第521話 ざけんなや 魔力が練れん ドブカスが
「ライア!
もう何度聞いたか分かりませんけれど……ほ、本当に、聖女様になるつもりはないのですわよね!?」
「? うん、ならないよ?」
「そ、そうですの……それを聞いて安心しましたわ……」
ライアが自分の手の届かない存在になってしまうのではないか……エリザはそれを恐れていたが、当のライアがこの調子であれば、ひとまず安堵……と言ったトコロであろうか。
「私、魔獣使いになりたいって、いつも言ってるじゃん」
「そ、そうですけどお……。
い、一応、念のために聞いただけですわ……」
「変なのー」
そうーーーライアの目標は魔獣使い。
エリザは知る由もないが、ライアは母ディケーのような魔女を目指していると同時に、冒険者に与えられた職業のひとつ、魔獣使いを目指しているのだった。
何せ、ディケーが魔女と冒険者の二足の草鞋を履くのを成功させているのを目の当たりにしているため、どうせなら母のような冒険者にもなりたい……と思うようになるのは、自明の理であった。
それは無論、姉妹のユティにも言えるコトではあったがーーー。
「(ま、まあ、この際……魔術師でも魔獣使いでも、私は一向に構いませんわ!
我がハルバード家の魔術師団にも魔獣を扱う方は何名か居ますしね……)」
古来より、こと戦において、特別な鍛錬を受けた動物が戦場で活躍するのは珍しいコトではない。
まだ魔道具による通信が確立される以前は、魔獣使いによって躾けられた魔物を使って伝令や偵察が当たり前のように行われていたし、時には共に戦場で戦うコトも当然のごとくあった。
アーメリア公国とレギエス帝国との間に起きた大戦でも、その限りではない。
「(ライアは動物の言葉が分かるみたいですし……魔獣使いになりたいと思うのは、まあ自然なコトでしょうし……)」
出来れば魔術師が良かったのですが……まあいいですわ、とはエリザの心の弁。
魔獣使いともなると使役する魔物の散歩やら食事やらに時間を使いがちのため、自身とのオフィスラブの時間が削がれてしまうのではないか……というのが本音のようではあったが。
「(それにーーー)」
魔獣使いのライア……かなり、アリではないだろうか?
普段はのほほんとしているライアが、魔獣を使役している時だけは豹変し、御主人様としての冷徹な顔を覗かせる……だいぶアリなシチュである。
例えば……
『くっ、殺しなさい……!
ハルバード家の当主が、こんな畜生同然の首輪など……末代までの恥さらしですわ!』
『あはは。
いい格好だね、エリザ。
まるでワンちゃんみたいだよ?
……殺すなんて勿体ない、お屋敷のみんなに早く見てもらおうよ。
ワンちゃんみたいに首輪をされて、無様に床を這いつくばってるエリザをね?』
『ライア……!
と、友達のよしみで我がハルバード家に雇い入れてあげたのに……とんだ裏切りですわね!
私達の友情は全て偽りだった……そういうコトですの!?』
『うーん、どうかなー?
少なくとも私はエリザのコト、友達だと思ってたけど……エリザは違うよね?
……私のコト、いつもエロい目で見てたよね?』
『なっ……!?
このエリザ・ハルバードがそのようなコト……!』
『はいはい、もう言い訳は聞き飽きたから。
ほら、エリザ。
みんなに見てもらいに行こ?』
グイッ!
『ひいっ!? い、痛いですわ……!』
『言うコト聞かないと、首輪が首に食い込むだけだよー?
それ、対魔術師用の首輪だから、強制消失魔術の術式がかけられてるの。
反抗しようとしても、魔力が全然身体から出ないでしょ?』
『ふざけないでくださいまし!
ど、どおりで先程から、ドブカスくらいしか魔力が練れないと思ったら……!!』
『あはは。
アーメリア公国最強の魔術師団を束ねるハルバード公爵家のお嬢様相手なんだから、それくらいは私だって用心するよ?
……エリザ。
私のコト、ただのほほんとしてるだけの呑気な子だと思ってた?
……さ、みんなのところに行こうか。
その後はエリザの婚約者の、大公家の第三太子様にも見てもらわなきゃね?
首輪に繋がれて、四本の手足で這いつくばって、涙と鼻水でグシャグシャになった、無様なエリザを、さ』
『あ、あぁぁ……!
わ、わたくし……もう、おしまいですわ……。
ハルバード家も、もう……』
『へーき、へーき。
エリザは私がペットとして一生可愛がってあげるからね。
御飯もお風呂もトイレも、何も心配いらないんだよ?
だから……人間やめようか、エリザ。
ーーーお前はもう、私の所有物なの』
『あ……あぁ……あぁぁ……。
ライア……ご、御主人様ぁ……』
『うんうん、いい子だねー』
……というようなコトが、ワンちゃん、もといワンチャンあったりなかったり……?
「屈辱的ではありますけれど、同時に退廃的で……これはこれでアリなシチュエーションですわね……イイ感じですわあ……」
「何がイイ感じなの?」
「……毎度のコトですから、私もさすがに慣れましたわよ」
鍛錬を終え、ベッドから降りたライアがクッションに座って鍛錬に臨んでいたエリザを、いつの間にか覗き込んでいた。
以前ならば大慌てしていたエリザだったが……さすがに八年も一緒に居れば、まあ慣れもするだろう。
「えへへ、エリザー♪」
「ちょっ、ライア……もう、仕方ないですわね」
笑顔でじゃれて抱き着いて来るライアに、エリザも慣れた様子で応じているのを見るに、最早二人にとってはこれが当たり前なのだろう。
……それに、ライアとのこの距離感、エリザも嫌いではない。
「来年でいよいよ成人かー。
エリザ、大公様の第三太子様って人と結婚しちゃうの?」
「そ、それは……。
む、向こうから何も言って来ませんし……予定は未定と言うか……」
「ふーん?」
ーーーただ、エリザにとって気掛かりなのは。
婚約しておいてから、まったく連絡をよこさない大公家の第三太子であった。




