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居場所を探して

「どうだ、話はついたのか?」



 謁見を終えて部屋を出ると、扉のすぐ隣りで閣下が顰め面で立っていた。

 どうやら中に入れてもらえなかったのが不服だったらしい。

 でもそんな心配はいらないと言わんばかりに、私は明るく振る舞う。



「はい。 エメレンス様もご無事だと聞いて安心しました。 それに誤解も解けましたし」


「誤解?」


「伯父から助けてもらった時、自分はてっきり閣下に『買われた』と思ってました」


「まさか、俺が汚い金で君を救ったと思ってたのか?」


「まぁ……そうですね。 あんなやり取りを見たら誰だってそう思いますよ」


「言っておくが、あれは騎士団へ誘致する際に行う正式な手続きだ」



 いうなれば、タイミングが悪かったのだ。


 午後には見知らぬ男の所にいるとばかり思っていたから、あの契約が騎士団へ誘致するものだなんて気づく筈がない。


 そしてそれは伯父も一緒だった。


 それがそのままエメレンス様の耳にも入り、そのまま脅し文句に使われたなんて、今となっては笑い話だ。



「で、他には?」



 次に続く言葉を察して、私は二、三歩ほど閣下の前へと進み、身を反転させて深く頭を下げた。



「何もありません」


「え?」


「今回は昇格も爵位継承権の復活もありません」



 私は顔を上げ、閣下が口を開く前に報告を続ける。



「セロの事、魔晶石の事、今回の件で全てが解決した訳ではありません。 それに私は武闘祭も途中退場してますし、ここで功績を上げたとなったら周囲に怪しまれます。 やはり捜査の手を阻むわけにはいきませんのでこうした結果になりました」


「だからといって……」


「その代わりに父が使っていた剣を頂きました! 勿論魔晶石はないですが、それでも充分価値が……」



 ダン!!と空気を揺らす震音に言葉を詰まらせる。

 壁に拳を当てた閣下の瞳は、氷柱の様に鋭く冷え切っていた。

 そして直ぐ様謁見室のドアノブに手をかけたので、私は慌てて閣下を引き止めた。



「駄目です! 止めてください!」


「何故だ! あれだけ危険な目にあったのに何故笑っていられる?! 悔しくないのか!」

 

「私なら大丈夫です!!」


「大丈夫じゃないだろう!」


「諦めた訳じゃないんです! また次を狙いますから!」


 

 閣下を落ち着かせたくて必死に笑顔で取り繕うと、閣下の方が口惜しそうに私の顔を見る。

 まさかこんなにも怒るなんて思わなかった。

 陛下が閣下を同席させなかった理由が何となく分かった気がした。


 暫くして強張っていた腕から力が抜けたのを感じて、私は閣下の腕から手を離した。

 そして数十秒の沈黙の末、閣下は唸るような低い声で私を呼んだ。



「ロゼ」


「は、はいっ!」


「今日はそのまま屋敷に残るのか?」


「はい、兵舎に戻るのは明日にしようかと」


「なら、夕食後にまたあの場所に来てくれ」


「……はい」



 これは断ったら駄目なヤツだ。

 私の返事を聞くと、閣下は踵を返してあっという間に遠くへ行ってしまった。

 


 閣下は私が必死に爵位を取り戻そうとしていたのを知ってる。

 だからあんなに怒ってくれたのに、当の本人は正直ホッとしてるなんて知ったらきっと幻滅される。


 閣下の誠意を無駄にしてしまった気がして、ズキリと胸が痛んだ。




◇◇◇◇




 あの場所といったらヴランディ家のバルコニーだ。

 今夜も星の様な町の光がとても綺麗に見える。

 

 ここは色々と思い出が多い。

 閣下の背中を守れる騎士になると決意したのも、閣下への好意を自覚したのもここだった。


 今思うと夢の様な話だ。


 この世界はセロに冷たくて、ついこないだまで食べるものにも困っていたし、私の居場所なんて何処にもなかった。

 なのに今は好きな人の背中を追い、夢を見て走り続けている。

 すごく不思議な気分だ。




「待たせたか?」


「いえ、全然大丈夫です」



 扉が開く音と共に、紺ストライプ柄のベストを着た閣下がやってきた。


 私は閣下の黒騎士姿が大好きだ。

 血の色すら飲み込んでしまうような漆黒の黒がカッコいいし憧れでもある。


 でも不意打ちにリラックスした様子の白シャツ姿で出てこられると、これはこれで胸を打たれるのだ。


 そして今回、ベストを羽織った事で閣下が貴族だった事を思い出し、またもや輝いて見えてしまう。


 そう、『全部カッコいい』。

 因みに閣下は、私を見るなり小首を傾げた。



「まだ制服だったのか」


「あ、明日からまた兵舎に戻るので、気合をと思いまして……」



 というのは建前で、ドレスを着ると上手く話せなくなりそうだから、武装したのだ。



「閣下は、もう怒りは静まりましたか?」


「……正直まだ腑に落ちない。 だが君がそれでいいのなら仕方ないだろう。 だからこれを君に渡そうと思って」



 そう言って差し出されたのは手持ち紐のついた愛らしいデザインの紙袋。

 明らかに女性向けの包装だ。


 

