第491話 よろしくお願いしますね、私の越境騎士様
「たいした手腕だわね。
貴族連合をどうやって説得したのか知らないけれど……ディケーを中央デビューさせるために、ここまでするなんて」
「あらあら、うふふ♪
私は何もしていませんわ、ヴィーナ領主夫人」
ーーーところ変わって。
アーメリア公国の首都トワシン、大公家の城の授与式会場。
互いにワインの入ったグラスを傾けながら、静かに視線を交わらせる貴婦人が二人ーーー国境の町ヴィーナの領主夫人のナタリアと、公国最強の武力を誇る魔術師団を率いるハルバード公爵家夫人のマリーであった。
……両者の会話のメインはもちろん、ディケーである。
「飽くまでも今回の授与式はアーメリア公国に尽くした方々を称えるため、大公家が主催された催しですもの。
……まあ、多少はブランディル女公爵の名も出しはしましたが、授与式当日に女公爵からメッセージカード付きのお祝いのフラワースタンドが届いたのは、完全に想定外でしたわ♪」
「ったく……。
あのイモ姫、余計なコトをしてくれたものね……」
あのイモ姫……というは無論、"銀雪の死妖姫"の異名で呼ばれる、ブランディル自治領の女公爵、シェリルのコトだ。
以前からディケーとはただならぬ仲だとナタリアも感づいてはいたが、いよいよ本性を現して来たコトを危惧しているようだった。
「(あの女は前から気に食わなかったのよね……)」
ドラゴン便で授与式の会場に届けられた、雪百合のフラワースタンド……大公家や貴族連合が集まった公の場で、シェリルが自身とディケーの親密ぶりをさり気なくアピールするための撒き餌であるコトは明らかだった。
ただでさえブランディルの外に流出させるのを禁じていたはずの美しく貴重な雪百合を、ディケーのためだけにフラワースタンドとして会場に届けたのを鑑みれば、両者がいかに懇意か伺い知れるというものだ。
「(敵に回すと相当に厄介ね……さすが、何百年も生きてないわ……老獪な女……!)」
……同時に、ディケーにちょっかいを出そうと考えていた不埒者へのシェリルからの警告を込めたメッセージでもあると、ナタリアは受け止めた。
ディケーに何かしようものなら、シェリルが黙っていない……あの場に居た全員が、そう認識したはずである。
加えて、
「……で、今回の件で一番得をしたのって、結局はアンタのハルバード家よね?
公女殿下お気に入りの越境騎士であるディケーに領地を貸与するコトで、自身の派閥に加えられたし、そのディケーを気に入ってるブランディルのイモ姫との本格的なパイプも手に入れた。
……これでますます、ハルバード公爵家はアーメリアの政権の中央で大きな発言力を持てる、って寸法よね?
ただでさえ、娘が大公家の第三太子様と婚約してるワケだし?」
「うふふ。
端的に見れば……まあそうかもしれませんわね」
鋭い目つきで事実を客観的に述べるナタリアに対して、マリーは飽くまでも涼しい顔のままだった。
グラスの中のワインをゆらゆらと揺らし、そう指摘されるコトは想定済みとでも言わんばかりに……にっこりと笑顔を崩すコトもなく、マリーはナタリアを見つめ返す。
「……ですが、それらは飽くまでも副産物に過ぎません。
だって、私はただ、ディケーさんが傍に居てくれさえすれば……それでよいのです♪
ディケーさんの顔を見て、ディケーさんの声を聞いて、ディケーさんの体温を感じて……満たされれば、ね?
……そういう意味では、得をさせていただいたのかもしれませんわ♪
だって……これからはディケーさんのスターレイム家は、我がハルバード公爵家ともっと密接に関わってゆくのですから」
舌をペロリと出して、小悪魔のような悪戯っぽい笑みを浮かべるマリーを横目に。
……あの女だけじゃない、この女も相当に厄介だったわね、と心の中で独り毒づくナタリア。
どうしてこうも、ディケーの周りには厄介な女ばかりが集まるのだろう……不思議でならないわ、と同時に思うものの……その"厄介な女"に自分も該当しているコトには一切触れないのであった……が、
「随分とディケーがお気に入りなのね。
……でも残念でした。
あの子は今後もヴィーナの領主家のモノよ、そして私専属の護衛……未来永劫ね。
現に、どんなに貴女がハルバード家に乗り換えさせようとしても、あの子が良い返事をしたコトがあったかしら?」
「まあ、それは仕方がありません。
……ですが、最終的な判断を下すのはディケーさんですから♪
何かの拍子に考えが変わったりするコトも、無きにしもあらず……ですし」
「ないわね。
……だって、あの子、私が大好きですもの。
私を裏切るようなら、最初から傍に置いてなんかいないわ」
「あらあら、まあまあ。
……むしろ、ディケーさんがと言うよりは、私には領主夫人がディケーさんに熱をあげているようにお見受けしていたのですが♪」
「それ……そっくりそのまま、アンタに返すから」
「まあ、互いに立場のある身ですからね♪」
「……そうね」
ーーーなどと、まあ。
互いに夫と娘が居る身でありながら、酒を飲みつつディケーを巡って二人の美女の攻防が静かに続く中……渦中のディケーはと言えば。
「スターレイム卿。
よろしければ、私と一曲いかがですか?」
「こ、公女殿下とですかっ!?」
「ええ。ダメかしら?」
「と、とんでもないです!
わ、私などでもよろしければ……」
「ダンスの心得がおありなのですね」
「以前、ナタリア奥様やハルバード公爵夫人から教わりまして……(ブリーチェの田舎貴族の娘のケイコに変装した時に……)。
男役でも女役でも、どちらでも……」
「素敵だわ!
……ではよろしくお願いしますね、私の越境騎士様」
「は、はい……」
ーーー衆目の中、アーメリア公国の第一公女メアリと、何やら良い雰囲気になっていた。




