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甘い時間と初任務

 武闘祭から一ヶ月。

 

 あれから私は急遽兵舎を出て、ヴランディ家に身を置くことになった。 

 武闘祭後から、武術指導や手合わせといった私宛の要望が殺到したらしい。

 中には兵舎の事務室にまで押しかけてくる強者もいたらしく、私の身を案じてヴランディ家が正式に保護する形となったのだ。


 なので、現時点ではセロの私が公爵家に入り浸っていても問題はない。


 だからといって油断は禁物。

 一緒にいるということは、それだけ噂が立ちやすいのだ。

 私の行動一つで閣下の名誉を傷つける事だってあり得る。

 これまで以上に気を引き締めておかなきゃだ。





「閣下、よろしくお願い致します!」


「あぁ」


 

 私は深々と頭を下げ執務室に入ると、先にソファで寛いでいたキアノス閣下の隣りにそそくさと腰を下ろした。

 目の前のテーブルには、掌サイズの紺地の化粧箱と救急箱、そして手鏡とが置かれている。



「この中に新しい魔晶石が入ってるんですか!」


「あぁ」


「開けてみてもいいですか?」


「駄目だ」


「何故ですか」


「後のお楽しみだ」



 すると閣下は救急箱からピアッサーを取り出した。

 そう、これからピアスホールを開けるのだ。


 父からもらった魔晶石は以前の討伐で壊れてしまったので、今回ピアスという形で新調することになったのだ。

 ピアスだと奪われる確率も低いし、服の下にあるよりもより効果が大きいらしい。


 



「ほら、あっち向いてろ」


 

 大きな手で両頰を包まれ、やや強引に顔の向きを変えられる。

 そして閣下の指先が私の耳朶に触れた。

 ひんやりとした感覚に、思わず身体が強張った。


 パチン!


 ほんの一瞬だった。



「……!」


「大丈夫か? 涙目になってるぞ」


「ちょっとジンジンするだけで問題ありません……」


「なら続けるぞ」


「え」


 パチン。


「……!」


「ほら泣くな」


「…………泣いてません」


「これで冷やしておけ」



 閣下はそれ以上何も言わず、私に小さな氷嚢袋を手渡した。


 そう、目尻にちょっと涙が溜まってるだけで、まだ泣いてはない。

 ふにゃふにゃの耳朶でも穴が開くと結構痛いんだ。

 想像以上に音も大きかったし、完全に侮ってた。


 閣下は平常運転で手早く耳の消毒を行うと、化粧箱を開けて耳朶にピアスを付けた。



「これで終いだ。 後は痛みが引くまで休んでろ」



 そう言って閣下は救急箱の蓋をパタンと閉じた。


 あっさりと終わってしまい、些か拍子抜けだ。


 ジンジンと痛む耳に小さな違和感。

 手鏡を手に取り覗き込むと、両方の耳朶に色違いの石がついていた。



「綺麗ですね……」


「気に入ったか?」



 私は静かに頷いた。

 右耳には深緑の石。

 左耳には海を思わせる深青の石。


 こんなキレイな宝石を見たら、痛みも薄れてテンションが上がってくる。



「この緑の方が魔晶石ですよね?」


「以前のと同じ、魔力を吸収するタイプだ。 カッティングすると表面積が変わって、吸収力が上がるらしい」



 魔晶石は魔法を受けてしまうと体調不良を起こす(セロ)には、もはやなくてはならないものだ。

 

 見知った石なのに、細かくカッティングされてるから全く別の宝石に見える。

 顔の角度を変えるたびに、部屋の照明を受けてキラキラと輝きを放つ。

 なんだか大人の女性になった気分だ。

 

 そしてもう片方の石。

 石の部分をそっと指で撫でると、石の中で深青の波が揺らいで見える。 

 まるで石が呼吸しているみたいでとても神秘的だ。



「それは七鉱石だ」


「七鉱石?」


「魔力を溜めておける鉱石だ。 以前陛下からブローチを頂いただろう。 あれと同じものだ」


「でも、色が違いますよ?」


「七鉱石は元々無色だから、その者の魔力によって色が変わるんだ。 一応隣りの部屋に転移出来る位の魔力は入ってる」


「転移って、すごい魔力量じゃないですか!」


「まぁな」


「……突然爆発したりしませんか?」


「俺の魔力を爆弾扱いするのか」


「え、もしかして……閣下の魔力が入ってるんですか……?」



 まさかと思って聞いたら、フィッとそっぽを向かれてしまった。

 思いがけない返答に胸を擽られる。

 まさか好きな人の魔力を分けてもらえる日が来るとは思わなかった。

 


