実は有能スキルだったりする
屋敷に戻って約一時間後、アルフレッド様を乗せた馬車が到着した。
果たしてどんな形相で来るのか。
心拍数が徐々に上がる中、馬車を下りたアルフレッド様と目が合う。
魔物の様な形相かと思いきや、半眼で私の頭の天辺からつま先まで視線を動かしていく。
「おい、ロゼ・アルバート。 それは一体何の真似だ?」
「ア、アルフレッド様をおもてなしする為、メイドになりました」
そう言って私は恭しく頭を下げた。
黒のウールドレスに真っ白なエプロン、長い髪は一つにまとめてキャップに収めるというスタイルで。
加えてブーツを履けば機動性重視のヴランディ家に仕えるメイドに成り変わる。
閣下のわがままではあるものの、アルフレッド様を呼び出す事の発端は私だ。
お詫びも兼ねて、私からもてなしたいと申し出た。
ただ久々に長身のアルフレッド様に見下され、やや顔が引き攣ってしまう。
そんな私を見てか、アルフレッド様は呆れた様に溜息をついた。
「……いや、それよりも先に何か言うことがあるだろう」
「あ……」
アルフレッド様は眉間に深い皺を寄せたままズイッと私に押し迫る。
「……勝手なことをして、申し訳ありませんでした……」
「感情で動くなと以前も言った筈だ。 次やったらクビだからな」
「はい……」
「よし。 ……で、剣を振るうのが趣味の君に給仕が務まるのか?」
「お任せ下さい! セロでも雇ってもらえるように、基礎はしっかり母に叩き込まれてます。 どうぞこちらへ」
私は訝しげな顔のアルフレッド様の背中を押して、茶会の開催場所である屋敷の庭へと案内した。
◇
日の位置が高いので、今回は旬の花が咲き誇る庭園から少し離れた木陰へとテーブルを移しておいた。
そこへアルフレッド様と心配をかけたユーリ様にも着席して頂き、用意しておいたティーポットを手に取る。
アルフレッド様は腕を組んだまま、ジッと私の手元に視線を集中させる。
正直色々考えた。
アルフレッド様も侯爵家の人間。
自分の飲み物をセロが用意する事に抵抗があるのでは、と。
でも普段と変わらない様子を見ると、それも杞憂に終わりそうだ。
「お待たせ致しました」
茶葉を蒸らし終え、飲み頃になった香茶を二人のカップに注ぎ淹れる。
眦を下げて飲むユーリ様の隣で、アルフレッド様は眉間に皺を寄せたままカップを傾け口に運んだ。
すると青緑の瞳をこれでもかと大きくさせた。
「……何だこれは。 こんな美味いの飲んだことないぞ」
「ロゼさんの腕もありますが、これが魔力のない、本来の味だそうです。 私もたまに頂くんですよ」
「セロにしか出せない味という事か。 キアノスの過保護っぷりには呆れたが、おかげで知見が広がった。 今回の事は大目に見よう」
フッと小さく笑みを零したアルフレッド様を見て、私は胸を撫で下ろす。
以前閣下達が私の料理を食べた時と同じ反応に、私もバレない様小さく笑った。
アルフレッド様の言葉にはいつも表裏がない。
だから褒めて貰えて素直に嬉しかった。
「アルフレッド様、このままオールナードの件を報告しても構いませんか?」
「あぁ、聞こう」
そうして本来の目的であるオールナードでの状況や、捕まった経緯を一通り報告をした。
その間アルフレッド様は目を伏せジッと耳を傾けていた。
「ベルトラン伯爵の殺害容疑、魔道具の盗作、オールナードでの魔晶石発掘……。 ジェズアルドの目的はほぼ間違いなくベルトラン殿が開発した魔道具だな。 一先ずオールナードの事は置いといて、早急にジェズアルドの策謀を暴かなきゃならんな」
「チェスの証言だけでは駄目なんですか?」
「上位貴族相手だから難しい。 それにベルトラン殿に直接手を下したのは従者の方だ。 現状ではジェズアルドに訴状は出せない」
「そんな……」
「とにかく物的証拠が必要だ。 ジェズアルドはベルトラン殿が独自で開発した魔道具の価値に気付いている。 それが悪用されると非常に厄介だ」
「ならどうすれば?」
「ベルトラン殿が邸宅に戻った所でジェズアルドは必ず接触を図る。 護衛騎士を付けるから命の危険はないと思うが、逆に言えば警戒してジェズアルドは動かないだろう。 だから別の手を考えた」
ほうほう、と頷くと、アルフレッド様が真面目な顔して私にピッと指さした。
「ロゼ・アルバート、君がベルトラン伯爵邸の侍女という形で護衛騎士になるんだ」
まさかの提案に私もユーリ様も目を瞬かせた。
でもそんなのお構い無しに、アルフレッド様は『おかわりを貰えるか?』と私に催促をした。
「確かにジェズアルド様の警戒心を解くには女性が一番でしょうけど、それを閣下が許可するとは思えませんが」
案の定ユーリ様は難色を示し、隣で私もウンウンと首を縦に振る。
つい昨日やらかした所だし、外出禁止令が出る可能性もある。
でもアルフレッド様は気にも止めずに話を続ける。
「勿論潜入捜査は禁止だ。 だが襲撃事件からもう四日経つ。 これ以上はベルトラン殿からも不満が出かねない。 切り込むなら今、そしてその役目は彼女が一番適任だ。 それに」
「それに?」
「君の耳についてるものはただの飾りじゃないだろう?」
「……ピアスの事ですか?」
「あぁ。 大方そこにキアノスの魔力が入ってるんだろう。 それを上手く使えば多少のピンチは切り抜けられる筈だ」
「でも私、使い方を知りません」
するとアルフレッド様は額にものすごく深い皺を刻み、『只の独占欲の塊か……』とぼやいて項垂れた。
「あの……、もしかしてコレさえあれば、セロでも魔法が使える様になるんですか?」
「と、いう前提で話を進めたんだが、使った事がないなら仕方ない。 今からでもやってみるか」
「えっ」
「持て成しの御礼に、俺が特別に教えてやろう」
するとアルフレッド様は不敵な笑みを浮かべて椅子から立ち上がった。
そして思わず後退った私の肩を掴み、さっきまで自分が座っていた席へと強引に着席さへせた。




