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使命感と劣等感

「貴方がベルトラン伯爵を襲った犯人、そしてそれを指示したのはジェズアルド様、で間違いないわね?」



 ロープで拘束されて座り込むチェスは、私の問いに小さく頷いた。

 その赤い瞳からは生気が感じられない。

 自暴自棄になっているのだろうか。

 とにかくさっき迄とは別人の様に大人しかった。



「そんな顔しても許さないわよ。 それに貴女も」



 背後で様子を見ていたレティーナ様が、突然私の腕をぐいと引いて袖を捲った。

 見ると両手首に太い腕輪の様な赤い筋が出来てる。

 レティーナ様は大きく溜息をついた。



「やっぱり……。 手枷ついたままで暴れるから跡になってるじゃない」


「これは想定内です」


「これが想定内なの?! 端から暴れる気でいたの?!」


「はい。 実は一度は隠れたんですけど、やっぱり情報を引き出そうと思ってわざと捕まりました」



 するとレティーナ様が額に手を当てて又もや大きく溜息をついた。



「もう……それ、キアノス様の前で言うんじゃないわよ」


「何故です?」


「何故って、怒るに決まってるからじゃない!」


「ですが尻尾を掴むチャンスだったんです!」


「だからって勝手に潜入捜査をするなんて危険行為よ!」



 目くじらを立てるレティーナ様を見て思わず言葉を飲み込んだ。

 目尻もほんのり赤くなってて流石に心が痛む。

 


「……申し訳ありません。 まさか、助けに来てくれるとは思わなくて……」



 叔父の所にいた頃は助けてくれる人なんていなかった。

 だから一人で解決していくしかなかった。

 それが当たり前だったから、心配してくれる人の存在に気付けなかった。

 


「……貴女、家族はいないの?」


「もういません」


「……そう。 だったら尚の事、側に居る人を大切にしなさい。 例えば……キアノス様、とか……」


「閣下、ですか」


「そうよ。 すごく……心配してたわ」


 

 レティーナ様は、キュッと眉を寄せ絞り出す様な声で呟いた。


 本当に閣下が?

 私を犯人だと疑う様な人がそんな事思うのか。

 レティーナ様の思い過ごしじゃないのかな。

 でもその表情が余りにも切なげだったので、私は黙って頷く事にした。


 

「とにかく馬車を出すから、お兄様が帰って来ない内にキアノス様のお屋敷まで行きなさい」


「行きなさいって、レティーナ様も閣下の所に行かないんですか?」


「行かないわよ。 私まで居なくなったら怪しまれるじゃない」


「ですが、レティーナ様一人では危険過ぎます!」


「父が不在の今、この家を守れるのは私しかいないのよ」



 そして美しい夕焼け色の瞳で私をジッと見つめる。

  

 

「今度はちゃんと信じるから、必ず助けに来て頂戴」


「……はい! 必ずやお迎えに上がります!」



 私は背筋を伸ばし、レティーナ様に敬礼をする。

 するとレティーナ様はフフッと強かな笑みを見せた。

 高貴な花の様に、淑やかで美しい。


 その期待に応えたい。


 私は急いでチェスを連れ、裏口からレティーナ様の手引で用意された馬車に乗り込んだ。

 



 

「ねぇ、何でジェズアルド様の犯行に加担したの?」



 真相を確かめる為ヴランディ家に向かう道中、私は前に座るチェスに質問を投げかけた。

 

 今、彼の両腕にはロープの代わりに魔道具の腕輪が嵌めてある。

 万が一の時でも居場所が特定出来る代物だ。

 でも彼は全く逃げる素振りを見せない。

 

 

「……妹を養う為だ。 他に方法が無かった」


 

 重々しく呟く姿は『言われなくても分かってる』と言いたげで、私もそれ以上は聞かない事にした。

 例え血で汚れたお金でも必要だったんだろう。


 とても他人事には思えない。

 セロや魔力が弱い者が生きて行くには、この世界はまだまだ厳し過ぎる。

 




 僅かな振動に揺られつつヴランディ家に着いた頃には、すっかり日も暮れ星が見え始めていた。

 玄関のノッカーを鳴らすと、出迎えた使用人が私の顔を見るなり中へと引っ込んでしまった。

 どうしたのかと思ったら、代わりにユーリ様が飛び出してきた。



「ロゼさん! 無事だったのですね!」


「た、ただいま戻りましたっ」


「『戻りました』ではないでしょう! どれだけ心配したと思ってるんですか!」



 いつも穏やかに笑うのに、目を三角にしてかなりお怒りのようだ。

 閣下に負けない気迫を見せるユーリ様に、私は必死に頭を下げた。



「申し訳ありません!!」


「全く……。 金輪際、無断外泊は許しませんから!」


「はい……」



 何だか母親に叱られてる気分だ。

 小さい頃、一人で森に行って帰りが遅くなった時の事を思い出した。


 しゅんと項垂れていると、ユーリ様はすぐ側で小さく溜息をついた。

 


「騎士である前に貴女は子爵令嬢なんですよ。 貴女に何かあれば、ルカス殿にも顔向けできません」


「父に……?」


「えぇ。 でもその話はまたの機会に。 で、後ろにいる彼が、我々が探していた犯人ですか?」



 ナイフの様に鋭いユーリ様の眼光が、今度はチェスへと向けられた。

 すると、これまで表情を崩さなかったチェスの顔がピキッと引き攣った。

 まるで首筋に刃物を当てられたような殺気の中、私はブンブンと首を縦に振った。



「でしたら彼は私が一旦預かりましょう。 ロゼさんはそのまままっすぐ浴室に向かってください」


「……はい、よろしくお願いします」



 するとユーリ様は苦笑いを浮かべ、チェスを引き連れて行ってしまった。

 どうやら私の出番はここまでみたいだ。

 言われた通り、そのまま浴室へ向かおう。




 ゆったりと足が伸ばせるバスタブに、たっぷりのお湯を張る。

 というのも、着替えを持ってきたメイド達が疲弊した身体をしっかり労うよう促してくるのだ。

 それがユーリ様の命令というなら仕方がない。

 レモンの様な爽やかな香りの薬草を浮かべたお湯へ、言われた通りブクブクと身体を沈めた。



(子爵令嬢か……)

 


 湯船から腕を出して見ると、両手首だけでなく、二の腕にも傷や痣が出来てる。

 犯人を捕まえるのに必死だったから仕方ない。


 でもレティーナ様の言う通り、私の事を心配する人が見たらどう思うだろう。




 ……閣下にも謝った方がいいかも知れない。

 



 そう思ったら居ても立っても居られなくなり、私は急いで湯船から上がった。


 私の事なんか何とも思ってないかもしれない。

 それでも勝手な行動をした事には違いない。

 

 置いてあったナイトドレスに袖を通し、髪もそこそこ整えて。

 先手必勝で謝ろうと、私は勇んで浴室の扉を開けた。



「久しぶりだな」


「?!」



 冷ややかな紺青の瞳と目が合い、心臓が飛び出るかと思った。

 浴室の前には既に、眉間に皺を寄せた閣下が腕を組んで立っていたのだ。


 本能的にジリっと後ずさると、閣下は逃さないとばかりに私を抱き上げた。



「さぁ、ゆっくり話を聞かせてもらおうか」

 


 声は穏やかだけど、目が全然笑ってない。

 これっぽっちも笑ってない。

 身体が徐々に石化していくみたいだ。



 どうやら手遅れだったらしい。

 

 

 


 

 

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