第54話 トールキン没後50年著作権問題
谷底に佇んでいたのは、私の想像とは全く違う姿のアグバログだった。
二足歩行ではなく四足歩行だし、てっきり翼が生えてるのかと思ってたけど生えてない!
その代わり、頭から尻尾の先まで軽く3~40mはあるんじゃないかって、山のような巨体になってた!!
口から燃え盛る火炎を吐き出しながら、前足の爪で木々をなぎ倒し、谷底を這い上がろうとして来る……!!
「(……あれじゃ、まるで特撮モノの怪獣じゃないの!)」
ホントに一体どうなってるの!?
「(第二形態とか真の姿とか、そんなの!?
……とにかく、私の知ってるアグバログの姿じゃない!)」
何度も言うようだけれど、レジェグラのゲーム本編に炎魔将アグバログは登場していない。
モンスターデザイン担当の絵師の人が描いたイラストが「ゲーム未登場のモンスター」という扱いで、ゲーム発売後に刊行されたアートブックに掲載された程度の扱いだった。
そこに描かれていたのは全身が燃え盛る炎の怪物で、角やら牙やら翼やらが尻尾が生えていて、そのイラストの横には
『トールキンの指輪物語に出てくる「炎の悪鬼バ◯ログ」をオマージュし、同じくエルフの天敵として設定しました』
って、開発者インタビューが添えられてて……。
「(……いえ、待って。バ◯ログ!?)」
言わずと知れた、ファンタジーの巨匠トールキンの代表作「指輪物語」に出てくる"ドゥリンの禍"の名で呼ばれる古の悪鬼!
実写映画の「ロード・オブ・ザ・リング」にも登場して、モリアの坑道でガンダルフと戦ってもいる。
あの映画の影響で「バ◯ログ=全身が炎で燃え盛る、炎の剣と鞭を持った怪物」ってイメージが世間に一気に浸透したのは間違いないし、レジェグラのアグバログも名前やら姿やら設定やら、かなり影響されたのは否めない!
「(けど、バ◯ログって確か……!)」
私がレジェグラの世界に転生してしまう何年か前、トールキン関連のファンタジーに登場する種族名やらアイテム名やらの著作権が一気に厳しくなって、ゲームや小説に名称を出す事が今後かなり難しくなるかも、なんて話を聞いた事がある!
「(具体的にはホビ◯トとかミス◯ルとか、その辺ね!)」
その頃は「えー、じゃあ『小説家になっちゃおう』とかで連載されてるファンタジー系の小説ほぼ全滅じゃん」くらいにしか思ってなかったけど……著作権の規制対象名の中に、バ◯ログも確か含まれてた気がする……!!!
「(他の国だとトールキンの没後50年の2023年に『指輪物語』の著作権が切れたみたいだけど、日本だと確か死後70年まで著作権が切れないからヤバいとか、そんな話だったわ……!)」
もしかして、著作権的なアレがアレした結果「指輪物語」のバ◯ログのオマージュキャラとして生み出されたアグバログが規制に引っ掛かって、こっちの世界だと全く別のアグバログとして創造された……ってコト!?
……レジェグラを開発したのは日本のゲームメーカーだし、ゲーム本編未登場でも、アートブックにうっかり「バ◯ログ」の名前を出しちゃった事で、日本の法律が適用されて規制されちゃったワケ!?
「(そんなコトある!? いや、でも!)」
私は右手に握り締めた、300年前の深淵戦争でアグバログに致命傷を与えた、エルフの宝剣を見やる。
……考えてみれば違和感は他にもあったじゃないの。
エルフと言えばミス◯ル製の武器やら防具がお約束なのに、このエルフの国に伝わっているのは緋緋色金で鍛えられた宝剣だったりしたし……。
「(……て言うか、さっきから私がミス◯ルとかバ◯ログとか言う度、えっちなゲームみたいにピー音入って、◯で伏せ字にされてない!?)」
気のせい!?
気のせいじゃないよね!?
さっきからピーピー鳴ってるし!
ああもう、うるさい!!
「(頭の中で考えただけでも著作権に引っ掛かって規制されるの!? 嘘でしょう!?)」
私の世界のファンタジーの巨匠の著作権問題が異世界でも適用されるとか、そんなのある!?
「(強制力みたいな物が働いているのかもしれない……!)」
世に出回ってる大抵のファンタジー物がトールキンの影響を受けている以上、何らかの影響やら制約が多次元宇宙にまで影響して、異世界にも"縛り"みたいな物が生じているのかも……どんだけ偉大な人なのよ!?
「(時空を超えて、あなたは一体何度ーーー
私の前に立ちはだかってくるというの、
ノストラダムス!!! ……もとい、トールキン!!!)」
ヤバい、私も相当パニくってる!
何十周もプレイしたゲームのはずなのに、想定外の事態が起きた事で冷静さを欠くのは良くない事だわ……レジェグラ廃プレイヤー失格ね!
「(そうよ、私にだって……分からない事ぐらい……ある!)」
ただでさえ、この世界はレジェグラのゲーム本編の時間軸より13年前も前の世界!
……本編のストーリー開始前なんだから、何が起きても不思議じゃない!!
手探りの状態からプレイするから楽しいのがRPGでしょうに、ゲームの本分を危うく忘れるトコロだったわ!
「ドウシタ、魔女ヨ。
俺ノ姿ヲ見テ、今更、怖ジ気ヅイタノカ?」
「冗談はよして。
……これからどうやってアンタを攻略してやろうかと考えてただけよ」
ズシン!と一際大きな地響きがした。
周囲の木々が揺れ、地面に無数のヒビが走る。
ーーー谷底に居たアグバログが地上まであっという間に這い上がり、燃えるようなギラギラした双眸で、私の姿を捉える。
……ここから先は地上での接近戦に切り替えた方がいいかもしれない。
「燃ヤサレタイカ?
ソレトモ、踏ミ潰サレタイカ?
好キナ方ヲ選バセテヤルゾ……!!!」
「(何て威圧感……! 目の前で見ると本当にデカい……!!!)」
マジモンの怪獣ね!
シン・アグバログとかそんな系統よ!
……どっかで庵野監督がキャメラ回してたりしてないわよね!?
「(……相手が想定外の姿をしていようが関係ない!)」
私がレジェグラの世界で生き抜くためにも、ライアとユティが無事に18歳を迎えるのを見届けるためにも……こいつは、今日ここで、始末しないと!!!
「……勝負よ、炎魔将!」
思考の最中もずっと魔力を貯め続けていたエルフの宝剣を握り締め、私はアグバログの巨体目掛け、駆け出していた。




