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それぞれの思惑

 助かった、とホッとしたのものの、閣下は一瞥をくれただけですぐにジェズアルド様の方に身体を向けた。


 

「ご無沙汰だな、ジェズアルド・ハーメルス。 この度はレティーナ嬢の卒業にお祝いを」


 

 笑顔で祝辞を述べつつも、氷の様に冷たい視線を向ける冷血の貴公子を見て、周囲は一瞬にして押し黙ってしまった。

 でもジェズアルド様は咄嗟に爽やかな笑みを貼り付け、胸に手を当て頭を下げた。



「これはこれはキアノス閣下。 この度はご多忙の中、妹を祝いに来て下さりありがとうございます」


「で、これは一体どういう集まりだ」


「え?」


「今日はレティーナ嬢が主役だ。 ここで人だかりができれば、レティーナ嬢も気が気じゃないだろう」



 閣下の言葉にジェズアルド様は一瞬顔を強張らせた。

 でも動揺を見せまいと、すぐに笑ってみせた。



「たまたまいばら姫を見かけたので、話がしたいと思ったんです。 そう言えば、いばら姫の入団は閣下のご判断で?」


「……そうだが」


「流石です! セロを騎士にするとは、やはり閣下は心が広い!」



 ジェズアルド様は、周囲にも聞かせてやろうとばかりに声を上げた。

 私は隣りに立つ閣下をそろりと見上げた。

 すると閣下は口を噤んだまま、でも背中から恐ろしいオーラが煙の様に滲み出ていた。

 

 そう、魔法が使えないセロは侮辱の対象だ。

 それが騎士団に入団、そして今回王室の催事に出入りしている。

 受け入れられない人がいて当たり前だ。


 しかもさっきの私は、他の事を考えてて任務が疎かになってた。

 それが閣下の失態にも繋がるという事に、もっと早く気付くべきだった。



「希少な団員に馴れ馴れしく話しかけてしまい、大変失礼致しました。 どうか彼女を責めないでやってください」



 ジェズアルド様は自分は良き信仰者であると言わんばかりに、腰を九十度に折って閣下に最高礼をとった。

 閣下はまだその様子を黙って見ている。



「希少な団員、か……」



 小さく呟くと、フッと口の端を上げ、絶対零度の眼差しでジェズアルド様を見下ろした。

 

 

「それ程に彼女を歓迎していると言うのなら、ぜひ陛下にも伝えておかねばならないな」


「……え?」


「彼女に騎士の素質があると判断したのは確かに私だ。 だがそれを承認したのは陛下だからな」


「!!」


「魔力がなくとも、我々にとっては大切な民だ。 いつか彼らの存在が必要になる時がくる。 それまで指を咥えて待ってろ」



 そんな日が、本当に来るんだろうか……。

 

 この場で聞いていた皆がそう思った筈だ。

 でも紺青の瞳は真っ直ぐに、前を向いている。

 あの顔は本気だ。


 ジェズアルド様は、誰を相手に話していたのか、自分の発言がどれほど軽率だったか、ようやく気付いたみたいだ。

 表情が崩れ、今にも倒れそうな土褐色になってしまった。


 チラリと向こうの王座で優雅に佇む陛下に視線を送った。

 すると陛下はこの騒動に気づいていたらしく、目が合った途端にっこりと賢者の微笑みを返してきた。


 もしかして、ジェズアルド様の様な思想を抑え込む為に、兄弟で主従関係を結んだのか。 

 仲の良い兄弟だからこそ出来る事だろう。


 