「閣下の魔力と瞳は、同じ青色なんですね。 魔力を分けて下さり、ありがとうございます」


「……重荷になるなら外してくれ」


「重荷なんかじゃありません! 閣下の魔力がお守りになるなんて夢みたいです!」



 すると閣下が瞳を瞬かせて私を見た。

 『夢みたい』なんて台詞、子どもっぽかったかな。

 私は緩みきった頬を慌てて隠した。


 でもすぐに閣下に引き剥がされた。

 顔を上げると直ぐ側に閣下の顔があって、ふわっと柔らかい感触が口元に触れる。



「随分と可愛い事を言うな」



 今、今……キスされた……。

 

 私は卒倒しそうなのを必死に堪え、閣下を睨みつけた。



「過度なスキンシップは禁止した筈です!」


「仕方ないだろう。 婚約者の喜ぶ顔が見れて嬉しくない訳が無い」


「まだ候補者です!」



 ブンブンと手を振り払い、閣下を遠ざける。

 すると閣下は意地悪い笑みを見せたまま、ソファの背もたれに身体を預けた。



「そうだ、明後日の警備の詳細は聞いているか?」


「アルフレッド様から聞きました。 今回は王宮の晩餐会でしたよね?」


「あぁ、従叔父の娘が宿舎学校を卒業して戻って来るらしい。 今回はその祝いのパーティだそうだ」


「華やかになりそうですね。 閣下は今回来賓側ですか?」


「……無下には出来ないからな」



 そう言って閣下は顔を顰める。

 初めて会った園遊会でも、制服を着て参加していたぐらいだ。

 社交の場はあまり得意じゃないらしい。

 


「まぁ今回ロゼもいるなら、然程退屈でもないか」 


「なんですか、人をトラブルメーカーみたいに」


「似たようなものだろ」 


「以前の私とは違います! いつでも採用テストに合格出来る様、毎日頑張ってるんですから!」



 フフン、と私は胸を張った。

 

 本来こうした公共の場での警備や救護は、騎士見習いの一つ上のランク『緑の騎士』が執り行う。

 でも急な要請がでた場合、騎士見習いにもそのチャンスが巡ってくるのだ。


 勿論事前にテストがあり、上位の成績をおさめた者に限られる。


 逆に言えば、成績が良ければ(セロ)でも任務を請け負うことが出来るのだ。


 爵位を取り戻したい私にとっては有り難い制度。

 活用しない手はない。



「ちゃんとお守りしますからね、閣下!」


「あぁ、よろしく頼む」


「はい!」



 私にとっては、これが初めての警備任務だ。

 緊張よりも、ワクワク感が勝っていた。  




 

 そうして迎えた当日。

 王宮内にある広々とした客間の天井には、星や月といった天体の様子が描かれている。

 重そうなシャンデリアの光を受けて、まるで本物の夜空の様な演出をしている。


 その下に幾つも並べられたテーブルには、豪華な料理やキラキラに輝くスイーツ達が所狭しと並んでいる。

 そこで優雅に談笑しているのは、殆どがこの国の主要人物ばかり。


 まずは国王ウィラード陛下、その弟であり従騎士ヴランディ家当主のキアノス公爵。

 そして今回の主催者である従叔父のオレーク殿下は、鼻下に生やした立派な髭を撫でながら、奥様と一緒に終始朗らかな笑みを浮かべている。

 愛娘が戻ってきた事が嬉しくて堪らないみたいだ。

 そしてオレーク殿下の弟、グラッセン公爵一家と御親戚など、王族と縁をもつ貴族達が招待されている。

 さすがは王族。

 規模は五十名ほどだけど、皆が気品溢れるオーラを纏っていてとても綺羅びやかだ。


 参加を渋っていた閣下はというと、今回は黒を基調とした礼装を纏い、長めの前髪も後ろに整え、涼しげな笑みを浮かべている。

 

 ウィラード陛下と並んでも、決して見劣りのしない美しさ。

 

 勿論そんな彼を誰一人放って置く訳が無い。

 まだ独り身ということもあって、閣下の周りには常に誰かがいる。

 いや、囲まれてるという方が正しいかも。

 皆がうっとりと頬を染め、次から次へと女性が話しかけてる。

 

 確かにあれじゃあ落ち着かないだろうな。



 するとザワッと会場が沸き立った。



 陶器の様な白い肌に熟れた苺の様な愛らしい唇。

 そしてキラキラと輝きを纏ったチョコレート色の髪。

 それが歩く度にフワリと宙に靡き、目を奪われる。

 

 王家の血を引く者だと一目でわかった。

 彼女がプリンセス・レティーナだ。

 


 

 


 


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