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見据える未来

 目を開けると、見慣れた星座の天井画が目に入った。 

 よかった、今度こそ自分の部屋のベッドの上だ。


 ゆっくり身を起こすけど、やっぱり重怠い。

 それもこれも閣下の所為だ。

 早朝からあんなに弄ばれたら、心臓が幾つあっても足りないじゃない。

 

 出来るならこのままゆっくりしたい。

 でもオールナードの件はアルフレッド様に報告する義務がある。

 仕方ない。

 私はベッドから這い出て洗濯済みの制服に袖を通した。

 そして鏡の前でピンと襟を正し、緩んだ頬を両手で叩いて目元を引き締める。



「よし」



 私は髪をギュッと一つに結い上げると、朝食をとりに部屋を出た。


 早朝の事は事故だったと思おう。

 そう自分に言い聞かせ、屋敷内を歩いていた時だ。



「ロゼ様、まだここに居られましたか!」



 すると背後から、長身で白銀の髭がとても素敵な執事長ゾルタンさんがやってきた。


 本来ならセロで居候中の私に敬称をつける必要なんてない。

 だけど閣下から私の事情を聞いた使用人の皆さんは、偏見もなく令嬢として接してくれている。

 他では有り得ない程に柔軟な人達だ。

 


「『まだここに』って何の話ですか?」


「先程キアノス様とユーリ様が鍛錬場へ向かわれたのですが、てっきりロゼ様もご一緒かと……」



 そう言ってゾルタンさんは鼻下の髭を撫でながら小首を傾げた。


 こんな時に鍛錬場?

 閣下の話しぶりだと、ベルトラン伯爵を襲った犯人はチェスだと断定したんだろう。

 なら後は本人に証言させて、ジェズアルド様を捕まえに行けば解決するような気もするけど。

 

 それともまだ決行できない理由があるのかな。



「ロゼ様はキアノス様の剣技にご興味ありませんか?」


「大いにあります!!」


 

 即答だ。

 そんなのあるに決まってるじゃないですか!

 するとゾルタンさんも同意するようにウンウンと大きく頷いた。



「キアノス様もここ数日は書類仕事に追われていたようですし、きっと身体を動かしに行かれたのですよ。 こういう時のキアノス様はそれはそれは楽しそうで……」


 

 にこやかなゾルタンさんを見て、俄然期待値が高まる。

 どんな感じなんだろう。

 ここで悶々としてる場合じゃない!



「今すぐ向かいます!」

   

「はい、お気をつけて」


 

 ゾルタンさんに頭を下げ、私は直ぐ様踵を返す。


 父の太刀筋にも似た、洗練された剣術。

 それが見れるなんていつぶりだろう。

 朝食を食べる事も、揶揄われた事も忘れる位に胸を躍らせ、私は鍛錬場へと急いだ。



 ◇



 屋敷から少し離れた小さな森を抜けた所に、広大な敷地が広がる。

 そこが閣下でも存分に剣が振るえる、ヴランディ家の鍛錬場だ。

 屋敷からは結構な距離なので、ここまで走るとさすがに息苦しい。

 でもゾルタンさんの言う通り、ユーリ様と二人の近衛騎士がいるのが見えた。

 


「おや、ロゼさん」



 ユーリ様が私に気付いて小さく手を振った。

 でもその向こうで、閣下が何故かチェスと剣を構えてジッと向かい合ってる。



「今から何が始まるんですか?」


「御覧の通り、打ち合いですよ。 ですが閣下に気圧されて、チェスがなかなか動かないんです」



 私は息を整えながら、再び二人に目を向ける。


 確かに両手で真剣を握るチェスの表情はとても険しく、既に打ち合いを終えた後の様に息が上がってる。

 まぁ騎士団一、いや国随一の剣士と打ち合いをするなんて言われたら、誰だって慄くよね。

 それでもチェスの、閣下を見据える赤い瞳は鋭く、踏み込む機会をジッと伺ってる。

 

 その点閣下はというと、利き腕じゃない左手で剣を構えて涼しい顔をしてる。

 だけど何処にも隙がない。

 圧倒的な実力差と重圧。

 これはチェスじゃなくても足が竦みそうだ。


 すると閣下が口の端を上げ、少しだけ剣の構えを変えた。

 『打ってこい』と誘うような、隙のある構えだ。



「――っ!」



 促されたからには動かない訳にはいかない。

 チェスは鋭い気迫で閣下に肉薄する。


 ガキィンッ!!


