第500話 おしゃまな領主家御令嬢、レムリアちゃん!
「でぃっけたーん!」
「わっ!?」
今日は朝からヴィーナの御領主家のお屋敷詰めなので、早速玄関をくぐって出勤すると。
トコトコと靴音を鳴らして、正面から私に抱きついてくる小さな影がひとつーーーナタリア様の一人娘、今年4歳を迎えたレムリアちゃんだった。
「えへへ。
でぃ〜けたんっ、おはよっ!」
「お、おはよう、レムリアちゃん……。
あ、危ないし、私の心臓にも良くないから、いきなり抱きついてくるのは極力やめてね?」
「はーい♪
はあ、朝イチのディケパイ♪
私だけのディケパイパイ♪」
「(これはやめる気ないわね……)」
そう言って、レムリアちゃんは母親のナタリア様譲りの銀色の髪を揺らして、私の胸元に鼻歌交じりで頬擦りしつつ、にっこりと微笑んだ。
「(ナタリア様にホントそっくりね……子供の頃のナタリア様も、意外と活発な子だったのかしら?)」
将来、美人さんになるのはもう約束されているも同然ね!
……まあ、レムリアちゃんの場合は、ひたすら元気があり余ってる感じですけども!
「(それに結構ずっしり重くなって……お屋敷の中をあちこち走り回るから、ナタリア様も最近少し困り気味だったなあ……)」
まあでも、私の従姉妹の子もこんな感じだったわねえ……お盆休みやお正月に顔合わせる度に、家の中を駆け回って、私に抱きついてきてたっけ……元気があるのはいいことだわ。
「こら、レムリア。
マスターは仕事で屋敷に来てんだ、その辺にしとけ」
とーーー廊下の向こうから、呆れた声でレムリアちゃんに注意を促すのは、すっかり御領主家のメイドが板に付いたクロアちゃんだった。
今では新人のメイドの子の教育も任されているのよね(と言うか、クロアちゃんがお屋敷で働き始めてから、明らかに採用希望の子が増えた)。
……クロアちゃんもこっちの世界に来てから、結構経ったわねえ……見た目は全然変わってないから、あんまり実感沸かないけど。
「おら、返事はどした?」
「……はぁい。
んもう、クロはケチなんだからー」
「るっせー。
後でメイド長に怒られんのはアタシなんだよ、その辺の事情も分かれや」
……まあ、口は相変わらず悪いけども!
何やかんやでレムリアちゃんにとっても、いい姉貴分って感じよね、クロアちゃん。
「マスター、悪かったな。
目ェ離すとコイツ、すぐどっか行きやがるんだよ」
「あはは。
レムリアちゃんくらいの歳の子は、大体そんなものよ」
ライアとユティはもう少し落ち着きがあったけど……まあ、人それぞれよね。
何より、ナタリア様の娘だし……個性的なトコロは母親似なんでしょう、きっと。うん、きっとそうだ。
「で、今日は何しに来たんだ、マスター?」
「今日はヴィーナとブランディル間に開通した鉄道路線の開通一周年の式典について、ナタリア様との打ち合わせよ。
……どうも、今回はブランディルからシェリルも出席するみたいだから、綿密にやっとかないとね」
「おいおい、マジか。
あの女吸血鬼、こっちに来んのかよ……」
私からレムリアちゃんを引っぺ剥がして抱き上げたクロアちゃんの表情が一瞬、強張った。
クロアちゃんにとっては、元居た世界で異界側に手を貸して魔女狩りをやらかした元凶だものね、シェリルは……こっちの世界のシェリルとは、根本的に別の存在みたいだけれど……。
「レムリア、その人、知ってる!
母様がいつも言ってる、"いまいましーイモ女"でしょ?」
「あ、あはは……。
お、お願いだから、シェリル本人の前では絶対に言っちゃダメよ?」
……レムリアちゃんの無邪気な一言で、ヴィーナとブランディルの都市同盟決裂からの、凄惨な領地戦に発展しかねないからね!
んもう、ナタリア様ってば子供の前でなんちゅーコトを口走ってんだか……子供は割と親のそーゆートコロ、見てますからね!
「……シェリル的には気を利かせているつもりなのよ。
私が爵位と領地を得てから、他の貴族やら領主が私にちょっかい出してこないよう、仲良しアピールをして、ね」
「ふーん」
……少なくとも、シェリルは今のところ人間の敵でもなければ、味方でもない。
だけど、多少は私寄りの立ち位置に居てくれている……爵位を得てからの二年間、色んな人達が私を通じてハルバード公爵家やシェリルと接触を図ろうとしたけど……その後、同盟を結べたとか、懇意になれた、なんて話はとんと聞かないものね……。
「じゃ、私はナタリア様と打ち合わせがあるから」
「おう、邪魔したな、マスター。
……おら、行くぞ、レムリア。
ナタリアの姐さんから出された課題やんぞ、課題」
「うへえ〜。
……でぃけたん、お昼までおうちに居る?」
早くも英才教育を施されているレムリアちゃんは、朝からお勉強の模様。
クロアちゃん、ライアとユティにも割とスパルタだったからなあ……大丈夫かしら?
「レムリア、お昼ごはん、でぃけたんと一緒がいい!」
クロアちゃんに手を引かれて勉強部屋に向かう最中、振り向きながら、すがるような目で、私を見て言うのだった。
しかして、私は。
「ええ、もちろん。
お昼、一緒に食べましょうね」
「やったー! 約束ね!!」
少しでもレムリアちゃんのやる気スイッチを押すためにも、快く承諾するディケーさんなのでした。
うん、ライアとユティもだったけど、私としてはやっぱり、子供は褒めて伸ばしてあげたいわね……。
「(将来的には、あの子がヴィーナの領主を継ぐワケだし……)」
ワールドワイドな視野を持った子になってほしいわねえ……って、私の子じゃないんだし、そこは母親のナタリア様と父親の御領主様が決めるコトなんだけども。
「(でも……どうしてかしら?)」
……レムリアちゃんの、あのキラキラした星空を閉じ込めたような蒼い虹彩。
どっっっかで見たコトがあるような……?




