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レティーナの思惑

「お兄様! あの女はなんですの?!」



 私レティーナ・ハーメルスは、パーティ会場の隣りにある客間で、気怠げに詰め襟を緩めたジェズアルドお兄様にツカツカと詰め寄った。

 するとお兄様は眉間に深い皺を寄せて私を睨んだ。



「あの女とは?」


「キアノス様の隣りにいたあの女よ!」


「もしかしていばら姫のことかい?」


「……何よそれ」


「今年の武闘祭で紅一点、身の丈程の長剣で次々と男達を打ち落とした女騎士だよ。 名はロゼ・アルバート。 決勝戦前にトラブルがあったらしくて優勝は逃したと聞いたけど、あの美しい剣技はもう一度見てみたいね」



 そう言ってお兄様は顎を撫でながら、天井を仰いだ。

 さっきまで不機嫌そうだったのに、あの女の話になった途端に笑ってる。

 女騎士の一体どこが良いのよ。


 久しぶりに帰ってきたら、愛しいキアノス様の隣りに知らない女が立っていた。


 国内一厳しいと言われている寄宿学院で六年間、王族にふさわしいレディになる為に行儀作法や教養、立ち振舞などを一から叩き込まれた。

 正直逃げ出したくもなった。

 でもキアノス様との結婚を夢見て何とか卒業まで頑張ったのに。


 それなのに。


 全くもって理解出来ない。

 何故あんな普通の女がチヤホヤされるのか。

 見目は悪くないけど、魅惑的な凹凸もない。

 一体どこに閣下の気を引く所があったのよ。



「あんな野蛮な女がキアノス様の隣りにいるなんて許せないわ!」



 そうよ、キアノス様はきっと騙されてるのよ!

 武闘祭だってきっと運が良かっただけ。

 もしくは剣しか取り柄がないかよね。


 それに比べて私は、学院でも優秀な成績で卒業して戻ってきた。

 刺繍も音楽も、ダンスも教養も、何もかもトップクラスだったんだから。


 そうよ、あんな女に負けるはずがない。

 正面からやり合ったら絶対に私が勝つに決まってる。

 早くキアノス様からあの女を引き離さなくては!



「私、キアノス様に直訴してくるわ!」


「止めておけ。 あれは相当惚れ込んでるからお前に勝ち目はない」



 すると横でお兄様がまた憎たらしい口を聞く。 

 周りにはいい顔するくせに、私には相変わらず厳しい言葉を投げかける。

 それでも私は突っぱねるように声を上げた。



「そんなの本人から聞いたわけじゃないし、結婚だってしてないんだから良いじゃない! もしかしてお兄様、あの女の味方なの?」


「そうだな、彼女の方が何百倍も魅力的だな」



 またまたお兄様は瞳を伏せ顔を綻ばせた。

 私はそれをあしらう様にツン、と顔を背けた。

 


「これからお兄様の護衛騎士をお借りしますわ」


「チェスか? どうするつもりだ」


「あの女の弱みを探りに行ってもらうのよ。 一体どこにいるの?」


「ここに」


「!?」



 声がした方を振り返ると、どよんと重いオーラを背負ってチェスが入口に立っていた。

 部屋には確か私とお兄様しかいなかった筈なのに、いつの間に入ってきたのかしら。


 チェスはお兄様専属の護衛騎士。

 赤い瞳はシュクル族だという証。

 彼等の集落は山岳部にある為、主に狩猟で生計をたててるらしい。

 故に戦闘民族だと呼ばれている。

 まぁシュクル族は大概魔力が弱いみたいだし、そういう人間は己の身一つで戦うしかないものね。

 ほんと、魔力がないって損よね。


 それでも整った顔をしてるから、白で誂えた立派な護衛服を着せたのにイマイチ着こなせてない。

 しかも無口で無表情。

 でも剣の腕は、先代の護衛騎士をあっさりと抜いたと聞いた。



「チェス、その隠密みたいな性格で、キアノス様にまとわりつくあの女の素性を調べてきて頂戴」


「こらこら、俺の護衛騎士をそんなくだらない事に使うんじゃない」


「私は王族よ。 私の大切な方に害する人間を放ってはおけないわ」


「それなら……」


「!」


 

 チェスから直ぐに返事が返ってきたから、心臓が止まるかと思ったわ。

 低く、抑揚のない声が気味悪い。



「……言ってみなさい」


「さっき……薬草園にいた」


「なによその情報、意味がわかんない! 役立たず!」



 私はドン!とチェスを押しのけ部屋の扉に向かった。

 こうなったら自分で探りに行くしかない。

 そしてドアノブに手をかけようとした時だ。

 先に扉が開いて、前のめりによろけてしまった。



「もう、ちゃんとノックをして頂戴!」


「申し訳ありません、レティーナお嬢様!」



 開いた先には、長年ハーメルス家に仕える執事のドートンが青い顔をして立っていた。

 いつもはもっと落ち着いてるのに、どうしたのかしら。



「ねぇ、そんなに慌ててどうしたのよ」



 私は腕を組みながら、ドートンを見据える。

 するとドートンも落ち着きを取り戻そうと、ポケットから取り出したハンカチで汗を拭いながら口を開いた。




「たった今……ベルトラン様が、怪我をしたとの連絡が入りました……」


「何ですって?!」



 今夜は王族しかいないはず。

 しかもキアノス様が率いる騎士団が警備にあたってるというのに、一体何があったの?


 私は奥歯をギリッと噛み締めた。


 全く、折角の私のパーティが台無しじゃない!

