第19話 エルフメイド、襲来!
「ブモーッ!」
「ブモー!じゃないでしょー!
農家の人達が丹精込めて作った野菜を、出荷前に全部食い荒らしおってからにー!!!」
狩猟シーズン到来ッ!
冒険者ギルドに所属する事で「有害召喚獣狩猟免許」が与えられた私は、早速とある農家の依頼を受けて、畑を荒らす巨猪と絶賛交戦中なのだった!
「農家に代わって、おしおきさせてもらうわ!」
西部劇のガンマン同士の対決じゃないけど、土煙舞う郊外の農村の一角で、大魔女VS巨猪、世紀のデスマッチ、ファイッ!
日本でも畑の作物を食い荒らす代表格よね、猪は! 当然、レジェグラの世界にも居た!!
「(図体はデカいのにメチャ素早い!)」
元の世界に居た頃、家に帰ろうと夜道を急いでいたら、車道の脇の草むらをノソノソ歩く野生の猪を遠目で見掛けた事があったけど……あれが大型犬くらいの大きさだとすると、コイツは車庫かプレハブ小屋くらいはあるわね!
「ブルルッ! ブモモモモッ!!!」
まるで走る巨岩!
血走った目で私を睨み付け、巨体を揺らしながらでっかい牙を鼻息荒く振り回し、ミサイルみたいに何度も突撃してくる! 文字通りの猪突猛進ってやつですやんか!!
「風跳!」
地上戦ではこちらが圧倒的に不利!
魔物との交戦用に作ったレディーススーツ風の衣装も防御力強化の術式を施してあるけど、それでもあの巨体の体当たりをまともに喰らったら骨折じゃ済まないのは目に見えてる! ここは一旦、空に退避ね!
「(しかも疲れ知らず! 早く倒さないとこっちの魔力が底を突く!)」
恐らく、本来のディケーだったら慌てず騒がず、一瞥しただけで瞬殺してるんでしょうけど……私自身、ディケーに転生してまだ一ヶ月も経ってないせいもあって、上手く魔術を使いこなしきれてないのは否めない!
自動車の運転免許取ったばかりの若葉マークの人が時速400キロくらい出るスーパーカー買っていきなり乗っても、大したドラテクないから乗りこなせられないのと同じようなものね! 調子に乗ってスピード出して、カーブ曲がりきれなくて即オシャカ、廃車コースだわ!
「(ディケーの身体にまずは慣れて、そして使いこなす! ……私は、子供達から憧れるような大魔女になる!)」
そのためにも……今はとにかく場数を踏んで、このレジェグラの世界で生き抜くしかない!
「(短期決戦と行きますか!)」
狩猟免許を持ってるって事は、狩ると同時に狩られる事も覚悟の上で相手と相見えるって事だからね!
……でも、あの子達が18歳を迎えて運命を乗り越えるまでは……私はまだ死ねない!
「まずは足を止める! 雷閃!!」
「ブモーッ!?」
一閃!
杖から発生させた稲妻を、空中からお見舞いしてやったわ!
どんなに素早く動けて、分厚い毛皮に覆われてても、電撃を喰らった以上は全身が感電して数秒は動きが止まるはず!
正確にどれくらいの威力があるのか計測した事はないけど、それでも"1.21ジゴワット"くらいは多分あるわよ、今の私でも!
「ブ……モ……」
「(動きが止まった……勝機!)」
よし、当たり所が良かったみたい!
……これを逃す手はない!
空中を駆け、動きの止まった巨猪へ目掛け一気に下降する。狙うは脳天のみ!
「ーーーごめんね」
せめて、苦しまないように。
巨猪の眉間に杖の先を押し付け、私は静かに術式を展開する。
「魔女の針」
杖の先にバチッと閃光が疾る。
直後、ブシャッと音を立ててドス黒い鮮血が脳天から吹き出した。
そのままピクピクと身体を震わせて、ゆっくりとその巨岩のような体躯が地面に横たわり、やがて完全に動かなくなった。
ーーー巨猪は、そのまま息絶えた。
****
「いや、お見事だった。
もし別のが現れた時も頼めるかい?」
「はい。私で良ければ」
巨猪を倒した後。
避難しながら戦いを見守っていた依頼主の農家のオジサンによって、私は労われていた。
農家の軒先で遠目に巨猪の骸を眺めながら、出された冷たいお茶で喉を潤す。あと、お煎餅も貰った。
ん、ミルク味! ひと仕事終えた後のせいか、やたら美味しいわね!
