第55話 疾走する本能
「だああぁぁぁああぁぁああああぁっっっ!!!!」
「ガハァッ!?
……オノレェ、魔女メッ!!!」
炎に包まれた樹海の中。
魔女ディケーの怒号と、巨体を揺らして暴れる炎魔将アグバログのおぞましい咆哮が交差する修羅場が、そこに在った。
「風刃!!」
「グギィッ!?」
エルフに伝わる虹色の刀身の宝剣を手にアグバログの岩のように頑強な皮膚を瞬く間に切り刻み、その返り血を浴び。
「雷砲ッ!!!」
「ガアァァアアァァッ!?
……フハハ! イイゾ、 モットヤッテミロ!!」
「(やっぱり、古傷の喉元への攻撃じゃないとダメっぽい!)」
傷口に叩き込むように、雷の一撃!
魔女の呪いを掛けながら相手の攻撃、防御、俊敏を下げつつ、自身には祝福を以て身体能力を極限まで強化し、ディケーは更なる追撃を加えてゆく。
一見すれば異界の魔将相手に善戦しているかのようにも思える光景ではあるのだが、
「(攻撃した傍から傷が塞がってる!
……なんて自己修復の早さ!!)」
アグバログの自動回復の速度がディケーの攻撃速度をも上回り、深手を与えてもすぐに傷が治ってしまうのだ。
彼の魔将は元々、異界において灼熱の地ツアトの支配者。
それ故、業火に包まれた森の戦いにおいてもアグバログにとっては故郷で戦っているにも等しく、十全の力を発揮する事が可能となっている。
それに加えて、160年間ずっとエルフの氏族長の娘エレナの魔力を吸い取っていた事もあり、ディケーの呪いによるデバフに対抗して、貯蔵していた魔力で身体能力を強化、その巨腕を振るい、地面を叩き潰しながら、逆にディケーを追い詰めていく。
「(ハーッ、ハーッ、ハーッ……!
まずい、周囲の空気が燃えて、息苦しくなってきた……それに、熱さも!
くっ、かなりしんどいわね……!!)」
「貴様ノ魔力ガ尽キルノガ先カ!
貴様ガ俺ヲ滅ボスノガ先カ!
……勝負トイコウデハナイカ、魔女ヨ!!!」
山のような巨体を揺らし、耳をつんざくおぞましい声で、アグバログが吼える。
吐き出された灼熱の業火を避けつつ、尚もディケーは攻撃を加えるが、勝利への糸口はまだ掴めない。
更に、運の悪い事に、
「(……ッ! 宝剣に亀裂が……こんな時に、金属疲労ッ!?)」
高温且つ金剛石のように固い皮膚を持つアグバログへの度重なる攻撃に、ついに耐えきれなくなったのか。
伝説の鉱物、緋緋色金で鍛えられたエルフの宝剣、その刀身にヒビが入ったのを、ディケーは見逃さなかった。
300年の月日が見た目に現れない劣化を招いていたのかもしれないし、復活したアグバログの強さが300年前よりも遥かに増している事、更には強大過ぎるディケーの魔力の負荷に宝剣自身が耐えきれなかった事など、悪い要因が重なった結果だった。
……恐らく、アグバログの身体にあと一撃加えてしまえば、刀身は粉々に砕けてしまうだろう。
「(もうこれは使えない!
……でもエルフの大事な宝剣、壊す訳にはいかない!!)」
覚悟を決めたディケーは宝剣を地面に突き刺し、無手となった。
極星のローブを纏った剥き出しの肩からは血が流れ、顔や腕には所々に裂傷や火傷の痕が見られる。
それにアグバログを幾度も切り刻んだ事で、そのドス黒い返り血も髪や肌、ローブにベットリと付着していた。
……既に満身創痍に近い状態ではあるものの、まだこの瞬間も回復に努めており、その瞳に宿った意志は、未だ消えては居なかった。
そんな、得物を自ら手放したディケーをアグバログは地の底から響くような声で嘲笑う。
「オイオイ、モウソレハ使ワナイノカ?