 金属同士が火花を散らし衝突する。

 稲光の様なチェスの一撃を、閣下は一歩も動くことなくその身体ごと弾き飛ばした。

 吹き飛ばされたチェスは、靴底で地面を削りながら何とか踏ん張った。


 その直後、閣下は一歩踏み込み横一閃に剣を振るった。

 その剣先はチェスには届かない。

 だけど斬撃は空を裂く衝撃波となってチェスを襲った。


 受け止めきれず終わるのかと私は息を呑んだ。

 でもチェスは直ぐ様身を屈め、地面を抉るように間合いを詰めた。

 長身なのにとても靭やかで素早い。

 幾度と戦闘を経験して得た回避能力だろう。


 チェスはそのまま身体ごとぶつける様な勢いで切り込んだ。

 でも閣下は揺らぐことなく、寧ろ遊戯を楽しむような笑みを浮かべた。

 飢えた肉食獣が草食動物を見つけた時の様な、ゾッと背筋が冷える感じ。

 チェスも同じく顔を強張らせた。

 でもその動揺を振り払う様に、猛攻を繰り出した。


 『王の剣』と称される閣下の剣術にほとんど無駄な動きはない。

 苛烈な攻めをやんわりと受け流し、相手の体力を奪っていく。

 そして時に、斬撃を飲み込むような一撃を放つのだ。

 その美しい軌道に私は終始釘付けになっていた。


 チェスが羨ましい!

 私もあの見事な剣技を間近で受けてみたい!

 剣を振るいたくて身体がウズウズしてきた。 



「どうしました?」


「私もあの中に混ざりたいです!」


「あの狂気の中にですか? 物好きですね」



 嬉々として答える私を見て、ユーリ様は眉を下げた。



「それにしても、何故打ち合いをするんですか?」


「閣下のいつもの癖ですよ」


「癖?」


「えぇ。 (チェス)の実力がどんなものか、自らの目で確かめておきたいそうです」



 再びガチィンッ!と鋭い金属音が響く。

 視線を閣下達に戻すと、チェスは弾かれた様に勢いよく地面へと倒れ込んだ。

 握っていた剣も宙を舞い、遠く離れた場所へと落ちた。



「終わりましたね」


 

 そう言ってユーリ様が二人の方へ歩み寄り、私もその後に続いた。



「何だ、ロゼも来ていたのか」



 名前を呼ばれ、私は瞬時に背を正した。

 もう朝方の様な柔らかな雰囲気はない。

 隙のない涼やかな笑みを浮かべる騎士団長の顔つきに思わず緊張してしまう。

 

 待機していた近衛騎士達は拘束用の革ベルトを取り出し、苦渋の表情を浮かべるチェスを後ろ手で拘束した。


 

「なかなか楽しませてもらった。 もしお前が望むなら、生きる選択肢も考えてやろう」



 剣を鞘に収めた閣下の台詞に私は目を見張った。



「閣下……? それはどういう……」 

  

「このまま何もせず牢屋で刑罰を待つか、罪人と罵られてもしぶとく生きるか、好きな道を選べと言っている」



 殺害には至らなくても、あの場で犯行に及んだ罪は相当重い筈。

 なのにそれを覆すという事は、重大な規約違反になるのでは?

 チェスも動揺してるのか、空いた口が塞がらない。



「今夜中に決断しろ。 それ以上は待たない」



 そう言い残して閣下は踵を返し、屋敷に向かって歩を進めた。



「待ってくれ!!」



 その背中を追うようにチェスが声を張り上げた。

 すると閣下は足を止め、目線だけこちらに向けた。



「……俺は殆ど魔力もないシュクル族だ。 庇っても何のメリットもないだろう!」


「庇うつもりはない。 ただ俺は実力主義なんでね。 魔力の有無ではなく、生かす価値があるか無いかで判断する」



 閣下の言葉にチェスは信じられないとばかりに目を大きくする。

 その様子を見て閣下は口の端を上げた。

 

 

「勿論ベルトラン伯爵の采配が最優先だ。 だがお前が本気で『生きたい』というなら俺についてこい。 この国の行先を見据えてな」


「この国の、行先……?」


魔力無し(セロ)が日の下で生きる世界だ」



 前にも似た事を話してた、耳を疑いたくなる様な台詞。

 でもここでは誰一人、それを否定しない。

 澄んだ空気の中、閣下は今度は私の方に向き直る。



「ロゼ、必ず君を連れて行く」


 

 精悍な顔つきに、強い意思を宿した紺青の瞳。

 一寸の迷いもない熱い眼差しに魅入られ、大きく胸が高鳴った。

 それに気づいてか、閣下はフッと笑みを零して再び歩き始める。



「ユーリ、ロゼを頼む」


「承知しました」



 すれ違いざまにそう告げて、閣下は拘束したチェスと近衛騎士達を引き連れ、鍛錬場を後にした。

 その背中を見送った後、ユーリ様に促され私達も屋敷に向かい歩き出した。



「あの方はとんでもない事を言うでしょう」


「は、はい……」



 信じられなくて、何度も頭の中で反芻してしまう。

 それだけ私にとっては衝撃的だった。

 

 すると隣でユーリ様がフフッと柔らかく笑った。



「あれがルカス殿との約束なんだそうです」


「父との約束……?」


「少し、昔話をしましょうか」



 首を傾げる私に、ユーリ様は朗らかに言った。




 

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