第57話 炸裂、魔女の毒爪《ウィッチネイル》!!!
「(仰ケ反ッテ……ヤット喉ヲ見セタッ!!!)」
かつての死闘で浴びた巨猿王の血から得た遺伝情報を基に、術式"魔女の血流"によって、大幅な魔力強化を成した姿となった魔女ディケー。
雪のように白くなった髪、燃えるような紅い瞳、野獣の如き剛腕から繰り出される怪力と、四足獣を思わせる俊敏さは、さながら巨猿王そのものだった。
「(今度ハ……喉ヲ潰シテヤルッ!!!)」
極限まで高まった魔力により、本来であれば4~5m範囲までの移動がやっとだった転移魔術も、この姿の時に限り数百m範囲までの移動が可能となっている。
はたして、転移魔術を用いての不意打ちは成功し、魔力を込めて繰り出されたディケーの両の拳は、炎魔将アグバログの両目を見事に叩き潰す事に成功する。
山のような巨体を持つ彼の魔将もよもや転移の魔術によって魔女が眼前に現れ、素手で両目を破壊される事までは想定外だったようで。
耳をつんざく絶叫と共に大量の血をドバドバと垂れ流しながら、その身体を大きく仰け反らせた。
その際、アグバログがこれまで意図的に守っていた、かつて300年前の深淵戦争にてエルフの氏族長によって致命傷を負わされた喉元の古傷の守りが解けたのを、見逃すディケーではなかった。
追撃の手はーーー緩めない!
「シャアアアァァァアアアアアァァッ!!!!!」
"魔女の毒爪"!!!!
「ガハァァアアアアアァァァアッ!!??」
傷口に塩を塗る……もとい、古傷に毒を塗る!
あまりの深手に自動回復が追い付かず、両目を潰され視力を失ったアグバログの無防備な喉元の古傷へと。
猛毒の術式を展開したディケーの毒爪の追撃が炸裂し、切り裂く!!
「コ、コノッ……糞魔女ガァアアアアァァアァァァッッッ!!!!」
どす黒い血がアグバログの喉笛からドバッと噴水のように吹き出し、文字通り血の雨を降らす。
ーーー呪いと並び、毒は魔女の十八番!
巨猿王との戦いを経て、毒の扱いに関しても更なる知識の追求を行ったディケー。
結果、接近戦においては敵に傷を付け、そこに直接猛毒を送り込む"毒手拳"の発想に至った。
無論、本来であれば頭から尻尾の先まで目測40mはあろうかという巨躯を誇るアグバログの全身に毒が回りきるまで相当の時間がかかるのだろうが、
「キ、傷口ガ、腐ッテ……修復出来ナイダトォッ!?
目モ、喉モッ……フ、腐敗ガ全身二広ガッテ……!
ヌゥゥ、オカシナ術ヲ使イヤガッテェッ……!!!!」
ーーーそれはアグバログが万全な状態であればの話。
戦いの最中、今に至るまでずっとディケーはアグバログに呪いをかけ続け、攻撃、防御、俊敏の他にも、毒に対する耐性も下げ続けていた。
知らず知らずのうちに呪いのデバフ効果により免疫不全に陥っていたアグバログはディケーの猛毒に対する耐性を失い、巨体であるなしに関係なく、速効で全身に毒が回ってしまった、そういう次第である。
それに伴い、ダメージの修復を行う自動回復がとうとう追い付かなくなり、傷口が毒の効能により腐敗を始めたのだった。
「ド、何処ダッ!?
魔女メェ、叩キ潰シテヤルッ……!!
……畜生ガァッ!
目サエ、目サエ見エレバァァアアアッッ……!!!!」
当然、ディケーは初撃の両目潰しの時にも"魔女の毒爪"を展開していた。
アグバログが目をいつまで経っても一向に修復出来ないのはそのためだ。
更に喉元が腐敗して崩れ始めた事で、自慢の灼熱の火炎を吐き出しても喉元から炎が溢れて漏れ出し、上手く吐けない様は、何処か滑稽でもあった。
……もっと長い時間をかけてエルフの氏族長の娘エレナの魔力を吸い取り続けていれば、こうはならなかっただろう。
復活するのが早すぎた故に、腐り始めたのだ。
「……不完全ナ状態デ、復活ナンテスルカラヨ」
アグバログの皮膚が目に見えて血色が悪くなってゆき、少しずつボロボロと腐り落ちてゆく。
目と喉を中心にディケーが傷を付けた場所から、徐々にではあるが身体が崩壊を始めようとしているのだ。
ーーーディケーはただ、猛毒と腐敗でのたうち回るアグバログの醜態を冷めた眼で見ていた。
「コ、コンナ、ハズデハ……ッ!!!
オ前サエ! オ前サエ、エルフ共二余計ナ首ヲ突ッ込マナケレバァ……!!!!!」
焼け焦げ、燃え盛る樹海の中。
喉が腐って掠れ声となり、喋る元気も最早失ったアグバログの巨体が、とうとうズシンと地響きを立てて、地面へと沈み込んだ。
ーーーこれで勝負あったか。
「ウッ……!?」
だが、身体が限界を迎えたのはディケーも同じ事。
一際大きな心臓の高鳴りと共に。
"魔女の血流"の術式が時間切れとなり、反動は一気に訪れた。
それまで白かった髪は黒へと戻り、燃えるような紅い瞳も青空を映し込んだような水色の瞳へと戻ってしまう。
更に、
「……ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ!!!
はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っ!!
くぅっ……ぜ、全身が、今にもバラバラになりそう……ッ!!!!」
術式解除。
膨大な魔力を全身に巡らせ、一時的ではあるが爆発的な身体能力を得た事と引き換えに、凄まじいツケの痛みがディケーを襲う。
満身創痍に近い状態に追い討ちをかけるように"魔女の血流"を使用した全身への反動は、ディケーの想定を越えた痛みをもたらしたようだった。
「(う、魔女の工房から回復薬を……だ、駄目だわ、もう指さえ動かせない……!)」
途切れそうになる意識を何とか保つものの、胸を押さえながら足から崩れ落ち、まるで糸の切れた人形のように力なくドサッと地面に倒れるディケー。
その向こうには、同じく地面に沈み込むアグバログの巨躯。
ーーー詰まるところ、これは両者ノックアウトか。
「……ユ、許サンゾ。
コノ炎魔将ガ、コノママデ……オ、終ワレルモノカ……。
コウナレバ、コノ大陸ゴト何モカモ燃ヤシ尽クシテヤル……!
コ、今後二度ト、コノ地二住マウエルフ共モ、ソシテ魔女共モ、サ、栄エラレヌヨウニナァ……ッ!!!!」
「(ッ……高魔力反応ッ!!!!
ま、まさか、自爆する気……!?)」
否、両者ノックアウトにあらず。
ーーー炎魔将アグバログ、最期の足掻きが待っていた。




