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未来に触れて思うこと

 エメレンス様捕獲作戦から五日が経った。


 因みに私が目覚めたのは一昨日の事。

 アルフレッド様が兵を連れて来る前には既に意識はなかったらしく、またもやフェリス様を泣かせてしまった。

 


 今朝も侍女がシャッと部屋のカーテンを開け、顔に朝日を浴びた所で目を覚ます。



「ロゼ様、おはようございます」


「……おはようございます」


「今朝もまだ本調子ではなさそうですね。 果実水でもお持ちしましょうか?」


「じゃあ……お願いします」



 侍女はテーブルに置いてあった水差しから、果実水をグラスに注ぎ手渡してくれた。

 レモンの香りですぅっと心が晴れて、更に一口飲むと、頭が冴え身体も徐々に目覚めてくる。

 少し甘めなのだがまた嬉しい。



「美味しいです……」


「お気に召したようで何よりです」


「ありがとうございます」


 

 朝からこんな穏やかな会話が出来るなんて、少し前の私じゃ考えられなかった。

 あれだけ違和感を感じていたヴランディ家での生活。

 朝日が差し込む部屋も、甲斐甲斐しく世話をしに来てくれる侍女とのやり取りも、今の私を作る大切なもの。


 それだけいつも帰ってきてるのだ。

 ここは私の居場所の一つになっていた。



◇◇◇◇

  


 武闘祭からずっと動きっぱなしだったので、特別に数日休暇がもらえる事になった。

 だけどこれといって何かをする訳じゃない。

 前は身体が鈍るからと言って無理やり動いてたけど、今は何に対してもする気が起きない。

 鍛錬にも力が入らないので、今日もヴランディ家の花盛りな庭を眺めて過ごしていた。


 ピ、チチチ。


 鳥の鳴き声を聞いて顔を上げると、キラキラと銀白の羽を広げて小鳥がこちらに飛んできた。



「もしかしてコレット?」


「ピッピピ!」



 役目も終えたのでもう会う事もないと思ってたから、この再会は嬉しすぎる!


 私が腕を伸ばすと、小鳥は小さく羽をばたつかせながらちょん、と肘に止まった。

 そして小さなくちばしで私の髪を弄り始めた。

 うん、やっぱりコレットだ。



「あなたのおかげで上手くいったよ。 ありがとう」



 指で頬を撫でてやると、コレットは目を閉じてそれを受け入れる。

 その可愛さに胸がキュンと高鳴った。


 

「ロゼ!」



 名前を呼ばれて振り向くと、キアノス閣下がこちらに向かって歩いてきていた。



「閣下! どうしてここへ?」


「仕事が一段落ついたんで戻ってきたんだが、取込み中だったか?」


「いえ! ただお庭を眺めてただけですから」


「ロゼは花が好きなのか」


「好きというか、家に飾ってあったぐらいしか縁がなかったです。 両親がいた時も山やら森やらに行ってたので」


「それはそれは広い庭だな」


「はい。 なので野草には詳しいですよ」



 こうした他愛もない会話を閣下とするなんて久しぶりだ。

 こんな時間がずっと続けばきっと幸せだろうな。


 実はあれからずっと考えてたことがある。

 もしもエメレンス様の件で功績が認められたら、爵位を取り戻す機会がきっと巡ってくる。

 そうしたら私は、念願だった父の爵位を引き継ぐだろう。

 

 領地も取り戻し、管理運営その他諸々をやっていくようになる。


 でもその為には、この家を出ていかなきゃならない。


 実はそれが、心にずっと引っ掛かっていた。


 『また独りになってしまうんだ』


 待ち望んでいた事なのに、素直に喜べない自分が居た。

 


「ピピッ! ピ、ピ!」


「あ……」



 すると私の肩でコレットがひときわ大きな声で鳴いた。

 


「陛下の使いじゃないか。 一体どうしたんだ?」


「さっき飛んで来たんです。 何かあったんでしょうか」



 閣下はジィっとコレットの観察した後、ユーリ様と同じ様に何やら詠唱した。

 するとコレットがパチンと巻物に姿を変えた。

 何回見てもやっぱり魔法ってすごい。


 文書に目を通していく内に、みるみる閣下の表情が和らいできた。

 何か良い事でも書いてたんだろうか。



「どうやらエメレンスの件で君に話があるそうだ」


「え?」


「どうする? 今からでも行ってくるか?」


「……そうですね。 あまりお待たせするのも申し訳無いですし」


「俺も付き合おう」


「でもお仕事が……」


「この後は屋敷で事務仕事の予定だったから大丈夫だ。 ほら、着替えてこい」


「はいっ」



 エメレンス様の話を聞けば、爵位継承権についても色々と聞けるはず。

 この休みの間に結論を出したい。

 そう、ちゃんと考えて次に進まなきゃだ。

 