 とはいえ、いつも可愛がってくれる叔父様だもの、早く様子を見に行きたい。



「ドートン、早く叔父様のところに案内して頂戴!」


「ですが、今はまだ治療の最中でしょうから……」


「私の言うことが聞けないの? さっさと案内しなさい!」



 すると渋面のお兄様が、私をドートンからグイと引き剥がした。


 

「レティーナ、我々が行った所で出来る事は無い。 ここは大人しく待っていよう」


「嫌よ! お兄様の薄情者!」



 私はパシン!とお兄様の手を払い除けると、ドートンを従え叔父様がいる医務室へと向かった。





「ベルトラン叔父様!」



 医務室の扉を勢いよく開けて入ると、叔父様が眠るベッドの側でキアノス様が待機していた。


 さすがキアノス様!

 お兄様とは違って、何てお優しいのかしら!



「あぁ、キアノス様……」



 私は目尻を濡らしてキアノス様に寄りかかった。

 するとキアノス様は、その大きな手で私の背にそっと優しく触れた。



「叔父様は大丈夫ですの……?」


「あぁ。 命に別状はない」


「本当ですか? 私、心配で心配で……!」



 そういって私は瞳を潤ませキアノス様を見上げた。

 あぁ、間近で見るとキアノス様から出る光の圧に押されて、心臓が爆発してしまいそう。 

 駄目よ、そんな事になったら二度とキアノス様に会えなくなっちゃう。

 ううん、キアノス様の事だからきっと私を優しく抱きとめてくれる筈。


 そっとそのたくましい胸に寄りかかろうと手を伸ばした途端、さっと身体が離れてしまった。



「レティーナ、最近何か思い当たる事はないか?」


「もしかして、私を疑ってますの?」


「そうじゃない。 ただ王城内で起こっている以上は、あらゆる可能性も視野にいれておく必要がある」



 ダークブルーの瞳に私を映し、静かに語りかけるキアノス様。

 身内を疑わなきゃいけない現状に、心を痛めているに違いない。 

 何とかして彼を助けたい。


 私はふと、チェスの台詞を思い出した。



「……キアノス様、叔父様は一体どこで倒れていたがご存知です?」


「薬草園と聞いたが、それがどうした?」


「なら、犯人はロゼ・アルバートだと思います」


「?!」



 途端にキアノス様の顔つきが変わった。



「レティーナ、君は私の部下を疑うのか?」


 

 身体の芯から冷えてしまいそうな表情に、思考が一瞬停止してしまった。

 でもここで引き下がったら、あの女を野放しにしてしまう。

 私はグッと腹筋に力を入れ、負けずと目を釣り上げた。



「ですが、先程ハーメルス家の使用人が証言しておりました。 薬草園で彼女を見たと」


「……それは本当か?」 


「はい」



 私は王族らしく、キリッと背を正しキアノス様の瞳をジッと見つめた。

 お願い、早く気づいて。

 あの女を手放して。


 すると何かを諦めたかの様に、キアノス様が溜息をついた。



「まさか、君に私の部下を犯人扱いされる日が来るとは思わなかったよ。 残念だ」


「キアノス様が仰ったのですよ! あらゆる可能性も視野に入れておくべきだと!」



 キアノス様はスッと私に一瞥をくれた。

 でも、もう一押しよ。

 私はふと視線を床に落とし、両手をギュッと握りしめた。



「私だってこんな事言いたくありません。 ですが目撃者がいるんです。 彼女を放っておいて、もっと悪い事が起こったらどうするのです?」


「……」


「私……こんな状況では安心して眠れませんわ。 彼女を放っておくというなら、キアノス様が私の護衛になって下さいませんか?」



 とうとう言ったわ!

 ずっとずっと憧れてた、キアノス様が私の護衛騎士になることを!

 叔父様には申し訳ないけど、ここは絶好のチャンス。

 フフッとキアノス様の方に視線をやると、怒るでも笑うでもない表情に、ゾッと背筋が凍った。


 もしかして、怒ってらっしゃる?

 私がキアノス様の部下を疑った事?

 それとも私が護衛を頼んだこと?

 何処で彼の逆鱗に触れたのか分からなかった。



「わかった」


「え?」


「今回の件が落ち着くまで、私が君の護衛騎士として側にいよう」


「本当ですか?!」


「あぁ。 ただ仕事もあるから、私の手が空いてない時は他の者に頼むが構わないか?」


「勿論ですわ!」



 やったわ!

 とうとう夢が叶ったわ!


 でも手放しで喜んでは駄目よ。

 上品に、淑やかにいかなきゃ。

 私は頬と唇にギュッと力を入れて、憂いを含めて微笑んだ。

 そう、安堵の笑みよ。



「では私はこれで」


「待ってください!」



 私は踵を返したキアノス様の腕を掴んで引き留めた。



「まだ何か?」


「あの……、今晩は、一緒にいて下さいますよね?」


「勿論だ」



  パァッと世界が輝いた。

 もしかしたら、これは……!



「もし私の部下が犯人だった時に、即討つ事が出来るからな」


 

 そう言って、キアノス様は腰に下げた剣の柄に手を置いた。

 凍り付くような青い瞳。

 心臓を射貫かれてしまいそうな冷酷な笑み。


 それがふと私に近づき、息を呑んだ。



「だが部下(ロゼ)が犯人でなかった時はどうなるか。 よく考えておいてくれ、レティーナ」



 そう、彼はシヴェルナ王国を守護する剣、キアノス・ヴランディ。

 又の名を『冷血の貴公子』。


 その手は血で染まり、民に仇なす者は容赦なく切り捨てる。


 そんなのただの噂だと思っていた。

 でも初めて見た表情に、私は愕然とした。



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