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新たな一手

「誰かチェスを連れてこい!」



 チェスとロゼをヴランディ家へ送った日の夜、お兄様は血相を変えて騒いでいた。

 それはもう血眼になって屋敷中の扉という扉を開けて。

 まぁそうなるわよね。

 捕まえていた筈のロゼとその監視をしていたチェスが居ないんだもの。

 


「おいレティーナ!!」



 目が合った途端、お兄様が普段とは想像もつかない程に恐ろしい形相でこちらへ迫ってくる。

 そして私の胸ぐらを掴んだ。



「お、お兄様?!」


「お前、何か知ってるんじゃないか?」



 ナイフの様に鋭い視線を向けられて思わず息を呑んだ。

 


「な……、何の事です……?」


「俺が居ない間にあの騎士団長にチェスを引き渡したんだろう!」


「そ、そんな事してませんわ!」


「では何故地下があんなにも荒れている!!」



 まぁそうなるわよね。

 木片とかは片付けたけど、抉れた壁は今すぐに修復出来るレベルじゃなかったから放置するしかなかった。

 でも()()()()()()()引き渡してはいない。

 だから嘘は言っていない。

 


「……すごい音がしたので行ってみたら既にああなっていましたわ。 その事とチェスとがどう関係がありますの?」


 

 臆せず睨めつけると、お兄様は瞳を大きく開いてようやく手を離した。

 


「は、はは……、取り乱してすまない。 お前がチェスを疎ましく思っていたのを知っていたから、つい悪い方へ考えてしまってな」


「悪い方? まさか捕まるような事をしたのですか?」



 するとお兄様はスッと目を細めた。

 しまった、何か勘付いたかしら。

 


「……やけに冷静じゃないか。 いつものお前ならギャンギャン喚くのに」


「そ、そんな事は……」


「本当に知らないんだな?」



 唸るような低い声で迫られ、私は小さく頷くだけで精一杯だった。

 するとお兄様はドン、と私を突き放した。 



「まぁ良い。 この件は口外するなよ。 したら容赦しないからな」



 そう言い残してお兄様は振り返る事なく去っていった。

 

 まるで人が変わったかの様だった。

 もう軽口の叩けるような関係じゃない。

 私は自分の身体をギュッと抱き締めて震えが収まるのを待った。


 その後、お兄様は従者もつけずたった一人で家を出ていってしまった。









 そしてその二日後の昼下がり。

 お兄様はまだ戻っていない。


 一先ず私とキアノス様とで退院したベルトラン叔父様の住まうアデルナート邸を訪ねた。

 


「レティーナ」



 声をかけられてハッと顔を上げた。

 どうも足が止まっていたらしく、前方にいたキアノス様が不思議そうに私を見ていた。



「顔色が優れないようだが大丈夫か?」

 

「だ、大丈夫ですわ!」



 思わず声が上擦り、お見舞い用の花束をクシャリ、と握ってしまった。

 

 ――お兄様との事をまだキアノス様に話せないでいた。

 ここまで大事(おおごと)にしてしまったのは自分の軽率な行動が原因。

 ロゼを危険な目にあわせたのも、お兄様との関係が崩れたのも、全て私が招いた事。


部下(ロゼ)が犯人でなかった時はどうなるか。 よく考えておいてくれ』


 あの時のキアノス様の言葉がズシンと背中にのしかかる。


 ……話したらきっとキアノス様にも軽蔑されるわ。

 

 助けてほしいのに『自業自得だ』と拒否されてしまいそうで怖い。

 どうしたら良いのかしら。

 私はキアノス様に聞こえないよう小さく息を漏らした。

 


「そう言えば、リード・カルタスという男は知っているか?」


「えぇ、確か宝石商を営む伯爵家の御子息ですわ。 彼のお兄様が非常に優秀な方ですから気弱で存在感が薄い印象ですけど、どうかされましたか?」


「調査で彼の名前も上がったんだ。 話を聞こうと思ったんだが数日前から消息不明らしい。 何か思い当たることはないか?」

 

「いえ、私は何も……」


「そうか」



 チェスやロゼが戻った事で色々暴かれていく今回の事件。

 まだ物的証拠はないみたいだし、不安は拭えない。

 早く……解決しないかしら。


 案内されたのは防護用の魔法陣が描かれた羊皮紙が貼っている部屋。

 使用人が扉を叩くと、中から(しゃが)れた声が返ってくる。

 そして開いた扉の向こうに車椅子に乗った叔父がいた。



「ベルトラン叔父様!」


「レティーナ! 来てくれたのか!」



 私は駆け寄り、肘置きにあった叔父様の手を取った。

 眦を下げた叔父様の頬は痩せていたけど、その眼差しは変わらず温かい。

 


「またこうして会えて嬉しいですわ、叔父様」


「心配掛けてすまなかった。 公爵様もわざわざ訪ねて来て頂きありがとうございます」


「お元気そうで何よりです。 あれからお変わりなく?」


「はい。 また新たな護衛を増やして頂いたので大変心強いです。 本当にありがとうございます」



 そう言って叔父様は隣にいたミレー夫人と共に深々と頭を下げた。



「さすがキアノス様! 叔父様の為に……」



 すぐにキアノス様を讃えようと顔を覗き込むと、キアノス様の表情が珍しく固かった。

 


「大変恐縮です」



 そして貼り付けたような笑顔でそう言った。


 ……一体どうしたのかしら。

 まさか知らなかったとか?

 ううん、キアノス様に限ってそんな事あり得ないわ。

 とりあえず私は持ってきた花束を渡し、勧められたソファへとうつった。



「それでベルトラン殿、魔道具の設計図の事ですが……」


「残念ですが一番新しい設計図だけが無くなっていました。 他を荒らされた形跡はないのでおそらく身内の犯行でしょう。 ……考えたくないですが、きっとあの子(ジェズアルド)です」



 叔父様は憔悴しきった様子で項垂れた。

 そうよね、私と同様に愛情を注いでいたお兄様が、まさか自分の命を脅かし研究を横取りしようとしているんだもの。

 

 私だってお兄様を告発すると言ったものの、その後ハーメルス家はどうなるか、考えただけでも震えてしまう。

 

 だからといって迷っていては駄目よ。

 王族の人間としてとしてちゃんと責任を取らなきゃ。

 

 すると重苦しい空気を裂くようにミレー夫人がパン!と両手で叩いてにこやかに笑った。



「さぁさぁ、折角来ていただいたんだし、お茶でも飲んでいって下さいな」


「そうだった! レティーナもきっと驚くから楽しみにしておくれ」



 私が驚く? どういう意味から。

 小首を傾げていると、ミレー夫人が扉付近で待機していた使用人に声を掛けた。

 そして使用人が扉を開けると俯きがちなメイドがワゴンを押して『失礼致します』と入ってきた。


 赤い髪をヘアキャップに収めた丸メガネの女の子。

 黒ワンピースだけど、小柄だからか他のメイド達と比べて少し幼い気もした。

 するとそのメイドは、客人である私達の顔を見てピシリと固まり顔を引き攣らせた。

 何よ、失礼な子ね。


 

「――ロゼ?」



 前触れなく発せられた名前に、ギュン!と高速でキアノス様を見た。

 まるで夢でも見てるのかと言いたげな、呆然と見つめるその先にいたのは丸眼鏡の赤髪メイド。

 そしてそのメイドは視線を彷徨かせた後、ぎこちなく微笑んだ。


 正体に気づくまで、多分十秒はかかったわ。






 

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