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美女と獣と

 それは余りにも突然だったから他の三人も追いかけてくる事はなかった。

 うまく撒けたって事かな……?



「無理やりごめんね? 私はフェリス・ヘーレン。 よろしくね」


「あ、ロゼ・アルバートです……」


 肩で息をしながらも笑う顔がすごく可愛くてしばし見惚れてしまった。

 でも今まで同じ年頃の人と話した事がなかったから、返し方がわからない。

 するとフェリス様は眉を下げて笑った。



「ごめんね、女の子に庇ってもらったの初めてだったからつい嬉しくて。 他の所も案内するから、まだ一緒にいてもいい?」


「なら先に医務室に行きましょう。 このままじゃもっと腫れてしまいますから」



 するとフェリス様は大きな瞳をパチパチと瞬かせた。

 あ、いらないお世話だったかな。

 でも肌が白いからどんどん赤くなってる。

 腫れが酷くなる前に冷やしてほしい。


 

「ありがとう。 じゃあ事務室の用事が終わったら一緒に行ってもらおうかな」


 

 ふわぁっ……!

 花のような笑顔ってこういうのを言うんだ!

 こんな愛らしい笑顔を見たら、男性はイチコロだろうな。

 朝の疲れが一気に浄化されてしまった。




 それから私は事務室で挨拶を済ませた後、フェリス様と医務室に向かった。

 その道中、色々な事を教わった。

 どうやら私がいたのは東棟の兵舎。

 そして向かいにある棟が西棟だ。

 そこが事務室、来賓室、会議室に食堂、医務室、大浴場などの設備が揃う主要施設になっている。

 因みに西棟を抜けた先に、演習場、武器庫、大広場があるらしい。

 

 因みにさっきまで訓練で全員演習場に集まってたので、人がいなかったみたいだ。





「待たせてごめんね。 冷やせば大丈夫だって」


「それなら良かったです」



 医務室から出てきたフェリス様は小さな氷嚢で頬を冷やしながら笑った。

 うん、可愛いの一言に尽きる。 



「じゃあ今度こそ食堂に案内するね」


「はい!」


 

 そうして私達は食堂へと歩き出した。


 とは言え、さっきから視線が痛い。

 どうやら周りはフェリス様が見知らぬ誰かと一緒に歩いてるのが気になるらしい。

 しかも頬を冷やしてる。

 まさか私がやったとか思ってるのかな。


 フェリス様も先程の金髪の女性リリアナ・マーシェルも、伯爵家のご令嬢だ。

 上位貴族なうえに目を引く容姿をしてる。

 嫌でも目立ってしまうよね。


 近年は女性でも騎士を目指す人が増えていて、ついでに婚約者も見つけて結婚するケースもあるのだとか。

 どうもリリアナ様もその一人で、懇意にしているアルフレッド様とやらとフェリス様の関係が気になって、目をつけたられたというわけだ。

 貴族社会って色々大変だ。

 

 

「この角を曲がった奥が食堂の入口だよ。 ここは訓練生だけじゃなく先輩達も自由に使える場所なの」


 

 そう言ってフェリス様が自分の腕を私の腕に絡ませ『こっち』と誘導してくれた時だ。 



 突然ゾワッと悪寒が走り足が止まった。



 そしてほぼ同時に周囲の空気もピシリと変わる。

 恐る恐る振り向くと、そこには閣下よりも身体の大きい男性が私を見下ろすようにして立っていた。


 い、いつから背後に立っていたんだろう。

 そして、何故か睨まれてる気がする……。

 ハッ! まさかフェリス様と腕を組んでるから?!

 フェリス様には申し訳ないけど、私はシュバッとフェリス様から離れた。



「アルフレッド様。 こんな所でどうしたんです?」


「それはこっちの台詞だ。 君がケガをしたと耳にしたから来てみたんだが……まさかそこの君がやったのか?」



 ものすごい形相での問いかけに、私は瞬時に首を左右に振った。


 このいきり立った熊みたいなこの人がアルフレッド様なの?!

 淡いゴールドの髪色で青緑の瞳、しかも端正な顔立ちだ。

 眉間の皺がなければ絵本に出てくる王子様みたいだ。

 でも目の前の人は今にも私に噛みつこうと青緑の瞳を光らせてる。

 まるで無防備のまま魔物と出くわしたかのような緊張感。

 冷や汗が止まらない。


 リリナア様の様子からもっと優しい人なのかと思ってた。


 しかもこの人、私達見習いと違って黒の騎士服、そして胸の紋章も金糸で刺繍されている。

 という事は、キアノス閣下と同じ団長クラスの人間だ。



「おい、何をジロジロ見てる」


「も、申し訳ありません! 名乗り遅れました、ロゼ・アルバートと申します!!」


「そうか、君がか……」



 ワーウルフも慄きそうな鋭い目つきにピッと身体が強張る。

 すると隣にいたフェリス様が再び私の腕に自分の腕を絡めて身を寄せた。



「アルフレッド様! ロゼを怖がらせないで下さい!」


 

 フェリス様はムッと少し頬を膨らましてアルフレッド様に抗議した。

 うわぁ、フェリス様は怒った顔もすごく可愛い。


 そんな事を思った瞬間、アルフレッド様の顔が魔物と化した。

 別に邪な目で見た訳じゃないのに、何か誤解されてる?

