第48話 紅き情熱の唄
「昨夜は大変お見苦しい所を……」
「いえ、そんな!
私もまた呼び捨てにしちゃったりして……」
このやり取り、前にもあったなあ!?
夜が明けたものの、まだライアとユティも起きそうになかったので、早朝のエルフの王城の空気を吸おうと廊下を歩いていたところ。
朝仕度中のサラさんと、またもバッタリしてしまったのよね。
やっぱりメイドさんって朝が早いのか。
何だか廊下の奥から良い匂いもするしね。
「ディケー様のお言葉で、私も少しは心の荷が下りたような気がします。
……まだエレナお嬢様のアグバログの呪いの解呪は済んではおりませんが……私は救っていただけました。
御礼申し上げます、ディケー様」
「そ、そう?」
そう言って、サラさんは私に恭しくお辞儀をする。
……昨夜は涙を枯らすほど泣いたせいで、まだ目が赤かったけど……でも、昨夜と違って会話の最中に笑顔が垣間見えたって事は、少しは癒されて元気が出たみたいね! 良かったわ。
「まあ、サラさんに笑顔が戻ったのなら」
「はい。
……では、ディケー様。
朝の仕度の途中ですので、私はこれで」
「あ、うん。頑張って」
そう告げて、またも一礼するサラさん。
ーーーしかして。
本来のメイドの仕事に戻ろうと、石畳の廊下をコツコツと靴音を鳴らし、サラさんが私の横を通り過ぎようとした刹那、
「(ディケー様さえよろしければ。
……今後、2人きりの時は。
どうぞ、私をサラとお呼びください)」
……んんっ!?
「(今、通り過ぎざまにサラさんってば、すごいコト言わなかったかしら……!?)」
表情は伺い知れなかったけど……でも、耳すごい紅かったわよ!?
「ねえ、サラさーーー」
……私が今の言葉の真意を問おうにも、気づいた時にはサラさんの背中は廊下の向こうの厨房へと消えてしまっていた。
「(……私、今回は魔女の瞳使ってないよね?)」
間違って魅了しちゃった訳じゃなくて?
いや、そもそもエルフは皆生まれつき高い魔力持ちだから、魅了に耐性があるんだった!
……えっ、えーっ?
なら、お悩み相談の最中、抱き締めてあげたのが効果あったのかしら……人肌恋しさで、懐かれちゃった、とか?
「(……そう言えばサラさん、昨日も樹海の入り口で待っててくれた時も何だか顔が赤かったし……うーん)」
昨夜は私の胸の中でひとしきり泣いてたし、気丈に振る舞いつつも涙もろい女性って感じに認識を改めたばかりだったけど……
「(意外と情熱的なのかしら……?)」
……いや、待って!
私、これ知ってるかも!!
「(これって、"ナイチンゲール現象"ってやつでは……!?)」
映画の「バックトゥザフューチャー」の1作目で、クリストファー・ロイド演じるエメット・ブラウン博士ことドクが言ってたやつ!!
……患者と看護婦が恋に落ちる、って現象じゃ!?
サラさんはメイドで、私は魔女だけど、シチュ的には似たようなもんだし!
……どちらかと言うと看護婦側が患者に恋する現象を指すらしいけど、リバの場合、つまりは患者が看護婦に恋する場合もあるにはあるでしょうよ!
「(うんうん、きっとそうだわ!)」
まあ、心身の不安で一時的にサラさんも心の支えを必要としてるのかもだし。
支えてあげられるものなら、私も支えてあげたいし。
……そのためにも早くエレナお嬢様をアグバログの呪いから解放してあげなきゃ!
「すっごくヘビーな展開になって来たわね!」
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「森のずっと向こうですか?
あちらは禁則地となっております。
300年前の深淵戦争時、炎魔将アグバログとの最後の決戦が行われた、古戦場跡なのです」
「古戦場跡! へえ」
寝泊まりさせてもらった部屋に運ばれて来た朝食をライアとユティの3人で美味しく頂いた後。
子供達が王城の中を探検に行っている間、私は昨日感じた瘴気の匂いの正体を確かめるべく、行動を開始していた。
……で、やはり餅は餅屋と言う事で。
ここは地元の人に聞くのが一番と思い、お城の中を歩いていた文官っぽいエルフの人を捕まえて、ちょっと話を聞いてみた訳でして。
「私はまだ当時は生まれていなかったのですが、それは凄まじい戦いだったと父母から聞いております。
炎魔将の放つ業火によって木々は悉く焼き払われ、旧王城は焼け落ち、家々も灰となり、もはや住める状態ではなかったと。
生き残ったエルフの氏族は現王城であるこの砦に籠城し、最後の反撃の機会を待ったそうです」
「あ、なるほど。
ここが王城なのに砦みたいな堅牢な構造なのは、昔の王城が焼け落ちてしまったからなのね」
「左様で。
後は魔女殿も御存知の通り。
炎魔将の十万もの魔物の増援を魔女テミス殿が引き付けている間、エルフの氏族の総力を挙げて炎魔将をついに討ち果たした、そう聞き及んでおります」
「なるほどー」
「炎魔将アグバログは身の毛もよだつ断末魔の末、深い谷底に落ちて行ったそうです」
ふーん、アグバログは谷底へねえ。
……えっ?
「あのー、つかぬことをお聞きしても?」
「何でしょうか」
「あ、アグバログのお墓を作ったりはしなかったんですか?
弔いのための首塚とか作ったりとか……」
「とんでもない!
どうして我らエルフの国に攻め入った憎い敵畜生を弔わねばならぬのです?
多くの命を奪った者に墓など不要、死体は風雨に晒して朽ちるのを待つが吉であるというのが、当時のエルフの全氏族の総意です。
まあ300年も経てば、今は骨も残ってはおりますまい。
今では"忌み地"となっております故、現地がどんな様子なのかは知る由もありませぬ」
あ、あかーん!!!
「(それアグバログが本当に死んだのかを、誰も確認してないって事じゃん……!!)」
日本人だったら、例え敵であっても祟りを恐れて手厚く葬ったり、平将門みたいに首塚を作って祀ったりするけど(それこそ横溝正史の小説の「八つ墓村」で落武者を八つ墓明神として村の守り神として祀ったみたく!)……この人達エルフなもんだから、人間(ってか日本人ね)とは道徳観とか倫理観とか死者への畏敬の念がまったく異なるんだわ!
……そのせいで、誰もアグバログの死体を確認しようともしなかった!!!
「(まさか、森の奥から幽かに匂った瘴気の正体って……!?)」
……まさか。
……アグバログは、まだ生きている!?




