第56話 ライアの躊躇、ユティの未來予知
ディケーが炎魔将アグバログに対し、切り札となる術式"魔女の血流"を発動させた直後ーーー。
「……!」
母ディケーの指示でエルフ達と共に樹海の外へと避難を急いでいた2人の"魔女見習い"の内の1人。
青髪の少女、ユティの足が急にピタリと止まる。
「ユティ? どしたの?」
ユティと同じく、殿を務めるようにエルフ達の避難列の後方を歩いていた赤髪の少女、ライアが怪訝な顔をしながら足を止めた妹(とライアは言うが、ユティからすればライアの方が妹と言って譲らない)へと歩み寄るが、その表情から、すぐさま只事ではないと察したようで、
「か、かーさまに、なんかあったの!?」
慌ててユティの肩を掴み、叫んだ。
広範囲の魔力感知に関してはユティの方が得意な事もあり、ライアも当初は何が起きたのかよく分かっていない様子だったが、
「……お母様が危ない」
「!」
いつもの意味の分からない片言をポツリと呟いたりなどのキャラ作りをせず、切迫した表情のユティから漏れ出た、真剣な物言いで。
ライアもまた、母ディケーに危機が迫っている事を悟ったのだった。
「お母様の魔力が、いきなり跳ね上がった。
でも、すごく良くない感じがする。
……このままだと、悪い事が起こる!」
直感タイプのライアとは異なり、本来のユティは理詰めで物事を考えるタイプなのだが……魔女に備わった未来予知に関しては感受性の強さも手伝ってか、ユティの方がライアよりも読みが良い事が多い。
それに関してはライアもユティに一日の長があると認めている。
「……戻ろう。お母様を助けないと」
「え、で、でも……。
かーさまは、エルフのひとたちといっしょにいなさい、って……」
こういう時、聞き分けが良いのは意外にも普段はやんちゃで、お姉ちゃん風を吹かせたがるライアの方だったりする。
ライアにとって母ディケーの言葉は絶対であり、母との約束を破るなど考えた事もないし、今後もそんな事は一生ないと思っていた。
「(か、かーさまとのやくそくを、やぶる?
そ、そんなのダメ……だって、やぶったら……!)」
もし約束を破れば「自分は母との約束を破った悪い子」になってしまう。
それは母ディケーからの愛を失う事になるかもしれない行為であり、ライアが最も恐れている事だ。
「(わるいこになる……かーさまに、きらわれる……!)」
普段から"元気いっぱいで愛らしい娘"として振る舞っているライアだが、それは飽くまで戦災孤児として育ったからであり、そう振る舞えば少なくとも誰かに殴られたり、食べ物を与えられないなどの扱いを受けない事を、ライアは識っている。
無論ディケーはそんな事は承知でライアを娘として養い、無償の愛を注いでいるのだが、まだ子供のライアにそこまでの考えなど及ぶはずもない。
だが、
「ライア。
お母様が死んでもいいのか。
お母様にもう会えなくなってもいいのか。
……ライアが行かないのなら、私だけでも行くぞ」
母の指示に背いてでも死地へと赴かんとする、冷徹を貫くユティの放った一言が、ライアの思考を一瞬でクリアにした。
優先すべき事を見極め、即座に行動に移さねば、母の命が危ない。
「(かーさまが、しんじゃう?
……それは、イヤだ!
ぜったいに、ぜったいに、イヤだ!!)」
母との約束は大事だが、母の命はもっと大事だ。ライアにとってもユティにとっても、母ディケー無くして今の自分達は存在していない。
みすぼらしい姿で帝国領内の廃墟を2人で歩いていた所を拾われて以来、母は風呂に入れてくれたし、綺麗な服を着せてくれたし、美味しい食事も作ってくれたし、安心して眠れる寝床も用意してくれた。
魔女の弟子として魔術も教えてくれたし、偉い魔女の先輩達にもたくさん会えたし、とうとう"魔女見習い"にもなれた。
来年は魔術学校に通わせてくれるとも約束してくれた。
……それなのに。
ーーーまだ自分達は何も、母に返せていない。
「……ユティにだけ行かせられる訳ない。
……私も行くから」
「決まりだな」
思考を完全に切り替えて。
優先すべきは、母ディケーの命と定めたライア。
ユティ同様、母が炎魔将アグバログと戦っている谷底へ向かう覚悟を決めた。
まだ5歳の子供、当然恐怖はある。
恐ろしい相手がそこに居る事は百も承知。
けれどーーー母を失う事が、自分達にとって、最も恐ろしかった。
「魔女のお嬢様方、どうなされました?」
2人が足を止めている事が気になった、一緒に避難をしていた最中のエルフの司祭が、思わず声を掛ける。
瞬間、2人の身体から立ち上る子供らしからぬ強大な魔力に、ただならぬ物と覚悟を感じたとーーー後に彼は語る。
「母の危難を予知しました。
私達は戻らねばなりません」
「エルフの皆さんは樹海の外まで早く避難を。
無事をお祈りしております」
言うが早いか。
2人は魔女の工房からホウキを取り出すや、すぐさま乗っかると、
「「 飛べ!! 」」
樹海の木々の間を縫うように、弾丸の如く疾駆した。




