表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/62

想定外の救出劇

 お兄様を乗せた馬車が屋敷から発ったのを眺めながら、私は大きな溜息をついた。


 後ろ髪を引かれるように、ご自身の屋敷へと戻ったキアノス様を思い出す。

 あの苦しげな表情は、部下一人に向ける様なものじゃなかった。


 ――キアノス様は彼女に特別な感情を抱いてる。

 

 納得がいかない。

 あっさりと捕まるようなセロがそんなに大事なのかしら。

 魔法も使えない。

 地位も名誉も無い彼女の何処が良いっていうの。

 

 こうなったらさっさとロゼ・アルバートを見つけて謝罪させよう。

 『自分が囮になる』なんて偉そうに言っといて捕まるなんて情けない。

 迷惑だから出しゃばらないでって言ってやるんだから。

 キアノス様だって、そんな情けない姿を見たらきっと目を覚ますわ。

 そうよ、私の方が役に立つって気付いて貰うのよ!


 ズンズンと向かう先はハーメルス家の地下。

 

 そこには侍女達が使う部屋がある。

 でも今は住み込みの侍女も減って空きがあった筈。

 先ずはそこに行ってみましょう。



「レティーナ様、どちらへ?」


「!!」


 

 低く、抑揚のない声に呼び止められて、バッと振り返る。

 すると赤い瞳と視線がぶつかり思わず後退った。



「チェス……」



 ……いつから居たのかしら。

 お兄様について行ったと思っていたから、屋敷に残っているとは思わなかった。


 長い前髪のせいで、今日もイマイチ表情が掴めない。

 そして相変わらず暗いオーラを背負っているから近寄り難いわ。

 


「……別に、貴方には関係ないわ」


「ですがキアノス閣下もいらっしゃらないのに、一人で行動しては危険です」


「屋敷内だし大丈夫よ。 だからついてこないで」


「……」



 私はフン、と顔を背け、刃のような赤い瞳から逃れる様に踵を返す。

 そしてこっそり持ち出しておいた鍵を握りしめ、改めて地下へと向かった。

 



 静寂の地下へと続く階段を下りる毎に、空気がひんやりしてくる。

 今の時間は皆給仕にでているから人気もない。

 


「誰かいる? いるなら返事してちょうだい!」



 私は奥まで届く様に大きな声で呼びかけた。

 すると一番奥の一室でドン!ドン!と扉を叩く音が返ってきた。


 きっとあそこだわ!

 私は急いで反応のあった部屋へと走った。

 


「きゃあっ!!」



 いきなり腕を掴まれたと思ったら、そのままギリギリっと後ろ手に回された。

 必死に首を後ろに向けると、まさかの男が私を見下ろしていた。



「チェス! 離しなさい!!」


「『一人で行動しては危険です』と忠告しましたよ」


「……っそれでもこれは不敬罪よ!」


「俺の主君はジェズアルド様です。 なのでこれは不敬罪にはなりません」



 名前を聞いて驚愕する。

 執務室でお兄様と話していたのはチェスだったんだわ。

 さっきと同様、感情を悟らせない抑揚のない声。

 そして無慈悲を象徴するような赤い瞳。

 それらが私の恐怖心を煽った。



(これじゃあロゼ・アルバートと同じじゃない!)



 もっと慎重になるべきだったのに失敗した。

 悔しくて視界がぼやけてくる。

 それでも雫が落ちないようギュッと唇を噛んだ。



「さぁ、このまま俺と来てもらいま……」



 バゴォン!!



 突然重厚な破壊音が轟き、黒い影がまるで弾丸の様に私の目の前へ飛び込んできた。

 でもそれは私のすぐ横を一瞬で駆け抜けていく。

 そしてドゴッ!と鈍い音と共に、掴まれていた腕が解放された。


 一体何が起きたの?


