第534話 立ち込める暗雲と、飽くまで自由な公爵夫人
「ハルバード公爵夫人、ちょいといいか」
「まあ、これはデサロ公。お久しぶりですわね」
アーメリア公国の今後について話し合う貴族連合の会談も一段落つき、貴族達が会議室から出てゆく最中。
ハルバード公爵家夫人のマリーは、とある壮年の貴族に呼び止められていた。
「時間は取らせねえ、少し付き合ってもらえねえか」
「ええ、よろしくてよ♪」
ーーー以前、ディケーが姉弟子のミアに代わって家庭教師として赴いた、アーメリアの西の守りの要、城塞都市デサロの総督であった(公爵令嬢、エマの父)。
ディケーが初めて出会った頃に比べると髪にだいぶ白い物が混じってはいるが……まだまだ現役、更には……どうやらマリーとも旧知の仲のようで……共に連れ立って、廊下へと会議室を後にする二人だった。
****
「あんた、相変わらず弁が立つなあ。
中央の貴族連中が先生をけなそうもんなら、俺がガツンと言ってやろうと思ってたんだが……全部あんたがやってくれたぜ、ハハハ!」
「うふふ。
そう言えば、ディケーさんはデサロ公の御息女の家庭教師をなさっていたそうですね」
廊下から城の中庭へと移動し、噴水を眺めながら語らうデサロ公とマリー。
もうすぐ夏を迎える日差しの中、共通の友人であるディケーの話に花を咲かせているようであった。
「おう。
それが縁で、先生にはうちの組の相談役のようなコトをたまにやってもらってんだわ。
男親と女親……違いはあれど、どっちも娘が居る立場でもあるしな……たまに子供の育て方やらを俺が相談されるコトもあってよ」
「まあ、妬けますわ♪」
マリーの知らないディケーの一面がデサロ公の口から語られたりと、両者の会話は弾んでいたがーーー
「……で、ここからが本題だ。
あんた、最近のアーメリアの様子をどう思う?」
「……と、申しますと?」
「ーーー俺ァ、どうにも気に入らねえ。
嵐の前の静けさ、とでも言えばいいのか……何も起きねえのが返って落ち着かねえ……と言うかな」
「ーーーデサロ公も感じられていましたか」
酷く真面目な声色で、マリーが返す。
両者ともに、かつてのレギエス帝国との大戦において最前線で戦い、生き残った現場主義の叩き上げ組である。
今のアーメリアの、一見すると平和を取り戻した穏やかな空気の中に、言いようのない違和感を二人して感じている……そう言う話であった。
かつて命懸けの戦場に身を置いていた者達同士だからこそ理解る……そんな、薄く粘っこい不安。
「もう十年近く前になるんだが……俺の治めるデサロで、俺のやり方が気に入らねえ貴族連中が帝国軍の残党と手を組んで、クーデターを起こしかけたコトがあってよ」
「存じております。
ディケーさんがデサロ公の指揮のもと、帝国の残党相手に大活躍をされたとか」
「ああ、先生には大いに活躍してもらったぜ。
後のデサロとヴィーナの都市同盟締結の切っ掛けにもなった事件だったんだが……」
「?」
少し言い淀みながらも。
デサロ公爵は視線にマリーを捉えたまま、立派な顎髭をさすりながら、こう言った。
「首謀者連中を全員とっ捕まえて、牢屋にブチ込んでやった時にな……連中の一人がこう言ったんだわ。
『これで終わりではないぞ。どうせ全ては破壊され、アーメリアは……いや、この星は焦土と化すのだ……』
……ってな。
最初は悪党の、苦し紛れの負け惜しみだと思ってたんだが……今になって、あれがどうにも頭の中で思い起こされちまってよ……」
「全ては破壊され……星は焦土と……?」
単なる負け惜しみにしては、随分とスケールの大きな話である。帝国の残党と繋がっていた、反体制派の貴族が言っていたというのも気がかりだが……。
「ハルバード公爵夫人、アンタは何か思うトコロはないか?
俺ァ商売柄、昔から海の潮目を読むのは得意な方なんだが……あと何年もしない内に、また戦乱の時代が来る……そんな気がしてな。
それも、今度はアーメリアとレギエスの対立をはるかに凌ぐ、大戦が始まるんじゃないか……ってよ」
「……それこそ、深淵戦争のような?」
「ああ。
異界から魔将どもが魔物の軍勢を引き連れて、こっちの世界に攻めて来た時のようなコトが、また起きねえとも限らねえ。
現に、デルハ大渓谷に異界のゲートが開いて、魔物が大量に集団で暴れ回ったコトもあっただろう、何年か前によ。
……ああ、あれも確か、先生が解決したんだったか。
まだ若ェのに大したお人だよ、まったく」
ーーーまた近い内に、大きな戦いがある。
今のアーメリアは、つかの間の平和を享受しつつ、嵐の前の静けさにあるコトに誰も気づいていないのだと……デサロ公は、そう言いたいのだろう。
「中央も……少しずつだが、きな臭くなって来たしな。
軍備、軍拡を急ごうとしている輩が目に見えて増えてきたし……。
何やらコソコソとやってる連中が複数いると、城下町に散らせた舎弟達からも報告が上がっている……今はまだ確証に至るには時期尚早かもしれねえが……一応、心に留めておいてくれ、ハルバード公爵夫人」
「……心得ました、デサロ公」
ーーーじゃあな、と手を振り。
デサロ公は、そのまま迎えの者達と共に、デサロへの帰路に着いた。
やはり……気づく者は、気づいていた。
このアーメリア公国の中枢、首都トワシンの大公家の城の中に渦巻く、奇妙な違和感。
「(第三太子様が私のエリザとの婚約に関して、まったく連絡をよこしてこないコトとも……関係大アリな予感がしますわね、これは……)」
念のためデサロ公との会話の最中、ずっと認識阻害の術式を使い、会話を周囲に聞かれないようにしていたマリー。
彼女もまたデサロ公同様、あと数年の内にアーメリアで何かが起こるという予感を日々強く感じつつ、城に出入りしている人間の一人ゆえーーー誰が何処で聞いているか分からない以上、警戒は怠らない。
「(ディケーさん……貴女なら、こんな時どうしますかしら?
……うふふ、尋ねるまでもありませんでしたわね。
だって、ディケーさんならば……)」
権謀術数の陰謀渦巻く宮中を、マリーもまた一人、征く。
このビリビリと全身の肌を突き刺すような、現場の空気こそ……マリーの求める"最前線"に他ならないからだ。
「(有無を言わさず、飛び込むーーーそうですわよね♪)」
妻である前に、母である前に、女である前にーーーマリー・ハルバードは、何よりも危険とスリルに目がない、無邪気な少女の心の持ち主なのであった。




