心に灯る、約束の光
公爵家の屋敷って本当に広い。
幾つもの扉が並ぶ長い長い廊下を歩きながら、閣下に手を引かれついて行く。
そしてようやく一つの大きな扉の前で閣下の足が止まった。
「今日は天気も良かったから、よく見える筈だ」
閣下がその扉を押し開くと、サァっと髪を掬うような優しい風に煽られる。
そして再び目を開けると――――。
「わぁ……っ!」
そこはバルコニーになっていて、その先には暗闇の中で大小様々な光が散りばめられている。
私はバルコニーへ出て、眼下に広がる美しい世界に見惚れた。
「気に入ったか?」
「はい! こんな素敵な光景、初めて見ました!」
それは星ではなく、シヴェルナの民が灯す家の明かり。
自分のいる世界はこんなにも広く、輝いてるなんて知らなかった。
「閣下や騎士の皆さんは、この沢山の光を守る為に戦っているんですね」
「……あぁ、そうだ」
私もこの町の明かりを守れる人間になりたい。
そして、明かりの元にいない人々にも手を差し伸べる人になりたい。
それを叶える機会を、私の隣に立つ方は与えてくれた。
ふとキアノス閣下の方へと視線を向けた。
すると、閣下と視線がぶつかり、思わずコクンと息を呑んだ。
いつからだろう。
恥ずかしくなって顔を逸らしたいのに、何故か目が離せない。
その紺青の瞳には、不思議な力が宿ってるんじゃないかと思うほどに。
すると閣下は穏やかな口調で話し始めた。
「俺から提案しておいてこういうのもなんだが、……君は本当に騎士になるつもりなんだな?」
それは思いも寄らない問いかけだった。
「それは閣下が提案したから……」
「あぁそうだ。 だが今の君の姿を見ていたら、子爵令嬢として穏やかに生きる道も作ってやりたいと思ってな」
そう言って閣下は視線を町に向けた。
ザクセン男爵から救ってもらっただけでも十分なのに、まだ私を案じてくれてる。
そうまでして彼を突き動かすものは何だろう。
「もう一度聞く。 本当に俺の部下になる道を選ぶんだな?」
「勿論です」
私は即答した。
「子爵令嬢であっても、セロである以上は誰かに嫁ぐ事は叶いません。 だから私は守る側に立つんです。 大切な人の幸せを、その人の笑顔を見て幸せになりたいんです」
「そうか……」
「だから閣下、貴方は安心して前を向いててくださいね」
「え?」
「私が貴方の背中をお守りします」
私はドンと胸を叩いて笑ってみせた。
すると閣下はパチパチと目を瞬かせた。
「君が、俺の背中を……?」
「私の私にそのお役目を与えて下さったのです。 この命をもってお守りしますから。 だから今更撤回させようなんて駄目ですからね?」
そう言うと閣下が目を細めて小さく笑った。
「わかった。 君に迷いがないのなら俺も腹を括ろう」
「じゃあ約束をしてください」
「何を?」
「もう、穏やかに過ごすだけの子爵令嬢の道は作らない、と」
私は左手の小指を立てた。
「それは?」
「互いの小指を絡めて約束するんです。 破ったらその指を切るんです」
「えらく重い罰なんだな……」
「例えですって! でもアルバート家では当たり前にやってました」
「……そうか」
すると閣下も小指を出して私の小指に絡めた。
私と閣下では手の大きさが違うのはわかってた。
でもその節だった長い指に胸がドキンと高鳴った。
「小さい指だな」
「は、はは……」
私ってばなんて大胆な事をしてるんだろう。
スススっと指を外し、熱くなった顔にきづかれないよう顔を逸らす。
「そう言えば、閣下も先程お話があるって……」
「あぁ、そうだな。 いや、話す前に決まってしまったから」
「なにがですか?」
「騎士になると決めたのなら、兵舎に行く事になるな」
「そう、ですけど……」
突然閣下はバルコニーに置いていた私の手に自身の手を重ねた。
「俺も君の命を預かる人間だ。 もしも帰りたくなったらいつでも帰ってこい」
「そんな! セロの私が公爵家に居候するわけにはいきません!」
「当主の俺が言うんだから遠慮するな。 これからは、ここが君の帰る場所だ」
帰る場所がある。
そう思うだけでこんなにも安心するんだ。
閣下の言葉と手が温かくて、つい頬が緩んだ。
「……ありがとうございます」
『冷血の貴公子』は、本当は優しい人。
そんな人を守る事ができるなんて、私は幸せ者だ。
これからは侮辱も罵りも、跳ね除けられる位に強くなってみせる。
セロであることも自分の強みになるんだと証明してみせる。
帰る場所があるなら、きっと叶えられる。
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