美女と獣と
その後無事に事務室へと辿り着き、予定表をもらう事に成功。
私はホッと胸を撫で下ろした。
「助かりました。 ありがとうございます、フェリス様」
「どういたしまして。 じゃあ今度は食堂に案内するね」
今まで同じ年頃の人と話した事がなかったから、どう返せば良いのかわからない。
すると悩んでいたのがバレたのか、フェリス様は眉を下げて笑った。
「ごめんね、かばってもらったの初めてだったからつい嬉しくて。 まだ一緒にいてもいい?」
小首を傾げ、花の様に笑うのを見たら断れない。
結局私は、フェリス様に食堂までの道案内をお願いする事にした。
聞くところによると、フェリス様も先程の金髪の女性リリアナ・マーシェルも、伯爵家のご令嬢らしい。
近年は女性でも騎士を目指す人が増えていて、ついでに婚約者も見つけて結婚するケースもあるのだとか。
どうもリリアナ様もそうらしい。
だから懇意にしているアルフレッド様とやらとフェリス様の関係が気になって、目をつけたられたというわけだ。
貴族社会って色々大変だ。
「もしかしてフェリス様も婚約者探しに?」
「一応はね。 でも今は剣技や魔法を学ぶ方が楽しいから、そんな気分になれないというか……」
「おい、そこで何をしている」
突然ゾワッと悪寒が走った。
そしてほぼ同時に周囲の空気がピシリと変わった。
恐る恐る振り向くと、そこには閣下よりも身体の大きい男性が私を見下ろすようにして立っていた。
いつの間にこんな側まで来ていたんだろう。
そして、何故か睨まれてる気がする……。
「あら、アルフレッド様。 どうなさったんです?」
「丁度君の声が聞こえたから来てみたんだが……」
この熱り立った熊みたいなこの人がアルフレッド様?!
確かに端正な顔立ちだけど、リリナア様の様子からもっと優しい人なのかと思ってた。
目の前に立つ巨漢は、今にも私に噛みつこうと青緑の瞳を光らせてる。
まるで無防備のまま魔物と出くわしたかのような緊張感。
冷や汗が止まらない。
でも制服は私達見習いと違って黒の騎士服で、胸の紋章も金糸で刺繍されている。
という事は、キアノス閣下と同じ団長クラスの人間だ!
「おい、何をジロジロ見てる」
「も、申し訳ありません! 名乗り遅れました、ロゼ・アルバートと申します!!」
ワーウルフも慄きそうな鋭い目つきにピッと身体が強張る。
「もうっ、アルフレッド様ったらロゼを怖がらせないで下さい!」
そう言って頬を膨らませたフェリス様は、私の首に腕を回して身体を寄せた。
その瞬間、アルフレッド様の顔が魔物と化した。
庇ってくれたのは有り難いけど、結果火に油を注いでしまったみたいだ。
「君の事はさっき閣下から聞いた。 腕の立つ奴だと聞いたが、早々にフェリスに付け入るとはいい度胸だ……」
まずい、今完全に敵と認定された!
笑みを浮かべているのに、目の奥が笑ってない!
もしかして二人は恋人同士なのかな。
だからってヤキモチで命を落としたくない。
ここはさっさと退散しよう。
「では私はこれで……」
「ちょっと待て」
アルフレッド様にガシリと腕を掴まれ引き止められてしまった。
「こうして出会った訳だし、ちょっと付き合ってもらおうか」
「な、何にですか?!」
「何、大した時間はいらん。 ほら行くぞ」
「ちょっと、待ってください!」
「おい、何をしてる!!」
その声の主はキアノス閣下だった。
そしてこの人も何だか機嫌が悪そうだ。
閣下はアルフレッド様から私を引き剥がすと、私を庇うようにして立ちはだかった。
「フェリスだけでなくロゼにまで手を出す気か?」
「人聞きの悪い事を言うな!」
王立騎士団の黒騎士が二人も揃ったことで、この場に居た全員が一斉に背筋を伸ばした。
フェリス様一人を除いて。
「キアノス様、ロゼとお知り合いなんですか?」
「あぁ、俺もまさか君達が一緒にいるとは思わなかったよ」
「全くだ。 で、本当にこんな小さいのが騎士になれるのか?」
「あぁ、素質は充分ある。 フェリスも良かったらロゼに色々と教えてやってもらえるか?」
「勿論です! 実はさっきロゼに助けてもらって、お礼をしようと思ってた所なんです」
「そんなの聞いてないぞ! 一体何があったんだ?」
「アルフレッド様に言うほどのことじゃありませんっ」
「む……」
この三人、かなり仲が良いみたいだ。
フェリス様は穏やかだし、後の二人も表情はともかく雰囲気は柔らかい。
けど周囲から注がれる目線は、針で刺されてるかの様に痛い。
しかも向こうにリリアナ様の姿も見える。
これは非常にマズイんじゃないかな。
今度こそ退散しよう。
そぉっと閣下から離れて背を向けた時だ。
「こら、何処へ行く」
今度は閣下に捕まってしまった。
「あの、食堂に行かなきゃならないので私はここで……」
「あぁ、それなら伝言を預かってる」
すると閣下が手に持っていた紙袋を私に差し出した。
中を見ると、艷やかなりんごが二つも入ってる。
「これ、なんですか?」
「見ての通りだ。 昼は食べたのか?」
「……いえ」
「料理長にはさっき事情を説明しておいた。 今日の夕刻を過ぎた頃に来てくれと言付かってる。 だから今はそれを食べて凌いでおけ」
「ありがとうございます!」
自然界で育つ植物や果物、生物には魔法の使用は禁止されている。
生態系に影響を与えてしまう可能性があるからだ。
だから果物の差し入れはかなり有り難い。
しかもりんごは栄養価も高いし腹持ちが良い。
こんな大きなものなら一つ食べれば明日の朝まで食べなくても済む位だ。
「厨房には先にユーリを向かわせる。 後で俺も向かうから先に話を聞いててくれ」
「でもお忙しいんじゃ……」
「気にするな」
閣下はポン、と私の頭に手を置いた。
どこまで気にかけてくれるんだこの人は。
ホント、理由が知りたい。
「ではまた後で。 アルフレッドも行くぞ」
「……あぁ」
「お二人共、お気をつけて」
アルフレッド様はまだ何か言いたげだったけど、渋々閣下の後を追っていってしまった。
そして再び私とフェリス様とが残った。
「何だか凄い二人に捕まっちゃったのね」
「はは……」
「アルフレッド様もあんなだけど、優しい人だから大丈夫だよ。 それに……」
「それに?」
「キアノス様があんなふうに女の子と接してるの初めて見たわ。 余程ロゼの事がお気に入りなのね」
「そんなっ! 閣下は私の事なんて犬としか思ってないですよ!」
否定する私を見てフェリス様はまたクスクスと笑う。
色々と気になる所があるのは確かだけど、だからといって閣下が私に特別な感情を持ってるなんてあり得ない。
だって私は魔力を持たない、セロなんだから。
「ロゼはこの後どうするの?」
「食堂に行く予定も無くなりましたから、部屋に戻って片付けくらいかと……」
「折角だし午後の演習、見学していく?」
「いいんですか?!」
「うん、事情を話したらきっと大丈夫だよ」
「ありがとうございます!」
そうして私は、フェリス様について午後の演習を見学することになった。
ただ、ずっと私達を影から見ていたリリアナ様の動きがすごく気になる。
きっと彼女もいる筈だ。
このまま何も起こらなきゃいいんだけど……。
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