「アイツにはうちの村は何処も散々な目に合ってたからなあ。
退治して貰えて本当に良かったよ」
日本も異世界も、農家がせっかく作った野菜を有害鳥獣に食い荒らされる問題っていうのは共通なのねえ……やられた人達にとっては死活問題だもんね。
「帝国軍も厄介なモンを召喚してくれたもんだ。
イノシシ自体はこの大陸に昔から居るんだが、あんな家1軒くらいのデカさの奴なんて見た事なかったからなあ」
「なるほどー」
確かに、フツーのサイズだったら猟師さんでも呼べば対処可能なんでしょうけど、あそこまでのサイズとなると冒険者ギルドに駆除依頼を出すしか対処出来そうにないもんね。
私達が住んでる山は山小屋周辺に張り巡らされてる結界の術式で野生動物が近寄れないようにしてあるから、家庭菜園も無事で済んでるけど……対処が出来ない人達にとっては頭の痛い問題だったでしょう。
「ギルドには後で成功報酬を振り込んでおくよ」
「ありがとうございます。
あと、あの骸は私が頂いても?」
「構わんよ。
ありゃデカ過ぎて食う気にゃなれん。
解体も面倒そうだしな」
よしよし。
駆除報酬とは別に、巨猪の部位素材が貰えちゃったわね。牙、爪、骨、毛皮……どれも使い道は多そうだわ。
「これを頂き終わったら、回収して帰りますので」
「ああ。まあ、ゆっくりしてってくれ」
「(南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏……)」
ミルク煎餅をバリバリ齧りながら、私は冒険者となっての初めての好敵手の冥福を祈るのだった。
****
私がスキマ時間のアルバイトの拠点にしている冒険者ギルドがあるのは、ヴィーナと呼ばれる公国領内の国境近くの町だ。
レジェグラの原作に登場する主要キャラ達に遭遇する可能性を少しでも減らすため、敢えて首都から遠くに位置する地方都市をアルバイト先に選んだ。
……いや、選んだと言うと語弊があるかしら。
例によって、魔女の塔に行く時に港町のブロケナを経由したように「首都から離れていて、尚且つ冒険者ギルドがある町に通じますように!」と念じながら納屋の扉を開けたら、このヴィーナに来ちゃったのよね。比較的ギルドに近い場所の建物の扉と繋がってたから、通勤も楽なのよー。
「ただいま戻りました……って、あら?」
冒険者ギルドに戻ると、何やら中が騒がしい。
日中は結構な数の冒険者が依頼の受注や報告、報酬の受け取りをしにやって来てるから騒がしいのは当たり前なんだけど、今日はちょっと様子が違うみたい。
……受け付けの辺りから?
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「……では、どうしても御紹介していただけないと?」
「いえ、決してそのような事は!
た、ただ、ちょっと専門的過ぎて、うちのギルドでは取り扱えない事案と申しますか……」
見れば、受付嬢のベルちゃん(初日に私に対して塩対応だった子)が、カウンター越しに誰かに詰め寄られていた。
あれは……メイドさんかしら?
勿論、日本のメイド喫茶のコスプレとかじゃなくて、本格的な感じの佇まいのね。
「どうしてもお願いしたいのです」
「そう仰いましても……」
私のようにシニヨンで纏めたブラウンの髪、メイドの定番アイテムのホワイトブリム、白いエプロンドレス、黒いロングスカート……派手すぎない簡素なクラシカルなスタイルなのに、やたら堂に入ってると言うか……姿勢もスラッとしてて年季が入ってる感じ。
……でも見た目はまだ20代前半くらい?
間違いなく美人さんだ。魔女の先輩達にも負けてない。町を歩けば殿方が10人中8人は振り返る感じの、クール系オネーサンね!
「(……よっぽど若い頃からメイドさんやってるのかしら?)」
……いや、待って。
よーく見ると、耳がとんがってる!
それに目を凝らすと、かなり強い魔力を秘めてるのが分かる! あれって……。
「(エルフだわ! レジェグラの世界に来て初めて見た!)」
なるほど、長命な種族のエルフなら年季が入ってるのも納得ね。
……って、感心してる場合じゃなかった。
そろそろベルちゃんに助け船を出してあげないと。
「お疲れ様、ベルちゃん。
今、巨猪の駆除から戻ったわ」
「あ、ディケーさん! お、お疲れ様です!」
助かった!とでも言いたげに。
今にも泣きそうだったベルちゃんは、私を見るや声を弾ませ、目を輝かせた。
同時に、ベルちゃんに詰め寄っていたメイドさんの視線が、今度は私に向けられる。うわ、瞳がサファイアみたく真っ青! でも何やら強い意思の宿ったような力強さも感じる……射抜くような視線とは、まさにこれね!
「(うーん、でも近くで見るとますます美人だわ)」
レジェグラのゲーム本編にもエルフの仲間キャラは何人か居たけど、やっぱりイベントCGで見るより生の方が迫力あるわー。
「この人と何かあったの?」
「こ、こちらの方がですね……。
少々特殊な御依頼と言うか、専門的な知識を持つ方を探しておられるそうで……」
専門的な知識?
ちょっと要領を得ない感じだけど……。
「……本来であれば、一族でも随一の強い魔力を持ってお生まれになるはずだったのに、何故か一切の魔術の才に恵まれない御体でお生まれになってしまった、さる高貴な方を治療していだきたく。
……国境を越え、こちらまで参った次第です」
「で、ですから!
うちは冒険者ギルドでして!
そ、そういうのは、それこそ、お医者様にですね……」
「医者も聖者も匙を投げたから、此処に来たのです」
「うっ……」
……うん?
医者も聖者も匙を投げた?
それって……。
「実際にその方に会ってみないと断言出来ないんだけど……。
それって、もしかして……呪いの類いじゃないかしら?」
なーんて、何気なく言ってみたのよね。
そうしたら、
「……!
そ、そうです、まさしく!!
私の言の葉の端から、すぐさま呪いと見抜かれるとは!!
……ハッ!
もしや、高名な解呪師の方でしょうか!!」
ガシッ!!
いきなり、私の両手を掴んで。
ベルちゃんに続いて、今度はメイドさんが興奮気味に。
その睫の長い、青い瞳をカッと見開いて、キラキラと輝かせたのだった。




