第58話 大魔女一家、集結!
「あれがアグバログ!? でっか!
……って、今にも爆発しそうになってる!!」
「お母様は……居た! 倒れてる!!」
ホウキに乗って樹海の中を猛スピードで突っ切って来たディケーの娘達、"魔女見習い"のライアとユティ。
300年前の深淵戦争において、アグバログとエルフの決戦の地となった禁則地の谷底手前に差し掛かった辺りに出ると、開口一番で絶句する。
そこには無惨にも黒焦げになってしまった燃え盛る木々、息を吸っただけで肺が焦げ付きそうな程の熱気、全魔力を暴走させて公国領を大陸ごと焦土と化そうと、自爆の秒読みを開始した異界の魔将アグバログの巨体、そして、アグバログから少し離れた地面に倒れ込んだ母ディケーの姿が在った。
「……お母様から、魔力が殆ど感じられない!」
魔力感知に長けたユティの指摘通り。
既に死闘の末、ディケーは魔力をほぼ使い果たしてしまったとしか思えない程、消耗しきっていた。敵の眼前に倒れ込んでいると言うのに、意識が朦朧としているのか、全く身体を動かす気配すらない。
「母様ッ!!!」
ディケーが微動だにしないのをひと目で悟ったライアは血相を変え、脇目もふらず、ホウキの飛行速度をMAXにして疾風の如く駆けた。
「ライア、待て……ッ!」
ユティの制止も効果はなく。
ライアは疲労困憊となって倒れた母ディケーを救わんと、体内の魔力を暴走させたアグバログの身体から放たれる高濃度の瘴気と高温の熱風にもお構い無しに飛んで行ってしまった。
「(あの瘴気と熱気!
ローブに結界、護符があっても数分しか持ち堪えられない……!!)」
一瞬、ライアを追い掛けようとしたユティだったが、すぐに考え直した。
母ディケーの事となると普段は即座に頭に血が上りやすいユティだが、この時ばかりは飽くまでも冷徹且つ合理的に考えるように努めようとする。
自分達の置かれた状況をよく把握し、この現状を打破するための最適解を得ようと、押し寄せる熱気で吹き出す額の汗を拭いながら、僅かな時間の中で、ひたすら考えた。
「! あれは……」
ふと。
ユティの視界に、見覚えのある物がキラリと輝いているのが映った。
ホウキを飛ばして近寄り、地面に降り立って、それをまじまじと見つめると。
「ーーー緋緋色金で鍛えられた、エルフの宝剣!」
虹色の刀身にヒビが入ってしまってはいたが、つい昨日王城の祭壇で奉納されているのを見たばかりの、エルフ族に伝わる宝剣が地面に突き刺さっていた。
母ディケーがエルフの氏族長の娘エレナをアグバログの呪いから解放するために使うと言っていたが、恐らくそのまま復活したアグバログ本体との戦いにも使用したのだろうと、ユティはすぐさま理解した。
「(ヒビは入っているけど……まだ使える!)」
母がアグバログとの戦闘で用いた業物だけあり、切り付けさえしなければ魔力の増幅装置としては問題なく、まだ使用に耐えられそうだ。
少なくとも今現在ユティ達が魔術の術式を展開する際に用いている練習用の杖などより、遥かに強力な魔術触媒と言えるだろう。
「くっ………ぬぅううっ!」
急いで地面から宝剣を引き抜き、片手に携えてホウキに跨がるや、
「お母様とライアの所へ! 急げ!!」
膝でホウキの柄をコツンと叩き、ライアと同じく、母の下へと疾駆するのだった。
****
「母様! 死んじゃ駄目だよ!!」
ホウキから降り、ディケーの下に急いで駆け寄ったライア。
倒れ込んだ母は皮膚が所々焼けたり血が流れ出ていたりと、子供の目から見てもかなりの重症で、ライアは一気に血の気が引いた。
「お薬! たくさんあるから!!
だから、母様……母様……っ!!!」
まだ"魔女見習い"故、魔女の工房の容量が小さく、多くの荷物を仕舞う事が出来ないため、旅行用に買ってもらったバッグから回復薬を大量に取り出し、蓋を開け、手当たり次第に母の身体にかけるライア。
だが、
「か、回復が間に合わない!
重症過ぎて、回復薬じゃ母様を治せないよ……!!」
ライアは気づく由もなかったが、ディケーが戦闘の最中にアグバログに呪いのデバフをかけていたように、アグバログもまた戦いの最中、ディケーに呪いをかけていた。
回復が追い付かぬよう、傷の治りを遅くする類いの呪いである。
これに加えてアグバログ自身は自動回復による高速回復と、まさに二段構えの戦法と言えるが、
「(どうしよう……どうしよう、どうしよう!?)」
まだ5歳の子供にとって耐えきれない現実を目の当たりにし、ライアは取り乱し、涙が止まらなかったが、その涙もアグバログの身体から吹き出す熱風ですぐに乾いてしまう。
防火の加護を施した母特製の猫耳フード付きのローブと事前に習得した防護結界、それに耐火の護符で何とか耐え凌いでいるが、このままアグバログの自爆に巻き込まれれば、それこそ骨すら残らないだろう。
しかも、
「母様、母様っ!
