第533話 ハルバード公爵夫人マリーの、魔女ディケーの評価について
「もはや戦後ではない!
またレギエスのような輩が現れるとも限らん、更なる軍備の増強を最優先課題とすべきだ!!」
「いや、待たれよ。
それは周辺諸国に対してアーメリアへの不信感を抱かせかねない!
それよりもドラゴニアルウムやタイレーンのような他の強国との同盟を、もっと推進すべきなのでは?」
「そうだ、その通り!
それに我がアーメリアは古来より他人種国家、獣人やエルフといった人間以外の亜人種とも密に連携を取り、まずは国内の結束を高めるのが肝要であろう。
それこそ、ブランディル自治領のシェリル女公爵と同盟が結べれば……」
「馬鹿な!
あの女吸血鬼は何百年もアーメリア側の要請を突っぱねて来たではないか!!
今更、相手の気が変わって同盟が組めるとでも!?」
「だが南のヴィーナ自治領とは都市同盟を結び、鉄道路線まで開通しているではないか!
……この際、ヴィーナの領主らに頭を下げ、中央とブランディルのパイプ役になってもらってはどうか?」
「うむ、それがいい!
ヴィーナの領主家付きのスターレイム卿とシェリル女公爵は旧知の仲のはずであろう!?」
ーーー議会は踊る、されど進まず。
大公家の城に集められたアーメリアの各自地区から招集された貴族連合によって、今後のアーメリアの運営方針を決める話し合いが行われている真っ最中であったがーーーなかなか、話はまとまらないようで。
今現在は「更なる軍備増強」を推し進める強硬派と「まずは国内の地盤固め」を推し進める穏健派に分かれての議論となっていた。
「どうだろう、ハルバード公爵夫人。
スターレイム卿は今や、貴女のハルバード家の傘下にあるはず!
折りいって彼女にブランディル女公爵とアーメリアの連携の橋渡し役になるよう、頼めないだろうか!?」
上級貴族の一人が、同じく会議に加わっていたハルバード公爵家夫人のマリーに対し、そう促した。
前回のレギエスとの大戦ではハルバード家の擁する魔術師団が大いに活躍し、アーメリア大陸から帝国を撤退にまで追い込んだ実績があるコトから、貴族連合の中では年若い部類に入るマリーではあるものの、絶対的な発言権を持っているのであった。
ーーーしかして、マリーの答えは。
「んー、そうですわねえ。
確かにディケーさん……失礼、スターレイム卿にお願いすれば、ブランディル女公との同盟は恐らく可能であると、私も考えております」
「「「 おおー!!! 」」」
議会が一気に湧く。
公女殿下お気に入りの越境騎士として鳴り物入りで爵位と領地を得た、謎の平民ディケー・スターレイム……過去の経歴こそイマイチ不明瞭だが、各地の有力者との太いパイプを持つのもまた事実……特にブランディルのシェリル女公爵とはただならぬ仲のようであり、明らかに友人以上の関係性を匂わせるなど、貴族連合からしても、これを利用しない手はない。
しかも、ディケーにアーメリア側から授与された領地は元々はハルバード家の領地であり、それを貸与されたというコトは、ディケーは今現在、ハルバード家の傘下に属しているのを意味する。
そのハルバード家のマリーからの要請があれば、断れない立場なのだった。
「ただ……果たして、ブランディル女公が首を縦に振るかどうかは別問題かとも思いますの。
確かにスターレイム卿とブランディル女公は親しいお友達同士ですけれど……そこに政治的な問題を持ち込めるかどうかは、また別問題でありましょう?
ブランディル女公は悠久の刻を生きる、老獪な女吸血鬼……自身の友人であるスターレイム卿がアーメリアに政治利用されていると知ればーーー同盟どころか、アーメリアに対して敵対行動に出るやもしれませんわね♪」
「い、いや、それは……!」
「深淵戦争において、異界の軍勢を唯一寄せ付けなかった程の武力を誇るブランディルとの敵対だけは、断じてマズい……!」
「シェリル女公爵一人だけで、異界の魔将をはるかに凌ぐ戦力を持つと言われておるからな……」
ディケーをパイプ役として使えば、割と簡単にブランディルとの同盟を締結できると踏んでいた貴族連合に対し、マリーは相手側がノーを突き付けてくる可能性をあえて示唆するコトで。
ディケー本人の預かり知らぬ内に政治利用されぬよう、マリーなりに配慮をしていたのだった。
無論、マリーとしてもディケーのこれまでの功績を鑑みれば、もっと出世すべきだとも考えてはいるが……政治の駒として扱われるのは、彼女の本意ではないコトも知っている。
故に、貴族連合には想定しうる最悪のパターンを最初に提示するコトで、容易にディケーを政治の駒として利用できないよう、釘を刺しておいたのだった。
「ハルバード公爵夫人。
貴女は確か一度、ブランディル女公爵と面会済みでしたな。
ど、どうかな……仮に彼の女怪と戦ったとして、勝てる算段などは……?」
議員の一人が、恐る恐るマリーに尋ねる。
ハルバード公爵家が擁する魔術師団を統率し、更には魔術協会の筆頭役員でもあるマリー。幾度となく大導師候補として名が上がるも「前線に出れなくなるのは嫌なので♪」と選挙の度に辞退をするなど、その魔術師としての実力はアーメリア公国内でも間違いなく最強であろう。
ーーーそのマリーが、ブランディルを支配する亜人の女帝シェリルと戦えば、一体どうなるのか?
