第28話 よくも好き勝手やってくれたわね
巨猿王にとって、公国領は、まさに楽園と言えた。
棲息する魔物は帝国領に居た頃よりも圧倒的に弱く、まず餌に困らなかったのが良かったし、野良召喚獣を狩る役割を担う冒険者達の腕も大したモノではなかったからだ。
大戦中、自身を喚んだ召喚師が呆気なく戦死すると、巨猿王はすぐさま従属から逃れ、野へと駆け出した。
自由の身となってからは好き放題に暴れ、喰らい、各地を転々としながら知恵と力を身に付けていった。
自身と同じような境遇の召喚獣と遭遇した時は特に血が騒ぎ、戦いの末、その血肉を喰らうのが何よりの楽しみとなって行った。
喰らう度に体躯は大きくなっていき、知恵が付いて行くのが否応なしに分かり、とうとう人間の話す人語も介するようにもなった。
特に、公国領の北に位置する大森林を訪れた際、数十年に一度の嵐によって倒れた大木を加工した棍棒を武器として使うようになってからは、破壊し、蹂躙する事の喜びも覚えた。
結果、その狂暴性は更に増し、被害は魔物や家畜に及ばず、街道を往く旅人や小さな村落にまで及び始める。しかし、冒険者ギルドによる指名手配など歯牙にもかけず、巨猿王は暴れ続けた。
自身に比肩する魔物も人間も最早この土地には存在せず、これはいよいよ自身がこの大陸の食物連鎖の頂点に立ち、覇者となるよう、天から与えられた運命とすら思うようになった。
ーーー今日、この女と出会うまでは。
「こんのエテ公……よくも好き勝手やってくれたわね」
有り得ない。
この大陸において絶対的な王者であるはずの自分が、指一本動かせず、地に伏している。こんな事は有り得ない。あってはならない。
「(カ、身体ガ、動カナイ……ッ!)」
何が起きたのか。
そうだ、急に身体に力が入らなくなったかと思うと、地面に幾度も叩き付けていたはずの棍棒が凄まじい剛力で押し退けられ、その反動で自分は地面に倒れ込んだのだった。
「(ウ、動ケ、動ケ! ウ、動カナイト……!)」
かろうじて思考は出来るが、それもかなり朦朧としていて、いつ途切れるのか分からない状態だった。
酩酊、というよりは、頭の中に靄がかかって思考が定まらず、今にも意識が飛びそうになる。
それに加えて身体には力が入らず、今となっては指1本動かすのもやっと、と言った状態に陥っている。
……だが自身に何が起きたのか、それに困惑する暇も与えられず。
つい先刻まで自身が肉片も残らず棍棒で殴り倒し、蹂躙したと思っていた女が、五体満足な状態で。
「だから俺様キャラって嫌なのよ」
芋虫のように無様に地面に転がる自分を、その眼下に捉えているのが見えた時。うすら寒いモノが背筋に走るのを、巨猿王は確かに感じた。
「(何てタフな奴! 0.1㎎で鯨とか眠らせるはずなのに……!!)」
ーーー巨猿王は知る由もなかったが。
呪いによるデバフが効かなかった時に備え、ディケーは最初から二段構えの戦法で、この戦いに臨んでいた。
『氷弾、全弾射出!!!』
即効性のある神経毒をあの氷の術式に事前に仕込み、敢えてわざとらしく仰々しく術式を叫ぶ事で、特に何の変哲もない氷結魔術でとっさに岩の弾丸を防いだついでに、何発かの氷弾がたまたま相手に着弾したように見せ掛けて。
毒入りの氷弾が敵の皮膚に突き刺さり、氷が解けて毒が全身に回るのを、呪いのデバフを相手にかけつつ、ずっと待っていたのだった。
「(毒は呪い同様、魔女の十八番! ……けど、まだ改良の余地ありね)」
白雪姫は、リンゴを一口齧っただけで眠りについた。
しかし、さすがは巨猿王。
魔女の用いた毒ですら即効性とは行かず、ここまで時間がかかったのは、まだディケーに転生して日が浅い故の彼女の誤算だったと言える。
「(こんな戦法、二度と使えそうにない……とんだ実験だわ!)」
加えて、ディケーの新しい装備。