かあさ、ゴホッ、ゴホッゴホッ……!!」
アグバログの身体から溢れ出る腐敗の瘴気がライアを蝕み始める。
見れば、ライアも思わず口許を抑え、咳き込むのを止められない程の禍々しい嫌な空気が、魔力を暴走させたアグバログの周囲から漂っていた。
ディケーのように結界を張ってはいるが、まだ術式が未熟なために完全には瘴気をガードしきれないのが仇となったか。
「(こ、このままじゃ、いけない……!
このままじゃ、母様も、私も、死んじゃう……!)」
しかし、今の自分に何が出来るのか。
元々ライアの生まれ持った基本属性は火であり、母の倒れた場所から遥か向こうで赤熱化した自爆寸前の炎魔将に対して有効な術式は1つもない。
下手に攻撃を加えれば、それこそ火に油を注ぐ結果になりかねなかった。
「(……ううん。
優先すべきは、母様の命!
なら、せめて……母様だけでも!!)」
自分がやるべき事は1つしかない。
ライアは自分よりも母ディケーの命を優先する事に決めた。
ユティならば、恐らく自分と同じように母を優先して助けるだろうし、母だけなら何とかユティでもホウキに乗せて運べるかもしれない。
「(母様さえ回復出来れば……!)」
ーーーライアは、まだ魔女としては発展途上。
本来、18歳となった13年後のライアは灼熱の業火を操る魔剣士としてレジェンドオブグランディアの主人公達の前に立ちはだかる運命なのだが、
「初めて使うけど……成功して!
ーーー治療光!!!」
母を救うという揺るぎない覚悟によりーーーこの土壇場で、ライアの新たな才能が開花する!
………攻撃系や身体強化系の魔術しか練習して来なかったライアが、よもやの治療系魔術の術式に目覚めた!!
「治って、治って、治って……!!!」
稀に自身の属する系統とは異なる属性の魔術を何かの拍子に習得する者も居るとはされるが、治療系の魔術は主に神官や治療師などの聖職者、聖騎士や聖女などの限られた職業に就いている者が習得可能であるとされ、将来的に魔剣士になる運命にあったはずのライアが習得出来る確率は限りなく低いーーー低いが、不可能ではなかった!!!
「瘴気も消さないと……浄炎!!!」
更に、自身の本来の系統である火属性と浄化の光を組み合わせ、アグバログが放つ腐敗の瘴気を、母と自分を中心に一瞬でかき消してみせた(ライアは気づいていなかったが、アグバログがディケーにかけた回復遅延の呪いも同時に)。
周囲の瘴気だけがライアの放った聖炎によって次々と霧散してゆき、これならアグバログ本体を誘爆させる事もないだろう。
母を回復させつつ、呪いと瘴気の浄化も同時に行うーーー魔女になるべくして生まれ持ったライア自身の才能も勿論あるだろうが……この2ヶ月、母の教えを一心に守り、真面目に鍛練を続けたライアだからこそ可能な、異なる術式の同時展開!
「うぅ……ら、ライア……?
ど、どうして……!?」
「母様! よかった、目が覚めた!!」
ライアの献身が実り、ディケーの身体の傷も徐々に塞がり始め、途絶えていた意識もやっと戻って来る。
ディケーは何故ここにライアが居るのかと驚きが隠せない様子だったが、ライアの方は初めて使った治療魔術が成功して母の傷が癒えた事に、今にも狂喜乱舞する寸前だった。
だが、喜びも束の間。
「マダ他ニモ……!
魔女ガ、ウロチョロシテイタノカ……消エロッ!!!!!」
ライアがディケーを治療していた事に感づいたアグバログ。
両目の視力を失い、自爆を図る最中だとしても。
2人の声のする方に向け、喉を潰されながら……ここまで自分を追い詰めた魔女への憎悪から、最期の特大の火炎を放つ!!!
「ッ……母様っ!!!」
ディケーを守るように、その小さな身体でとっさに覆い被さろうとするライア。
「(い、いけない……!
ぼ、防御術式を……駄目ッ、身体が、動かない……ッ!!)」
一方のディケー、傷は癒えはしたものの体力までは回復しておらず、アグバログとの死闘の末に力を使い果たし、防御の術式を展開しようにも指すら動かせない。
……ここまで来て、とうとう万事休すか。
「竜巻障壁!!!!!」
……否。
まだ、その時ではないようで。
「(か、風属性の、高位防御術式……!?)」
星の輝く上空から投擲され、地面に突き刺さったのはエルフの宝剣だった。
その虹色の刀身から生じた巨大な暴風の壁がディケーとライアの周囲に展開されるや、アグバログの吐き出した火炎を瞬時にかき消す!
「……お母様、ライア、良かった!」
ーーーギリギリのところで。
今度は、ユティが間に合った。




