【Sideストーリー】苦い思い出はチョコで包んで
バレンタインに因んでのお話なので気軽にお読みください(^^)
「はぁぁぁぁ……」
夕食も終わり静かになったヴランディ家の厨房で私は一人、ガクリと膝をついた。
味見しようとチョコレートを食べた筈なのに、口いっぱいに広がるのは芳醇なカカオの香りと苦みだけ。
甘みなんてほんの一欠片だ。
私はあわてて水を流し込み口の中をゼロにした。
(やっぱり思ってたのと全然ちがう! これじゃ絶対にムリだよ!!)
絶望的な状況にか苦すぎてたまらなかったのか、私は半泣きになりながら一枚の板チョコを前に頭を抱えた。
今日の訓練所でフェリス様からチョコ味のカップケーキを渡されて驚いた。
この国には『チョコと一緒に異性へ好意を伝える日』が存在する事に。
最近訓練所内が浮ついてる様に見えたのはこのイベントの所為だったんだ。
しかもこの風習はカップル間でも有りらしく『絶対にキアノス様にしてあげて!』とフェリス様に強く強く念を押され、私は午後の訓練を終えてすぐに町へと向かった。
まぁそんなに有名なイベントならチョコもすぐ手に入る筈だ。
普段と違うかわいいチョコがあるかもしれないと、ワクワクしながら私は店の中を覗いた。
でもその希望は無惨にも崩れてしまう。
ない。
チョコがお店に並んでない!
何軒回ってもないなんておかしくない?!
最後に回ったお店の店員さんに聞いたら『そりゃこんな夕刻に来ても無いに決まってるじゃない。 今年のは全部売り切れだよ』と言われてしまった。
どうしよう。
想定外の展開に汗がダラダラ流れてきた。
閣下とやっと思いが通じあったというのに、こんなところでミスを犯してしまうなんて。
もしかして、このイベントを遂行出来なかったら関係解消される……?
閣下を大事に出来ない私はヴランディ家を追放?
どうしよう、頭の中が悪いことで一杯になってきた。
「お嬢さん、板チョコなら一枚残ってるから売ってあげるよ」
するとさっきの店員さんが泣きそうな私を見かねて声をかけてくれた。
「ありがとうございます!」
パァ!と視界が明るくなった気がした。
でも店員さんが持っていたのは、よく目にする銀紙と赤の紙パッケージに包まれた板チョコとちがって黒の紙パッケージ。
(何だか想像してたのと違う気がする……)
不安に思いつつも、ここで買わなかったら絶対に後悔する。
それだけは避けたい。
私は腹を括って店員さんにお金を渡し、念願のチョコを手に入れたのだった。
しかも親切な事に初心者でも作れるというレシピと水色の水玉模様の型も付けてくれたから、もう怖いものなんてないとルンルンで帰ってきたのが三時間前の事。
空には星が瞬き町もすっかり静まり返ってる。
厨房も借りれたことだし急いで準備しよう。
そして意気揚々とレシピに目を通して調理を開始した。
……でもそうカンタンにはいかなかった。
ううん、レシピ自体は難しくない。
きれいにチョコレートは溶けたから後は型に流し込むだけ。
それだけなんだけど。
せっかくだし一匙掬って舐めてみると舌に衝撃が走った。
元になるチョコレートがこんなに苦いなんて聞いてない!
気持ちいいぐらいスッキリした苦みで目が冷める
レベルだ!
こんなのあげたら絶対に関係解消だよ!!
そして今に至る。
これはどうやって甘くすればいいんだろう。
砂糖を追加する?
混ざるの?
ハチミツ? 生クリーム?
ダメだ、下手に混ぜて不味くなったらもっと困る!
