二人で一緒に、一歩先へ
あれから一週間後。
未だにジェズアルド様の魔力が戻っていない。
本人は老化したのが相当ショックだったらしく、話すこともままならなくなっていた。
でも盗聴器があったので免れる事も出来ず、後日重罪判決が下される。
そして許可なく魔晶石付きの指輪を提供したリード・カルタスも勿論同罪だ。
ただ今回はジェズアルド様が独断で行ったとみなされ、ハーメルス家が直接罪に問われる事はなかった。
それでも商会内では様々な憶測が広がっている。
信頼回復の為に父親のオレーク殿下も謝罪行脚に追われているそうだ。
ベルトラン伯爵が開発した魔道具の設計図は、他の人の手に渡る前に無事に回収できたそうだ。
但しベルトラン伯爵が復職するまで国が保管し、後に有識者も集めて開発を進めるらしい。
今度こそコツコツと積み上げてきた経験と技術が実を結ぶに違いない。
そしてチェスはというと、ベルトラン伯爵からの申し出で極刑は免れた。
ジェズアルド様が保有していた別邸で、チェスの妹が監禁された状態で発見されたからだ。
チェスはどんな刑でも受け入れるつもりだったらしいけど、ベルトラン伯爵は『生きていればいつか兄妹で暮らせる』と言って妹を預かり、チェスを更生させる事にしたらしい。
子どものいないベルトラン伯爵は、この兄妹を見守る事に決めたそうだ。
この決定には私も胸を撫で下ろした。
罪を償い歩く道の先に、光が差す事を心から願う。
そして私はというと。
「閣下、お味は如何ですか?」
「オレンジの皮とチョコレートがこんなにも合うなんて不思議だな」
「保存食用に砂糖漬けしておいたんですけど、甘みが足りなかったんで思い切ってチョコを付けたらこうなりました」
「面白い発想だが美味しかった。 また作ってくれ」
「はい!」
レティーナ様の護衛任務も終えて帰ってきた閣下を労う為、私はメイド姿になってお菓子を振る舞っていた。
何故わざわざメイドになったのか。
どうも私がベルトラン伯爵の所で護衛兼メイドになっていた事を知らなかったらしく、それを根に持つ閣下のご機嫌を取る為ユーリ様が提案したのだ。
なので今は閣下の自室で二人きりだ。
こんな事で機嫌が直るのか些か疑問だったけど、新作のお菓子もあったおかげで今の所眉間に皺を寄せる事はない。
私は二人分の紅茶を入れ終わると、ソファでくつろぐ閣下の隣に腰掛けた。
「そう言えばレティーナ様の体調は如何でしたか?」
「数日憔悴していたが一昨日から父親の仕事を手伝っていたよ。 無理はするなと伝えておいたが、『これでいい』と聞かなくてな」
「そうですか……」
「そうだ、君宛に手紙を預かった」
「私にですか?」
閣下が差し出した白の封筒には綺麗な字で私の名前が書かれていた。
開けて目を通すと、そこには感謝の言葉と今後の事とが書いてあった。
ハーメルス家を継ぐ人間が居なくなったことで、レティーナ様が一旦家業を引き継ぐ事になった事。
そして今回の騒動で迷惑を掛けたくないと、閣下の婚約者候補から身を引く事にしたという内容だった。
――その代わり、貴女がキアノス様を幸せにしなさい。 他の女に任せたら承知しないから。 確認の為にも定期的に会いに来ること。 美味しいお茶を準備しておくから――と括られていた。
セロの私を受け入れてくれたようで、胸が熱くなった。
「随分嬉しそうだな」
「また会ってくれると書いてあったので」
「どういう風の吹き回しか知らないが、仲良くなれたなら良かったじゃないか」
「はい」
いそいそと手紙を封筒にしまっていると、ふと閣下が私の横髪に触れた。
驚いて閣下の方を見ると、切れ長の瞳を細めて横髪をそのまま耳にかけた。
眼差しがすごく優しくてドクドクと心音が胸に響く。
「……何でしょうか」
「いや、可愛いなと思って」
その一言で一気に身体の熱が上がる。
『突然何を言い出すのか』と言う前に、閣下は私を横抱きして自分の膝に乗せた。
そしてギュッと私を抱き締めた。
「心音がよく聞こえる」
いつもとは逆で閣下が私の心臓近くに顔を埋めてる。
こんなに密着してたら聞こえるのも当然だ。
ただ大して胸がないので感触としては申し訳なく思う。
「この格好、他所でするなよ」
突然の申し出に私は首を傾げた。
「メイド姿って事ですか? 相手を欺くのにも役立つと思うんですが」
「俺以外の男の前で君の可愛い姿を晒したくない」
そして紺青の瞳が私を射抜くように真っ直ぐと向けられた。
青がすごく深くて綺麗だけど、熱を帯びてる様にも感じる。
これはもしかして嫉妬?