300年前、俺二トドメを刺シタ剣ダロウ?
……逆二言エバ、所詮ハ300年モ前ノ武器ダッテ事ダ!
アノ頃ヨリ遥カニ強大二ナッタ俺二、イツマデモ通用スルト思ッタノガ間違イヨ!!!」
アグバログの言っている事は概ね正しい。
確かに、かつては敵の喉元を突き刺し、致命傷を与えた伝説の武器ではあるものの、300年、いやそれよりももっと昔に造られた武器なのだ。
いくら素晴らしい業物であっても、時の流れにはいつか置いていかれてしまう。
「(……自己進化するしかない。私自身を)」
激しい応酬に夢中になるあまり。
ディケーも気づくのが遅れたが、時刻は既に夕刻。
間もなく太陽は地平の彼方へと沈み、星と月が天空に輝く時間帯がやって来る。
ーーー"星空の魔女"の通り名で知られる、ディケーの時間が。
「(やれるの、私!? ぶっつけ本番で!?)」
……やれる。
私はまだ、やれる。
心がまた、叫んでいる。
痛みを感じても。
「(……魔女セレンの言葉を信じるしかない!)」
ここから先は、ディケー自身にも何が起こるか分からない未知の領域。
文字通り、命を懸けた、レッドゾーンの戦いとなる。
『血は命の源。
武器や防具の強化合成の素材として魔物の爪やら牙やら臓器を使う事があるけど、血は最上級の合成素材よ。
そいつの遺伝情報が全部含まれてる訳だし。
ディケー、言わば今のアンタは白い巨猿王の血を浴びた事で、そいつの遺伝情報を本能的に読み取って、自身に取り込んだ状態なんでしょうよ。
その一部分だけ白くなった髪とかね』
……強敵と戦い、その血を浴びる事で!
相手の遺伝情報を取り込み、我が物とする!!
本来であれば他の生物の遺伝情報を取り込む事は魔術を扱う者達の世界においては"種の在り方"をねじ曲げる行為であり、禁忌とされる術式ではあるが、星の観測者たる魔女は星の守護者としての側面も併せ持つため、使用する事に対して一切の制限が存在しない!!!
「……魔女の血流!!!」
直後。
稲妻と共にディケーの足元に浮かんだ白い魔法陣が、闇夜を照らすかの如く輝くと。
「(ほんの僅かな時間でいい……!
私に、アイツを蹂躙する力を……!!
ーーー巨猿王!!!)」
その艶やかな黒髪が雪のように白く、星の瞬きを封じたような光彩の瞳が紅く染まったのを皮切りに。
「ガアァァァアアアアアアアッッッ!!!!!」
全身の筋肉、骨格、神経、リンパに至るまで、これまでとは比較にならない程の膨大な魔力の奔流が、ディケーの全身を駆け巡る!
「(ッ……!!!
ナ、何ダ、アノ魔女の姿ハ………ッ!?)」
逆立った白い髪、そして燃えるような紅い瞳!
圧倒的な自動回復で有利に立っていたはずのアグバログだったが、この時ばかりは背筋に寒気を覚えた。
炎魔将たる自分が寒気など、何を馬鹿なと思ったのも束の間、
「ーーーモウ目ハ要ラナイワネ」
「ハ? ……アギャァアアアッ!!!???」
ほんの一瞬。
これまでとは全く異なる姿へと変形したディケーの凄まじい魔力に圧倒され、瞬きをした刹那。
いつの間にか魔女の接近を許した時には既に遅く。
グシャッと耳障りな音を立て、血飛沫と絶叫と共に、その巨躯を大きく仰け反らせて。
ーーーアグバログの両目は、ディケーの両の拳によって叩き潰され、弾け飛んでいた。