「ロゼ、ここにいるのか?」
「ウヒャアッ!!」
今一番聞きたくなかった声に呼ばれて声が裏返ってしまった。
慌ててチョコの入ったボウルを背中に隠して振り返ると、眉間にシワを寄せた閣下がそこに立っていた。
仕事も一段落ついたのか、白シャツ姿で前髪も少し下りてる。
閣下はリラックスモードでもカッコいい。
「こんな夜中に一人で何をやってるんだ?」
意地悪そうに口の端を上げる顔を見て、これは既にバレてるんだと察した。
急いでたからユーリ様達に口止めするのをすっかり忘れてた。
もうここは開き直ろう。
私は泣きそうなのがバレないよう額に手を当てて敬礼のポーズをとった。
「ちょ、チョコレートを溶かしてました!」
「へぇ……。 それはうまくいったのか?」
「う、うまくいきましたけど……」
「後ろに隠してるのがそうか?」
「そ、そうですが……」
「どんなのか見たい」
「え」
「どんなチョコレートを溶かしてたのか見てみたい」
そう言って閣下は妖艶に微笑み、私の体を挟むようにして調理台に手をついて私の逃げ場を奪う。
思わず後ろへ身を引くとカチャン、とボウルに手が当たった。
「ま、まだ完成してないからダメです!」
「じゃあ味見だけでも」
「絶対にダメです!!」
思ってた以上に大きな声がでてしまい、閣下は瞳を瞬かせてゆっくりと体を起こす。
「……からかって済まなかった」
あぁ、閣下がさっきまで悪魔みたいだったのに、今はすっかりしょげた犬みたいだ。
うぅ、胸がズキズキ痛む。
「あ、あの、私、今日が好きな人にチョコを渡す日だって知らなくてですね……」
「好きな人に、チョコを渡す日……。 そう言えばそうだったな」
「はい。 で、急いで用意しようと思ったんですけど、残ってたのがものすごく苦いチョコしかなくてですね……」
「ものすごく苦い? そんなチョコがあるのか?」
「コレです……」
私は観念して、すっかり艶が消えたチョコレートの入ったボウルを閣下に見せた。
それを覗き込んだ閣下はフムと顎に手を添えた。
「……確かに苦そうな香りだな」
「香りだけじゃなくて味もすごいんですよ」
「……『カカオ七十パーセント配合』か。 これはなかなかすごいな」
閣下は調理台に置いていたチョコレートの包み紙に気づき、小さく笑った。
カンタンに言うとチョコの主原料になるカカオの配分量が、日頃よく食べるタイプとは真逆と言ってもおかしくないぐらい多いらしい。
だから苦いのだ。
糖分を控えたい、けどチョコは食べたいという欲を満たす為に作られた健康志向なチョコレートなのだ。
恋人同士でウフフアハハと食べるものじゃない。
「申し訳ありません……」
「何故君が謝る」
「だって、か、閣下と私、初めてなんですよ? こんな恋人らしいイベントするなんて……」
「恋人らしい、イベント……」
「上司じゃなくて、恋人の閣下を……大事にしたかったんです」
知らなかったとはいえ、作り方もちゃんとよく読んで調べておけばきっと回避できた話だ。
初めて好きになった人とこうして一緒にいられるんだから、できる限り幸せにしたいのだ。
「つ、次はがんばりますから、今回のことは忘れてください! 明日また、お店にいって違うものを探してきますから!」
「その必要はない」
突然ゾクリと腰に来る低音ボイスで囁かれたと思ったら、大きな両手で顔を掬い上げられ、やや強引に唇を塞がれた。
そして溶かしたチョコがどんな味だったのかを探るかの様に、それが何度も繰り返された。
ダメだ、頭がクラクラしてくる。
私は閣下の肩をポカリと叩いて小さく抗議した。
「もう、充分でしょう……、閣下……」
「名前」
「へ?」
「『閣下』じゃない。 君の『恋人』の名は?」
「え……っと、キアノス、様……?」
とにかく早く息が吸いたくて私は言われるがままに閣下の名前を呼んだ。
すると閣下は獰猛さを孕んだ青の瞳を細め、『たまらないな』と熱っぽい声で呟いた。
身の危険を感じて一瞬怯んだら、閣下はそれに気づいたらしく、今度は私の体をすっぽりと包むようにやさしく抱きしめた。
そこでようやく私はまともに呼吸ができるようになり、そのまま閣下の胸元に顔を埋めた。
「別にこういった機会を逃しても問題ない。 それよりも君が普段から俺を名前で呼んでくれると嬉しいんだが」
閣下は私の頭に顎を置いて小さく不満を漏らす。
正直にいうと、今の私は閣下を名前で呼べるほど心が成熟している訳じゃない。
相手は上司で公爵様。 まだまだ恐れ多いのだ。
だからこそこういうイベントで心の経験値を上げて距離を縮めていきたいのだ。
「名前を呼べば良いって事じゃないんです。 私は閣下を幸せにするって決めたんです。 だからこういうイベントは大事にしたいんです!」
「幸せにする、か……」
「はい。 だからまた明日リベンジさせてください!」
「リベンジはいいが、このボウルにはいったままのチョコはどうするつもりだ?」
「もちろん食べます!」
「食べるって、どうやって?」
「考えたんですが、もう一度溶かしてフルーツに付けてはどうでしょうか」
「そうか、それなら果実の甘さが引き立っていいかもしれんな」
「ですよね! 明日早速調理人さんに相談してみます!」
「じゃあそれを楽しみに待つとしよう」
閣下は腕の中で拳を握って気合を見せる私の額に軽く唇を当てた。
最終的にはチョコじゃなくて閣下が甘くなってしまったみたいだ。
でもそれがイヤじゃない、寧ろ嬉しいから困ってしまうのだけど。
次の日、私は火照った頬を手で隠しつつ厨房へと足を運んだ。
今度こそ美味しいものを作ろうと意気込んでいたけれど、それにもすぐに冷水をあびせられることとなった。
「一度溶かしたチョコをまた溶かしちゃダメですよ。 チョコが白くなって味も香りも落ちるんでやめた方がいいです。 苦いチョコなら尚の事です」
やさしい調理人さんに『誰にでもよくある《《失敗》》ですから』とトドメを刺され、結局このカカオ七十パーセントのチョコはホットチョコにして全部私が頂く事にした。
お菓子作りって料理と全然違うんだな。
よく聞いたら分量もキッチリじゃなきゃダメらしい。
今度事情を話してフェリス様に教えてもらおう。
読んで頂きありがとうございました!
次回はホワイトデーに更新予定です。
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