第377話 心がまた叫んでいる、痛みを感じても……
「はぁ、ディケー……。
やっぱり、貴女の血はサイコーよぉ……。
みるみる全身に力が漲ってゆくわぁ……どんな美酒も、この血に勝るモノはないってカンジ☆
じゅるっ、ずぞぞっ、ぢゅるる~っ☆
おいちぃ、おいちぃわぁ~~~っ☆」
「あっ、あっあっ、あっあっあっ……」
冒頭から最終局面だぜー!
女吸血鬼にしてブランディル自治領の女公爵、死妖姫のシェリルのお城に、今年も冬季休暇で遊びに来た私達スターレイム一家。
雪の降り積もる古城で家族で楽しく過ごそうかと思っていたのも束の間、日に日に魔女に近づいていく私の娘達、ライアとユティの血をシェリルが吸いたがっているのが発覚。
そうはいかんざき! とばかりに私は母として身を呈して、子供達の代わりにシェリルにこの身を捧げたんだけどお……。
「(吸い過ぎじゃないですかねーっ!?)」
「あンっ♪
暴れないで、ディケー……あともうちょっとだけ吸わせて☆
去年は吸えなかったし、二年分吸っておきたいからぁ……ぢゅるっ、ちゅうぅっ、んくっ、んくっ……」
「(あ、相変わらず、貪欲ッ!!!)」
ーーー案の定「寝る前に一緒にワインを飲まない?」とシェリルに誘われて部屋にホイホイ行ったら……最初はこの一年間に何をやっていたとか、他愛もない話をしてたんだけどお……酔いも回ってえっちい雰囲気になり始めた途端。
不意を突かれてシェリルに抱き付かれたと思ったら、首筋をガヴ……もとい、ガブリとやられましてね、ええ。
……絶賛吸血中ですが、何か!?
「(ま、マズイっ……これ以上吸われたら、本当に死ぬっ!!!)」
シェリルが喉を鳴らす度、私の身体から数百mlずつ血液が失われ、眼下の女吸血鬼の底知れぬ魔力の糧へと変換されてゆくのが、否応なしに理解る!
……ヤバいわ、今夜のシェリルの貪欲さはフツーじゃない!
「んっ、ちゅき、だいちゅきっ!
ディケー、ちゅきよ、ちゅきっ☆
ごきゅっ、んくっ、ぢゅるるる~~っ☆」
本人も言ってるけど、去年は私がナタリア様の出産に付き添ってたのもあって、ブランディルに来れなかったから……二年分の血を吸おうとしている!
「……ぷはぁっ!
ディケー、今からでも遅くないわぁ!
また"あの頃"みたいに一緒に暮らしましょうっ!?
貴女の子供達も一緒にっ!
貴女の血が、ぬくもりだけがっ!
この極寒の土地にあっても、私を癒してくれるのっ……貴女が居なくちゃ、私ダメなのよぉっ!!
……お願いだから、傍に居てよぉっ!!!」
「(だから、"あの頃"とか言われても私は知らないっちゅーにっ!!)」
二年前も、シェリルはこんな感じで半狂乱に陥っていた……私の血を吸うコトで、過去の記憶が脳裏によみがえって、それで情緒がこんな感じで不安定になっているのかも……!
「(くっ、それは昔のディケーとシェリルの問題であって……今の私は、目の前の問題を何とかしないと……!)」
私自身、命の危険を感じてシェリルから逃れようと身体を動かそうとするけど……念力みたいなモノで拘束されて、シェリルになすがまま状態! しかも、
「(チュウチュウ血を吸う合間に、人のディケパイ好き放題に揉みおってからにー!)」
ネリちゃんか、アンタはー!
……とまあ、こうして私が心の中で猛抗議するのも虚しく、シェリルの指は服の上から私の胸にむにゅりと沈み込み、小一時間やわやわと揉み続けている。
……ネリちゃんもディケパイ大好きだけど、シェリルも大概では!? ブランディルに来る度、私ってば毎回揉まれてない!?
「(こっちもシェリパイ揉みまくってやらんと割が合わんわー!)」
……なのに、指一本動かせないとは!
そんなにパイパイ好きなら自分の揉めばいいじゃん、その立派に実った年季の入ったシェリパイをさあ!!
「(このっ……やられっぱなしのディケーさんじゃないわよ!)」
ーーーこれまではずっと、ブランディルに来る度にシェリルにしてやられて来たけど……今回は違うわ!
「(指先だけでも動けば……!)」
貧血で遠退きそうになる意識を何とか繋ぎ止め、私は指先に全魔力を集中し、シェリルの念力による呪縛に抗う。
すると、シェリルは私の血を吸うのに夢中で最高にハイになっているのもあって、僅かながら念力が緩んでいるのを感じた。
……反撃するなら、今しかない!
「("魔女の工房"!)」
ズ ズ ズ …… !!!
かすかに動く指先で私が"魔女の工房"の異空間から取り出したのはーーー
「ーーーーッ!?」
途端。
文字通り、シェリルは目の色を変え、私の血を吸うのを直ちに中断し、抱き付くのを止めてソファーから一瞬で数m飛び退き、間合いを取った。
……よし、念力が解けて、身体の自由も戻ったッ!!
その紅い双眸は、信じられないモノを見たーーーとでも言わんばかりに、見開かれていた。
「その刀身の蒼い炎の輝き……!
まさか、青生生魂……!?」
「はぁ、はぁ、はぁっ……そうよ。
"炎魔将殺し・青生生魂……!」
口元から私の血を滴らせながら、シェリルは驚愕する。
かつて深淵戦争の折り、異界から攻めて来た炎魔将アグバログの喉をエルフの氏族長様が貫いて致命傷を与えた、緋緋色金で鍛えられたエルフの宝剣!
五年前にアグバログが南の樹海で復活した時、私が使った時は魔力に耐えきれずに砕けてしまったけれど……エルフの御先祖様が残していた希少鉱物・青生生魂によって鍛え直され、新たに生まれ変わった……炎魔将殺し・青生生魂!
特に、異界の魔物相手には凄まじい切れ味を発揮する特効兵器!!
「(シェリルの雰囲気が変わった……これまでのおふざけは完全に鳴りを潜め、要警戒の体勢に入っている……本能的に、この剣が自身にとって危険なモノであると悟っている……!)」
ーーークロアちゃんから「別の世界でのシェリルが異界側に付いて人間や魔女と敵対している」と聞いた時から、ずっと考えてた。
……シェリルって、そもそも何者なの?
約300年前の深淵戦争において、異界のゲートを通って公国領に侵攻した異界の魔物の軍勢を唯一寄せ付けなかった、亜人特区の自治領の女公爵ーーーなら、そのエピソード以前のシェリルは何処から来た、何者なのか?
ーーーその答えは、異界の魔物への特効武器である、この剣を見て目の色を変えた時点で、出たも同然だった。
「シェリル……。
貴女ーーー異界から来たのね。
深淵戦争よりももっと前に、異界のゲートを通って、この地にやって来た……そうなんでしょう!?」