マリーを知る者ならば……決してあり得ない対戦カードと言えども、一度くらいは考えたコトのある夢の対決である。
「私とブランディル女公が戦ったら、でしょうか?
あらあら、まあまあ……酷な質問をなさいますわね♪」
ーーーややあって、
「無理です。勝てません。
恐らく、最初の1〜2分は私もそれなりに善戦できるとは思いますが……5分も経つ頃には間違いなく、殺されていますわね♪
もう数年前にもなりますが……初めてブランディル女公にお目通りした瞬間、この世にこれ程の怪物が存在するのかと、一瞬言葉を失った程でしたから♪
……彼女がその気になれば、数日でアーメリアは焦土と化すでしょう。
アレは……決して起こしてはならない、ヒトの姿をした、我々の理解の及ばぬ人理から外れたナニか……そう存じ上げますわ」
「そ、そうか……」
「貴女ほどの魔術師でも勝てぬとは……」
ニコニコと宝石のように眩しい笑顔を浮かべつつも。
マリーの目は一切笑ってはおらず、それだけでも、この場にいた議員達は、彼女の言葉が冗談などではないコトを、否応なしに察してしまったようだった。
ーーーマリーもまた歴戦の強者であるからこそ、シェリルとの天と地ほどの実力差をはっきりと初対面で理解らされてしまっていたのであった。
「だが、それだとますますおかしな話にならぬか?
何故そんなとんでもない化け物と、ここ数年でそれなりに名は知られていたとはいえ、爵位と領地を得るまでは一介の冒険者に過ぎなかったスターレイム卿が親しくしていられるのだ!?」
「毎年、冬季休暇でブランディルに旅行に行くほどの、家族ぐるみの付き合いとも聞き及ぶが……」
「まあ、そこはスターレイム卿ならではの事情がおありなのかと。
……皆様とて、公にはできない他者との繋がり、グレーゾーンなコネクションはお持ちでしょう?
無論、我がハルバード家にもありますけれど♪」
「「「 うっ……!!! 」」」
ディケーの正体について言及されそうな雰囲気になりそうになった矢先、すかさずマリーは二の矢を放ち……疑問を抱く議員らに対し「誰しも他人には言えない後ろめたい繋がりくらいはあるからこそ、今の地位にあるのだろう?」という揺さぶりをかけ、黙らせるのだった。
多忙な夫に代わってハルバード家を代表し議員達に物申すだけあり、その弱点をよく心得ている、マリーならではの強かさであった。
「ま、まあ、ブランディル自治領との同盟については、とりあえずは考慮の余地アリというコトで……」
「そ、そうですな……。
他にも同盟を結ぶべき亜人種の自治領や国家はありますし……」
「……では、ブランディルに代わって、南の樹海のエルフの国との同盟はどうか?
ずっと閉鎖的な種族であったが、10年近く前から徐々にではあるが、近隣の市町村と再び交易を始めているとか……」
その瞬間。
マリーはニヤリと口の端を釣り上げ、にこやかに言う。
「まあ、それでしたら南の国境に接するヴィーナ自治領がパイプ役に適任ですわ♪
エルフの国の現氏族長代理、エレナ王女とスターレイム卿はとても親しい御関係と聞き及んでおります♪」
「またスターレイムかっ!」
「いったい何なんだ!
ディケー・スターレイム、何処にでも現れおる!!」
「腋が美しいだけの冒険者ではなかったのか!?」
「うふふ。
スターレイム卿は謎めいた女性ですから♪」
牽制と同時に。
それとなくディケーの人脈の広さを貴族連合に喧伝し、彼らの想像の及ばぬ、只者でないコトをディケー本人の預かり知らぬトコロで、アピールしておくマリーなのであったーーー。