 庇ってくれたのは有り難いけど、もしかしたら火に油を注いでしまったのかも。



「君の事はさっきキアノスから聞いた。 腕の立つ奴だと聞いたが、早々にフェリスに付け入るとはいい度胸だ……」



 まずい、今完全に敵と認定された!

 笑みを浮かべているのに、目の奥が笑ってない!


 そうか、二人は恋人同士なんだ。

 フェリス様を取られまいと怒ってるのかも。

 だからってヤキモチで命を落としたくない。

 ここはさっさと退散しよう。



「では私はこれで……」


「ちょっと待て」


「ひぇっ!」



 アルフレッド様にガシリと腕を掴まれ引き止められてしまった。



「こうして出会った訳だし、ちょっと付き合ってもらおうか」


「な、何にですか?!」


「何、大した時間はいらん。 ほら行くぞ」 


「ちょっと、待ってください!」


「おい、何をしてる!!」


 

 すると背後からキアノス閣下の声が聞こえた。

 ホッとして振り返ると、閣下が小さな紙袋をもって大股でこちらに向かってくる。

 ……あれ、閣下もちょっと機嫌が悪い?

 そして私達の元に辿り着くと、アルフレッド様から私を引き剥がし、アルフレッド様を睨みつけた。



「フェリスだけでなくロゼにまで手を出す気か?」


「んな訳無いだろ! 人聞きの悪い事を言うな!」



 黒の騎士が二人揃った事で、この場に居た全員が緊張した面持ちで背を正す。

 フェリス様一人を除いて。 



「お二人共、落ち着いて下さい! 皆が困ってます!」


 

 フェリス様の一声にピリピリした空気が一気に霧散した。

 フェリス様、すごい。



「キアノス様、ロゼとお知り合いなんですか?」


「あぁ。 俺もまさか君達が一緒にいるとは思わなかったよ」


「全くだ。 で、本当にこんな小さいのが騎士になれるのか?」


「あぁ、素質は充分ある。 フェリスも良かったらロゼに色々と教えてやってもらえるか?」


「勿論です! 実はさっきロゼに助けてもらって、お礼に棟内を案内してたんです!」


「そんなの聞いてないぞ! 一体何があったんだ?」


「アルフレッド様に言うほどのことじゃありませんっ」


「ぐっ……」



 フェリス様は穏やかだし、後の二人も表情はともかく纏う雰囲気は柔らかい。

 この三人、凄く仲がいいのかも。


 そして周囲から私へと注がれる目線は、チクチクと針で刺されてるかの様に痛い。


 しかも向こうにリリアナ様の姿も見える。

 これは非常にマズイんじゃないかな。

 今度こそ退散しよう。

 そぉっと閣下から離れて背を向けた時だ。



「こら、何処へ行く」



 今度は閣下に捕まってしまった。



「あの、食堂に行かなきゃならないので私はここで……」


「それなら俺がさっき事情を説明しておいた」


「え?」



 すると閣下は持っていた紙袋を私に差し出した。

 中を見ると、艷やかなりんごが二つも入ってる。



「これ、なんですか?」


「見ての通りだ。 昼は食べたのか?」


「……いえ」


「話すついでに貰ってきたから、とりあえず今はそれを食べて凌いでおけ」


「ありがとうございます!」



 自然界で育つ植物や果物、生物には魔法の使用は禁止されている。

 生態系に影響を与えてしまう可能性があるからだ。

 だから果物の差し入れはかなり有り難い。


 しかもりんごは栄養価も高いし腹持ちが良い。

 こんな大きなものなら一つ食べれば明日の朝まで食べなくても済む。 



「とりあえず君は、夕刻を過ぎてから顔を出しに行ってくれ。 その時にはユーリを向かわせる。 後で俺も向かうから先に二人で話を聞いてくれ」


「でもお忙しいんじゃ……」


「気にするな」



 そう言って閣下はポン、と私の頭に手を置いた。

 すると周囲から小さなどよめきが起きた。

 これ、ヴランディ家の使用人達と同じ反応だ。


 

「ではまた後で。 アルフレッドも行くぞ」


「……あぁ」


「お二人共、お気をつけて」


 

 アルフレッド様はまだ何か言いたげだったけど、渋々閣下の後をついていってしまった。

 そして再び私とフェリス様とが残った。



「何だか凄い二人に捕まっちゃったのね」


「はは……」


「アルフレッド様もあんなだけど、優しい人だから大丈夫だよ。 それよりも……」


「それよりも?」


「キアノス様があんなふうに女の子と接してるの初めて見たわ。 余程ロゼの事がお気に入りなのね」


「そんなっ! 閣下は私の事なんて犬としか思ってないですよ!」



 否定する私を見てフェリス様はまたクスクスと笑う。


 閣下が私に特別な感情を持ってるなんてあり得ない。

 だって私は魔力を持たない、セロなんだから。



「ロゼはこの後どうするの?」


「食堂に行く予定も無くなりましたから、部屋に戻って片付けくらいかと……」


「折角だし午後の演習、見学していく?」


「いいんですか?!」


「うん、事情を話したらきっと大丈夫だよ」


「ありがとうございます!」



 そうして私はフェリス様について午後の演習を見学することになった。


 ただ、ずっと私達を影から見ていたリリアナ様の動きがすごく気になる。

 きっと彼女もいる筈だ。


 このまま何も起こらなきゃいいんだけど……。

 




 

 


 

 

 ここまで読んで下さりありがとうございました。

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 ブックマークもお待ちしてます。

 今後の励みにしたいのでどうぞよろしくお願い致します!

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