「これ、何ですか?」


「そっちの瓶のは砂糖菓子だ。 さっき町に行って買ってきた」



 蓋を開けてみると、色とりどりの小さな星が詰まってる。

 こんな可愛いものが食べ物だなんてびっくりだ。

 まさかあの仏頂面のままでお店に入ってレジに並んだのかな。

 閣下の顔を見て怯える店員さんの姿が目に浮かぶ。


 必死に怒りを抑えて選んでくれたんだろう。

 胸の奥がじんわりと熱くなった。



「遅くなってしまったが、それは前に君が置いていってくれたお菓子のお礼だ。 あと、これを」



 閣下は私に手渡した紙袋の中からもう一つの小さな紙袋を取り出し、私の掌に乗せた。


 封を開けると、中には深緑色のバレッタが入っていた。

 表面は布製で、金、白、黄などの糸で美しい花の刺繍が施されてる。


 ヴランディ家に来た時に着せてもらった、刺繍入りのドレスを思い出してドキドキと胸が高鳴った。



「それは褒章の代わりだ。  君に似合うかと思って」


「……今、付けても良いですか?」


「あぁ」



 私は急いで髪を解き、頂いたバレッタを使って髪を一つに纏めた。

 今すぐ鏡で見れないのがすごく残念だ。



「ど、どうですか……?」 


「ドレス姿を想定していたが、制服姿にもよく似合ってる。 凛としていて美しい」


「ホント、すごく綺麗な刺繍で惚れ惚れします」


「違う、君のことだ」


「……え、私、ですか?」


「そうだ」



 そう言って閣下は私の髪を掬い、そっと唇を当てた。

 その初動が余りにも自然だったから、一瞬何があったのかと思った。

 でも理解した瞬間、ボフッと頭から湯気が出た。


 軍装じゃない閣下は本物の王子様の様で、私の心臓は痛い位に脈を打ち続ける。



「あ、ありがとうございます。 名誉や功績よりも、ずっと……ずっと嬉しいです」


「そうか、ならよかった」



 ドキドキしながらも必死に伝えたお礼に、ようやく閣下の口元が綻んだ。

 ざわついていた心の波も、ようやく穏やかになってきた。


 うん、きっと今なら話せる。

 私は一歩下がり、再び閣下に頭を下げた。


 

「閣下、申し訳ありません。 こんな時ですけど、どうか怒らずに聞いていただけますか?」


「……どうした?」



 私は俯いたままで話を続ける。


「実は私、今回功績が上げられなくて正直ホッとしたんです」


「……何故?」


「ここでの生活が居心地良過ぎて、アルバート家領地に戻るのが淋しくなったんです。 でも今はもう大丈夫です! これだけお祝いしてもらいましたので、明日からはしっかりと次回の昇格試験に向けて……っ」



 それまで静かだった閣下が、突然私を抱き上げバルコニーの手摺へと座らせた。

 ここのバルコニーは二階に設置されている。

 と言っても、一階の天井がとてつもなく高いので、視覚的には三階程の高さに見えるのだ。

 勿論周りには外壁が無い。

 さっきまで心地よかった夜風にも簡単に身体が煽られてしまう。



「ちょっと?! なにするんですか?!」


「こうでもしないと俺を見ないだろう。 大事な話ならちゃんと顔を上げろ」


「その前に早く下ろしてください!!」


「なんだ、怖いのか?」


「こんな所に乗せられたら誰だって怖いですよ!」



 今バランスを崩せば真っ逆さまに落ちてしまう。

 だから目の前に閣下に縋るしか他にない。

 私は半べそをかきながら必死に閣下へ手を伸ばした。

 


「君にも苦手なものがあるんだな」


「いいから早くっ!! 閣下ぁっ!!」


「はいはい、悪かった」



 閣下はようやく両腕を広げ、そのまま私を抱き上げた。

 悪びれた様子もなく、クスクスと意地悪く笑う。

 なんでこんな目に合わなきゃならないんだ。

 もう隙なんか見せるもんか。

 私は力を込めて、閣下の首にギュッとしがみついた。



「一人にするわけないだろう」



 すると心地よいテノールボイスが優しく鼓膜を震わせた。


 手摺から降りた筈なのに、私の足はまだ宙に浮いたまま。

 でも閣下にしっかりと抱き抱えられているので、もう怖くはない。



「……一人にしないって、どうやってです?」


「ずっと俺の側にいて、俺の生き様を見届けると言ったのは何処の誰だ?」


「……私です」


「俺を守ると言ったのは?」


「……私です」


「俺の『騎士の誓い』を受け取ってくれたのは?」


「…………私です」



 何度も過去の思い出を掘り起こされてしまい、冷えていた身体がぐんぐん熱くなってきた。

 すると閣下はクスッと笑い、私を腕の中に閉じ込めた。



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