 浅くなった呼吸を整えつつ振り返ると、まさかの光景に目を見張る。


 抉れた壁の下で膝をついたチェスから、私を守るように立ちはだかる赤髪の少女。

   

 

「レティーナ様への冒涜は重罪だ!」



 捕まったと聞いていたロゼ・アルバートが、どういう訳か私の前に立っていた。

 手には鉄の手枷もついてるのに一体どうやって?

 

 するとチェスが口から垂れる血を手の甲で拭い、こちらを睨みつける。



「まさか蹴破って出てくるとはな……」


「こんな手枷(もの)、大したハンデじゃない」



 『覚悟しろ』と、ロゼは小さく笑った。


 何でそんなに楽しそうなのよ?!

 でもどこかキアノス様を彷彿とさせて、目が離せない。


 膝についた砂を払ったチェスの目にも、煌々と闘争心が滾った。



「レティーナ様! 早く部屋へ!!」



 ロゼが叫んだ瞬間、チェスは腰ベルトから剣ではなく短剣を取り出し、こっちを目掛けて切り込んで来る。

 

 ロゼは私を部屋に押し込み、チェスが振りかぶった刃をヒラリと躱した。

 チェスだって相当な腕利きだと聞いてる。

 なのにロゼは、武器も持たずに幾度と攻撃を躱していく。

 臆することなく、華麗に。

 


「この……!」


 チェスが焦りを見せた。

 そして部屋の入り口から覗いていた私を見つけると、一直線にこちらへ向かってきた。


 やられる!



「逃がすか!!」



 ギャリン!!と金属音をたてて、ロゼが手枷を繋ぐ鎖で短剣を受け止めた。

 

 その気迫にビリっと肌が痺れる。

 明白な体格差にも関わらず、ロゼがチェスの短剣をじわじわと押し返していく。



「フッ!!」



 ロゼがグッと鎖を左に傾けた瞬間、凌ぎ合っていたチェスは短剣を滑らせ体勢を崩す。

 そこへロゼはチェスの背中に飛び乗り、手枷の鎖をチェスの首に引っ掛けた。



「動けば命はない。 大人しく降参しろ」



 押さえ込まれ、しかも首に鎖を掛けられては呼吸すらままならない。

 チェスはようやく観念したのか、抵抗を止め短剣を手放した。


 

「下手な真似をすれば、今度は容赦しないからな」


 

 え、あれで手加減してたっていうの?

 あの華奢な身体で、魔法も使わず男を打ち負かすなんて信じられない。

 目を疑うような現実に、只々呆然とするしかなかった。


「レティーナ様! お怪我は?!」


「え、えぇ……大丈夫」


「良かった!」



 さっきまで戦っていた女の子が眉を下げて笑うから、心臓が跳ね上がった。

 


「レティーナ様、このまま彼を拘束しても構いませんか?」


「え……」


「ベルトラン伯爵を襲ったのは間違いなくこの男です」


「……!」



 ロゼの言葉であの日の騒動を思い出した。

 この現状と、お兄様の言動とがパズルの様に繋がっていく。


 私は両手をギュッと胸の前で握った。



「お願いするわ」



 するとロゼの表情がさっきよりも明るくなった。



「では何か縛るものを持ってきて頂けますか?」


「……じゃあ、すぐに縄を取ってくるわ」


「お願いします!」



 そしてチェスを追い込んだとは思えない位、あどけない笑顔を見せた。

 それを見てまた私の心臓が大きく跳ねた。


 何なのそのギャップは?!



「わ、私が来るまでチェスを逃がさないでよ!」


「承知しました!」



 私は急いで踵を返し、縛るものを探しに階段を駆け上がった。

 


 ……どうしよう、顔が熱くて心臓がバクバクしてる。


 そうよ、きっとまだ気が動転してるのよ。

 走ってるから、こんなにもドキドキしてるのよ。


 決して彼女の凄さにときめいてるからじゃない。


 彼女がピンチの時に駆け付けてくれる王子様に見えたのだって、きっと何かの間違いなんだから。

 

 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