◇◇◇◇



「先日目が覚めたと聞いたから、まずはこれをお見舞いに」


 謁見の間に着いて一番に差し出されたのは、ピンクと白で作られた愛らしい花束だった。

 もしかしてドレスで来た方が良かったかな。

 余りにも可愛らしい花束だから、萌黄色の制服で受け取るのがなんだか申し訳なくなってきた。



「……花は嫌いだったかな?」


「いえ、初めてもらったので驚いただけです! こんな素敵な花束を頂けて嬉しいです!」


「あれ? キアノスから貰ったりしないのかい?」


「ありません。 そもそも頂くような間柄でもありませんので」


「そうか……。  これは後で呼び出しだなぁ」


「……?」


「愚弟のことで不服な事があるなら遠慮なく言ってくれていいからね。 他にも何か気がかりがあるなら話を聞くよ?」


「……お心遣い感謝致します」


 二人は本当に仲がいいんだな。

 それが嬉しくて笑顔でお礼を伝えたら、陛下は頷いてその美しい顔を綻ばせた。

 


「で、キアノスはちゃんと外で待ってるかい?」


「はい。 でも何故同伴が駄目なんですか?」


「圧がすごいから」


「圧……?」



 聞かれたら困るのか、はたまた違う理由があるのか。

 元は兄弟だし、きっと二人にしか分からないやり取りがあるんだろう。

 私は改めて陛下に勧められた革張りのソファに腰を下ろした。



「今回こんな悲しい事が起きてしまったのは我々(王族)が至らなかったせいだ。 君にも辛い思いをさせて申し訳なかった」


「陛下のせいではありません! 陛下や閣下は……私がセロであっても、一人の人間として接して下さるのでそれで充分です!」


「そうか……。 君にそう言ってもらえて嬉しいよ。 これでルカス殿にも少しは顔向けできる」



 少し大袈裟では、と言いかけたけど、憂いを帯びた賢者の微笑みを前に、私は言葉を飲み込んだ。


 

「彼が初めて稽古をつけてくれる事になった日に言われたんだ。 『剣を教えるからにはセロが笑って暮らせる時代を築くと約束しろ』ってね」


「そ、それはまた……」


「でも彼は本気だったよ。 セロを、弱者を救えない人間に国を背負う権利はないと、ハッキリ言われたんだ。 その時の言葉が今でも心に刺さっている。 今の私がいるのは、彼のお陰なんだ」



 魔物の暴徒化事件の後、新国王とその護衛騎士が献身的に国の復興支援に努めた結果、シヴェルナ政権は多くの民から支持を獲得する事に成功した。

 そして今はセロを含む弱者を取り巻く劣悪な環境を徐々に改善、加えて法改正を行う為に国民の意識改革も並行して進めている。

 それについてはまだ批判的な意見も多いみたいだけど、徐々に賛同者も増えつつあるらしい。

 その結果、今は人身売買といった闇取引だけでなく、不当な雇用契約を行った際にも厳正な刑罰やペナルティが課せられるようになった。


 勿論叔父にも、極刑が確定している。


 国のトップに立つ二人を突き動かす原動力が、恩人ルカスとの約束だったなんて。


 この二人にとって、父の存在は本当に大きなものだったんだ。



「君の事は勿論、エメレンスも今後は保護管理対象にさせてもらう。 これに関しては異論は認めないからあしからず」


「……承知しました。 あの、それでエメレンス様の容態は……」


「まだ眠ったままだが命には別状はないよ。 ただ身体に埋め込まれていた魔晶石は、既に身体の一部になっていて摘出が不可能だった。 救えなくて残念だ」


「そうですか……」


 この件で逮捕されたアンカスター家当主の話によると、どうやら叔父のザクセンからセロを買い取り彼らを使って魔晶石の可能性を探っていたらしい。

 そして次男であるエメレンス様も実験台にした事を認めた。


 魔術師の家系と名高いアンカスター家に生まれた子どもがセロだと分かった途端、家族はその存在を隠した。

 けれど法改正の流れで研究が立ち行かなくなった時、エメレンス様が犠牲になってしまった。


 その結果、当主は念願だった人体改造を成功させ、エメレンス様はようやく表舞台へ出ることになったのだ。


 出世の為とはいえ、自分の子まで実験台にしたアンカスター家にも今後、厳しい処分が下されるという。

 

「彼さえよければこのまま組織に移って働いてもらおうと思ってる。 まぁ何処へ配属される事になっても、出来る限り手を尽くすつもりだから心配しないで」


 そう話す陛下の笑顔には不思議な力があるみたいで、私は大きく頷いた。

 陛下ならきっとエメレンス様を良い方向へ導いてくれる筈だ。

 


「さて、ここから先はアルバート家の爵位についての話だ」

 


 先程までとは違う陛下の声色に、思わず私は息を呑んだ。 

 


 


 

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