そうさせてるのが自分なんだと思ったらジワジワと身体の奥まで熱くなってきた。
閣下を守る為に強くなろうと必死だった。
強くなればずっと閣下の側に居られると思ってたから。
でも次第にそれだけじゃ物足りなくなっていた。
私の立ち位置はまだ婚約者候補で魔力をもたないセロだ。
社会的にも引き離されるかもしれない。
それ以前に閣下が目移りしたらどうしよう。
誰かの所に行ったらどうしよう。
諦めるしかない現実を目の当たりにした時、一人でこの思いを消化できるかな。
ギュッと胸が締め付けられる。
私は閣下の頭を包むようにして抱き締めた。
「どうした?」
「……閣下が幸せな時ってどんな時ですか?」
「今この時だ。 君を側に感じると安心する」
そう言って閣下は私を抱き返す。
レティーナ様に背中を押された事にホッとしてる自分に罪悪感を感じながらも、身体の奥から溢れてくるこの多幸感はやっぱり手放したくない。
私は閣下の頬を両手で包み、額にキスをした。
驚いた顔で私を見上げる閣下の瞳に自分が映ってるのが堪らなく嬉しい。
「私、閣下をもっと幸せにしたいです。 だから必要ならいつでもこうやって抱き締めてあげます」
「それはありがたい申し出だな」
「だから……すぐ駆けつけられる様に、貴方の一番近くに置いて頂けますか?」
背中を追いかけるんじゃなくて、肩を並べていたい。
守るだけじゃなく、幸せにしたいんだ。
すると閣下は私の後頭部を掴みぐいと自分の方に引き寄せた。
そのはずみで前のめりになった私の唇を閣下の唇が塞いだ。
苦しくなって薄く唇を開けば、閣下は角度を変えて塞いできて、逃さない、と言われてるような甘い拘束感に目眩がした。
「それは俺の婚約者になる決心がついたという事で合ってるか?」
熱いキスの後、閣下は満足げな笑みを浮かべていた。
熱にクラクラしながらも、私は小さく首を縦に振って閣下の首に腕を回した。
「端から君以外を妻を迎える気はない。 だから安心して寄りかかってくれ」
「はい……」
頭を撫でる大きな手にあやすような優しい声色。
暫くこのまま甘えさせてもらおう。
「閣下こそ本当に良いんですか? これから間違いなく大変な目に遭いますよ?」
「それは君も同じだろう?」
「……それもそうですね。 じゃあ私が閣下を……キアノス様を全力でお守りしますね」
不意打ちだったのが効いたみたいだ。
閣下の首がジワジワと熱くなっていくのを感じて顔を上げると、閣下が少し困ったように眦を下げていた。
その顔は、暫く私の前だけにして下さいね。
これにて第二章完結になります。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
第三章も準備中ですので、ブックマークを付けて気長にお待ち頂けたら幸いです。
↓の評価の方もぜひよろしくお願い致します。