 すると、パーティを彩っていた楽団の演奏が止んだ。


 ふと鋭い視線を感じる。

 弾かれたように顔を上げると、レティーナ様含むその他複数の女性達がこっちを見てる。

 いや、睨まれてる。

 よく考えたら、閣下はさっきからずっと私の隣りにいる。

 しかも肩が振れそうなぐらいに近い。

 閣下は私を守ろうとしてくれてるんだろう。


 でもそれが、彼女達の逆鱗に触れてしまったのだ。

 特にレティーナ様からの圧は半端なく、このままだと射殺されてしまう。


 私は急いで閣下から距離を取り、背を正して敬礼した。



「閣下、手を煩わせてしまい申し訳ありません! 直ちに現場に戻ります!」


「……なら外の巡回に向かってくれ」


「はい!」



 今度こそちゃんと仕事に集中しよう。

 私は返事を返してすぐに踵を返し、この場を後にした。




 玄関の扉を開くと、ひんやりとした風に吹かれてブルっと身体が震えた。


 今回のパーティーは、王宮の敷地内にある離れで行われている。

 といっても、今回来賓されている王族が宿泊できるだけの設備が整っているという、とんでもない規模の建物だ。

 ただ今回宿泊を希望している方が少ない為、部屋の明かりはまちまち。

 だから離れの周りは真っ暗で、しんと静まり返っていた。


 建物の周囲をぐるりと囲むように広がっているのは整然とした庭園、ではなく、野性味溢れる庭だ。

 王宮で管理している薬草園が近くにあるという理由から、この付近では花はほとんど植えられておらず、奔放に草木が伸びている。

 それも今は闇にすっかり溶け込んで見えなくなっていた。


 夜中の野外警備は、王宮内とはいえ敬遠されがちだ。

 なので入口で待機していた先輩騎士は、事情を話すと喜んで代わってくれた。




 預かった外套を羽織り、ランプを持ってレンガを敷き詰めて出来た小道を歩いていく。


 コツ、コツ、と自分の足音と一緒に、時折聞こえてくる虫の音に耳を澄ましながら、私ははぁ、と白い息を吐いた。


 閣下、陛下、アルフレッド様やフェリス様。

 そして一部の騎士団員も、私を一人の人間として接してくれる。

 でもそんな人は、まだまだ希少なんだと改めて実感した。


 一体何をやってるんだか。

 自分が至らないばかりに閣下に嫌な思いをさせてしまった。


 自分の事ばかり考えて、何が『閣下の背中を守ります』だ。

 こんなの、騎士失格じゃないか。


 だからといって、華やかなドレスを纏う淑やかな女性にもなれない。


 改めて自分には剣技ぐらいしか取り柄がないんだと痛感した。





 暫く行くと、小道のレンガの色が白から褐色に変わり、薬草の香りと共にアーチ状に組まれた簡素なゲートが見えてきた。


 慣れない場所というのもあるけど、オールナードみたいに魔物が出てくる心配がないから、気づかない内に遠くまで歩いて来てしまったみたいだ。

 

 確か普段は管理者以外は原則立入禁止の場所だ。

 だから巡回のルートには入っていない。

 

 でも折角ここまで来たんだ。

 入口から覗く程度は見回りしておこう。


 中を確認しようとランプを目の高さまで持ち上げた時だ。


 向こうに見えるビニルハウスの方から、突然切羽詰まったような悲鳴が上がった。

 

 声の方へ向かうと、ビニルハウスの前で男性が血を流して倒れてる。

 急いで止血しようと駆け寄ったとした時だ。


 背後から殺気を感じて振り返る。


 すると目の前で黒いフードを纏った何者かが、自分に向かって蹴りを打ち出すのが見えた。

 咄嗟に腕で庇うも、身体が再び薬草園の入口付近まで吹き飛ばされた。


 なんて容赦ない、強烈な一撃だ。

 でもここで意識を失うわけにはいかない。

 急いで身体を起こし腰に下げていた剣を抜いた。

 

 静かにこっちを見据えているのは、闇に溶け込むような黒のローブを纏った男。

 そして血のように赤い瞳が私に『動くな』と警告している。


 だからといって、男のすぐ側で倒れている男性を放ってはおけない。



「――ッ!」



 私が剣を持ち直した瞬間、男は言葉なく剣を抜き斬り掛かってきた。

 速い!!

 急いで剣で防ぐと、男は眉間に皺を寄せた。

 逃がす訳にはいかない。



「何が目的だ!!」



 こんな質問にすんなり応えてくれるとは思ってない。

 案の定男は質問を無視して剣を振るう。


 私が今扱っているのは一般的な騎士が使う型の剣だ。

 なので長剣と違って軽く、力の調整が難しい。

 このままだと、勢い余って相手を一生黙らせてしまう事態に成りかねない。

 仕方ない。


 私は剣戟の合間を縫って、右胸に付けていたブローチに触れた。



「コレット! すぐに閣下の元へ行って!!」



 私の声に反応して、ブローチについた乳白色の宝石が発光する。

 目の前で剣を振るっていた男が小さく呻き、腕で目を覆った。

 その隙に神々しく現れたコレットを夜空に放ち、私は男の脇腹に蹴りを入れた。


 

「ぐっ……!」


「さっきのお返しだ!」

 


 男はさっき私が飛ばされた方へ向いて、いやそれを超えてアーチに身体をぶつけた。

 一先ず怪我人から男を引き離すことに成功だ。

 私は急いで腰に下げていた革袋から非常用の包帯を取り出し、止血処置をした。

 幸い心臓から遠い大腿部のみだ。

 気を失っているものの、命を落とすことはないだろう。


 気づくと私に向けられていた殺気が収まってる。


 男を吹き飛ばした方向に目をやると、歪んだアーチの元には誰の姿もなかった。





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