美女との遭遇
「ホラ、ここがお前さんの部屋だ」
「うわぁ……」
翌日、兵舎の管理人さんに案内してもらった部屋には大きな窓があり、そこから差し込む日の光が白い壁に反射してとても明るい。
清潔感あふれる部屋だ。
「空いていたのがここしかなくてな。 狭い部屋だが我慢してくれ」
「大人用のベッド、木箱じゃない机……みんな本物なんですね!」
「本物……?」
ザクセン男爵の屋敷では、子どもサイズと思われる小さなベットを寝床にしていた。
そこでは毛布二枚と枕だけ。
でもここのは見るからにふかふかで温かそうだ。
早く飛び込んでみたい。
「一応言っとくが、演習時間以外は魔法の使用を禁止だ。 と言ってもセロのお前さんには関係ない話だが」
「いえ、教えて下さりありがとうございます」
「……全く、閣下はどうしてセロなどを……」
兵舎の管理人さんは、伸びた白髭を撫でながら小さくぼやいた。
因みに私がセロだということも知っている。
話を聞くと、これまでセロを受け入れた例はないらしい。
だから受け入れがたいのも無理はない。
連れてこられた私ですら、未だに夢を見てるんじゃないかって思ってる位だし。
「儂からはこれで以上だ。 後で事務室に行って明日からの予定表をもらって来るように。 くれぐれも問題をおこすんじゃないぞ」
「はい! ありがとうございました!」
管理人さんから鍵を預かり背中を見送ると、私はベッドへと飛び込んだ。
すうっと息を吸い込むと、石鹸のいい香りがする。
出来るなら今からこのまま寝てしまいたい。
でも後で事務所、厨房にも挨拶にいかなきゃならない。
私は皆と同じ様には食事が出来ない。
なので兵舎では自分で用意する事にしたのだ。
これから厨房に出入りするんだから、迷惑かけないようにしなきゃだ。
私は早速支給された制服に袖を通し、釣り鏡の前でくるりと回ってみた。
父の物とは違って、伸縮性があってとても動きやすい。
何より新しい服が着れる事が嬉しくて堪らない。
因みにここでの生活は制服が基本で、色によってレベルが分けられている。
まだ見習いの初級クラスは萌黄色、街の警備や救援にあたる中級クラスが深緑だ。
そして騎士団の中でも一割にも満たないトップクラスの騎士達は、何物にも屈しないという意味から漆黒の色を纏うのだ。
いつかは私も、と思いつつも、そこには勉強という大きな壁がある。
小さい頃に文字や教養など一通りは学んでいたけど、なんせ七年もの空白がある。
魔物に詳しくても、時事には疎いし情報も古い。
しかも魔法関連は無縁だったので、分からない事だらけだ。
正直不安しかない。
兵舎を追放されないよう頑張るしかないな。
私は荷解きを後にして、先に事務室へ向かうことにした。
◇
建物の構造上、兵舎の廊下も広くて長かった。
目的の事務室は一体どこにあるんだろう。
ウロウロと歩き回っていると、談笑している男集団がこちらに向かって歩いてきた。
「すみません、事務室って何処にありますか?」
「事務室? それならこの廊下を突っ切った先を右に曲がって、別棟に入っていけば着くよ」
「見ない顔だけど新入り? せいぜい女子には目つけられないよう気をつけなよ」
「はぁ……ありがとうございます」
頭を下げ、私は言われた方へと再び歩き出した。
騎士の道を希望するぐらいだから、皆さん気が強いのかな。
まぁそれでも大丈夫。
私がセロだって分かったら、男女関係なく蔑みの目をで見られる様になるのだから。
だからといってコソコソするつもりは毛頭ない。
早く爵位を取り戻して、閣下の期待に答えられる人間になるんだ。
だから、世間の目に負けてる場合じゃない。
それを承知で入ったんだから、とことんやってやろう。
――――それにしても広すぎじゃないかな。
言われた通りに右に曲がったけど、今度は別棟へ入る道が分からなくなってしまった。
真っ白な廊下に真っ白な扉。