冒険者ギルドに所属した当初は動きやすさを重視して、元居た世界のレディーススーツ風の服装に防御力上昇の術式を施した物を着用していたが、
『かーさま。
それ、あんまりまじょっぽくない』
『ウム。ノット、ウィッチ』
と、子供達からの反応がイマイチだった事から、装備を"合成"によって新調していたのが幸いした。
レディーススーツを基礎素材とし、ディケーがこれまで星の測量で世界を旅した過程で収集していた珍しい鉱物(ルーンメタルや隕鉄など)を合成素材として組み込み、さまざまな術式も組み込んで生まれたのが、
「(極星のローブ! 星の輝きを宿した、私のオリジナル装備!!)」
レジェンドオブグランディアの本来の世界観には存在していなかった、まったく新しい装備、極星のローブだ。
更なる動きやすさを追究して肩は剥き出しのノースリーブとなり、魔女である事を隠すため、魔術の術式を封じた宝玉を取り付けたグローブを両手に着用、その女流格闘家のような機能性重視のデザインから、一見すると拳闘士のような佇まいさえある。
現に、巨猿王もディケーに接近戦を挑まれた事から、相手が(毒を仕込んだ)攻撃魔術を扱うとは思わず、結果的にこうして地に伏している事からも、見た目で油断させる事に成功している。
だが、極星のローブの真価はそこではなく。
「(相手から喰らった攻撃を、全て私の魔力に還元する!)」
ディケーが地面にクレーターが出来る程、巨猿王の棍棒を喰らっても五体満足で生きていられたカラクリが、これであった。
攻撃が繰り返されている間、ひたすら還元される魔力で防壁魔術を連続展開、加えて至近距離から呪いのデバフで巨猿王の腕力やらを徐々に下げて蹂躙を凌ぎ、氷弾に仕込んだ毒が敵の全身に回るのを耐えていのだ。
ディケーの根気が今回は勝ったが、毒が回るのがもう少し遅ければ、恐らく立場は逆転していただろう。
「はーっ、はーっ、はーっ……!
くうぅっ……! いったっ……。
こっちに来てから……こんな痛い思いをしたのは……初めてだわ……」
防壁魔術に関してはディケーは専門職ではないため、やはり完全防御とはいかず。
見れば、額や腕からは鮮血が流れ、片目は潰れて開かず、何処かの骨が折れたのか腹部を押さえ、立つのもやっとの状態だった。
だが、それでも。
「……貴方を一発ブン殴れるくらいの力は残ってる」
ズッ……ズズズ……!!!!!
横たわる巨猿王の側にディケーが立つ。
最後の力を振り絞り、長い黒髪を逆立てて。
バフで限界まで魔力を全身に巡らせ、己が極星と化したが如き輝きを放つ今のディケーの筋力と、毒で身体が動かせず、更には呪いのデバフで筋力、防御、敏捷、全てがオールダウンした、身動ぎ一つ出来ず地に伏す、巨猿王。
「(コ、コイツ、人間ジャナイ……マ、魔女ダ……ッ!!!)」
気づいた時には凡てが遅く。
ーーー最早、どちらが狩る者で、狩られる者かは、一目瞭然であった。
「(オイ、マ、待ーーーーーー)」
「だあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!」
絶叫と共に。
ディケーの全魔力の籠った拳が、眼下の、血走った目を見開いた顔面目掛け、振り下ろされた後。
巨猿王の頭部は、血と肉片と脳髄の破片を撒き散らしながら、パァンと音を立てて、砕け散った。
「はーっ、はーっ、はーっ……。
……ヴィーナの冒険者ギルド、聞こえますか。
……って、ドローンで見てるわよね。
緊急クエストのアラートは解除……。
特A級有害召喚獣、巨猿王は……くぅっ。
この、冒険者ディケーが……ここに、討ち取ったぁああああぁぁあっっ!!!」
血塗れの右拳を握り締めながら。
冒険者全員にギルドから支給された通信石に向かって、震える左手で、ディケーは吼えた。




