーーーその本質を理解せずに魔女に挑んだのが、アグバログの間違いだった。
「ダ、ダガ……!
俺ハモウ、アト数秒デ爆発スルッ!!
グハハッ、残念ダッタナァ!!!
魔女、ヤハリ貴様ノ負ーーーーーーー」
「次元斬」
再び一閃。
ついにディケーの魔力に耐えきれず、エルフの宝剣のヒビは刀身全体に広がり、無数の破片となってバラバラに砕け散ってしまった。
ーーーそれと同時に。
「良い旅を」
「ハ……?」
バイバイ♪と手を振るディケーに、アグバログは怪訝な声を漏らす。
しかし、もはや全てが手遅れ。
ついに自爆の時を迎えたアグバログ。
道連れにしてやる!とばかりに憎悪を滾らせながら周囲を超高熱で白く染め、臨界点に達した、まさにその時。
ディケーの一閃により空間に突如グニャリと歪みが生じ、アグバログの背後より次元の切れ目が現れたかと思うと。
「ナ、ナンダ、コーーーー」
暗黒の空間が、瞬く間にアグバログを頭から飲み込み、その場から完全に消滅させてしまった。
「水もない、空気もない、光もない。
暗黒の絶対零度の宇宙。
……貴方には似合いの墓場よ、アグバログ」
カラン。
手にしていたエルフの宝剣、その束を手放し、ディケーはその場にドサッと倒れ込むと。
「ありがとう……お疲れ様。
これで、名実ともに"炎魔将殺し"ね……」
これまで共に戦ったエルフの宝剣へ労いの言葉をかけ。
束を愛おしく撫でながら、娘達を追うように。
魔女ディケーは、その目蓋を閉じたのだった。