無駄な調度品も飾ってない。
しかも人の流れが自分と反対だから、つい不安になってしまう。
こんな事なら方角も教えてもらえばよかった。
仕方ない、一旦休憩しよう。
辿り着いた庭園にはベンチも噴水もあって、目も心も癒やされる。
流石は王立騎士団騎士育成所だ。
すると向うの茂みから話し声が聞こえてきた。
話しぶりからして、談笑している感じじゃない。
そろりと様子を見に行くと、やっぱりそこだけ不穏な空気が漂ってた。
「ちょっとアルフレッド様と親しいからって、調子に乗ってるんじゃなくて?」
そこでは女性三人が一人を取り囲んでいた。
特に中心格らしい金髪の女性は目を吊り上げ、イライラした様子だ。
「そんなことありません。 言いがかりはよしてください」
でも詰め寄られてる銀髪の女性も、一人だからといって物怖じすることなくキッパリと言い返す。
彼女達を見据える水色の瞳がとても綺麗だ。
「この前は違う殿方と噂になってたじゃない。 ちょっと可愛いからっていい気になってるんでしょ。 それとも何かを聞き出そうとしてるのかしら。 白状しなさい!」
するといきなり金髪の女子が手を振り上げた。
流石に暴力はよくない。
「おぉっと躓いたぁ!!」
いても立ってもいられなくなって、私は彼女達の視界に入るように盛大にコケてみせた。
「……貴女、見ない顔ね」
よし、注意がこちらに向いた。
私は身体を起こしてパンパンと服をはたくと、深く頭を下げた。
「今日から入所しましたロゼ・アルバートです。 事務室を探してるんですけど、ご存知ないですか?」
「事務室ならあっちの棟の奥。 さっさと行きなさい」
「あっちってこれの事ですか? それともあれですか?」
今度は庭園を挟んで建つ二つの棟を指差して、困っている素振りを見せる。
金髪の女性は溜息をついたけど、何やら思いついたのか、腕を組み不敵な笑みを浮かべた。
「仕方ないわね、私が案内してあげるわ。 ついてきなさい」
「ありがとうございます!」
なんだか裏がありそうだけど、ひとまず銀髪の女性から引き離す事に成功した。
金髪の女性は銀髪の女性を一瞥すると、『行きますわよ』と波打つような髪を手の甲で払い歩き出した。
一緒にいた女性二人もついていくようなので、多分大丈夫。
私も銀髪の女性に頭を下げ、急いで三人の後を追った。
◇
「さっきはよくも邪魔してくれたわね」
あの後、今度は私が人気のない所に連れ込まれ、追い詰められていた。
そしてついて来た二人も私に詰め寄ってくる。
「邪魔をしたって、一体何の事でしょう?」
「しらばっくれても無駄よ。 魔力の気配を消してまで近づいて来たんだから、何か目的があったんでしょう?」
「魔力の気配を消すなんて、私には出来ません」
嘘は言ってない。
すると何も得られないと判断したのか、金髪の女性はスッと私から離れた。
「まぁいいわ。 ロゼ・アルバート、今度邪魔したら容赦しないから」
そう言って金髪の女性は後の二人を引き連れて、庭園とは反対方向へと歩いていった。
今度こそ大丈夫だろう。
気を取り直して事務室に向かおう。
すると背後からキュッと服の裾を引かれた。
驚いて振り向くと、そこにはさっき庭園で見た銀髪の美少女が立っていた。
腰まで伸びた長い髪に、澄んだ泉のような瞳。
育成所にいるのが不思議なぐらいの美少女を間近で見てしまい、私は思わず息を呑んだ。
「私はフェリス・ヘーレン。 さっきは助けてくれてありがとう」
「いえ、私はただ道を聞きたかっただけですから」
「ホントにそれだけ?」
思わぬ問いかけに私は返事を呑み込んだ。
何だか探られてる気がする。
固まった私を見て、銀髪の美少女は手で口元を隠しながら、フフッと小さ笑った。
「確か事務室だよね。 私で良ければ案内するよ」
「え、でも……」
「そんなに身構えないで。 ちゃんと案内するから」
そういって彼女は私の腕を引いて歩き始めた。