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負の連鎖を断ち切るために

 次の日、 私は早朝からアルフレッド様に呼び出され、育成所の執務室にいた。



「実は昨日君達が謁見に行っている間に幾つか判明した事があった。 エメレンスを探しに行く前に話しておこうと思ってな」



 アルフレッド様の表情がいつになく険しい。

 私はゴクリと息を呑んだ。



「実はザクセンとアンカスター家が人身売買の取引先として繋がっていた事が判明した」


「え?!」


「アンカスター家は代々優秀な魔法使いを輩出している。 だがそこにはセロという犠牲があってのものらしい」


「……!」


「ザクセンが命惜しさにあっさりと白状した。 どうやらユーリ殿の推測が当たったようだ」



 以前ユーリ様が暴いた山のような悪事の他に、そんな非道な取引にまで関与していたんだ。

 本当に人の血が流れてるのか疑ってしまう。



「なのでアンカスター家の人間、そしてエメレンスを発見次第、即拘束、収監する」


「……はい」


「どうした?」


「いえ、何でもありません」



 エメレンス様が私達の取引の事を知っていた理由がようやく分かった。 

 あんなに優しい人なのに、裏では悪事に加担していたなんて正直ショックだった。



「とにかく君が今やるべきことはエメレンスの捕獲だ。 守備の方は?」


「昨日陛下から魔晶石付きの長剣を預かりました。 それに心強い味方も付いてます」


「味方?」



 私は胸元に付けたブローチを撫でてコレットを呼んだ。

 すると淡い銀白色の光が現れ、鳥へと姿を変えた。

 その様子にアルフレッド様は目を丸くした。



「その色、まさか……」


「陛下から頂きました」



 コレットも何だか誇らしげにピピッ!と鳴いた。

 アルフレッド様は信じられないとばかりに目を大きくした。

 


「そうか……なら都合が良い」


「なにがですか?」


「君には単独行動してもらおうと思ってな」


「え?」


「武闘祭には貴族も多く参列していた。 中にはオーウェンを唆した輩もいただろう。 恐らく参謀者はアンカスター家だけではない。 しかし今回我々が下手に動くと彼らを取り逃がしてしまう可能性がある。 そこで君の出番だ」



 つまり黒の騎士達が水面下で動いているという『厳戒態勢』の状態を知られないようにする。 

 だからまだ名の無い私が動くのは好都合という訳だ。



「見つけ次第、陛下の使いをこちらに送ってくれ。 すぐに兵を送り込む」


「はい!」



 私は背筋を伸ばし、敬礼を返した。

 そんな私を見て、アルフレッド様は珍しくニヤリと笑みを浮かべた。



「上司として『無理はするな』とは言っておく。 だが折角だし稽古の成果も見せつけてやれ。 『魔力を持たなくともここまで出来るんだ』ってな」


「はい!」



 アルフレッド様からの激励で俄然やる気が湧いてきた。



 部屋をでると私は髪を一つに括り、両頰をパチンと叩いた。



「コレット、そのまま暫く一緒にいてくれる?」


「ピピッ!」



 向かう先はオールナードだ。


 ずっと気になっていた、エメレンス様の居場所。

 『私がよく知ってる場所』と言われて思いつく場所はあそこしかない。


 オールナード奥深く、第二の都市ルドアンに近い位置にある元ザクセン男爵の屋敷だ。

 ザクセン男爵が捕まってから空き家になってただろうし、潜伏するには丁度いい筈だ。


 

◇◇◇◇


 

 アルフレッド様の稽古と長剣のお陰で、魔物の群れにも手間取ることなく目的地に辿り着けた。


 森を大きく切り開き、この森の支配者だと主張するに聳え立つ大きな屋敷。

 まさかもう一度来ることになるなんて。


 でもあの頃と違って、あちこちに瓦礫や窓ガラスが散らばっている。

 まるで魔物に襲われた後の様に古びている。

 魔物除けの札も貼ってあったのに、それも剥がされていた。

 一体誰が、何の為に?



「コレット、先に部屋の様子を見てきて」



 フッと空へ放つと、コレットはすうっと空に溶けるように空を飛んだ。

 そして私は屋敷周辺から異変を探る。

 



 ガシャン!!



 途端に窓ガラスが割れた音が響く。

 その方を見ると、コレットが外へ逃げ出すのが見えた。

 きっとあそこだ。



「コレット! そのままアルフレッド様の元へ!」



 コレットに合図を送ると、私は急いでコレットが出てきた窓から部屋へと飛び込んだ。



「誰だ?」


「私です! ロゼ・アルバートです!」


「ロゼ……?! まさか君の方から来てくれたのか!」



 そこにいたのは深緑の制服を纏ったエメレンス様だった。 

 優しい笑みを浮かべ、私に向かって両手を広げた。

 でもあの美しかった青眼は血色に染まってる。

 まるで魔物と対峙しているみたいに背筋が冷えた。


 ジリジリと迫るエメレンス様を注視しつつ、フゥ、と小さく息を吐いて気持ちを落ち着かせる。 



「言っときますけど、貴方と一緒に暮らすために来たんじゃありません」


「……そうか。 残念だな。 だからそんな物騒な物を背負ってきたんだね」


「?!」



 急いで横に身体を逸らした直後、ものすごい速さで何かが頭上を掠めた。



「やっぱり避けられたか。 剣を奪おうと思ったけど、やっぱりロゼはすごいな」


 

 目を細めて笑うエメレンス様の右手を見ると、大きな鉤爪の様に変形していた。

 エメレンス様はそれを隠す事なく、寧ろ誇らしげにその手を恍惚と見つめる。


 

「すごいだろ。 ようやく制御出来るようになったんだ。 やはりキアノス様の魔力はすごい」


「閣下の魔力って……、一体どんな魔法を使ったんです?」


「魔法じゃない。 魔晶石さ」



 まさか、本当にそんな事が出来るなんて。

 どこか不気味に聞こえるのは、エメレンス様が冷たい目をして笑うからなのか。



「仕組みを調べに来たのかい? でも今は駄目だよ。 この魔力が尽きる前に実家に行かなきゃならないから」



 そう言って無防備に背を向け、外出の支度を始めた。



「……実家って、アンカスター家ですか?」


「そうだよ。 ロゼも一緒に行こう」


「何故私が……」



 するとエメレンス様にグッと腕を掴まれた。

 まだ人間の手をしてる左手だけど、物凄い力で振り払えない。



「離して下さい!」


「……ロゼは魔術師達に復讐しようと思ったことはないのかい?」


「復讐? 何故です?」


「ロゼだってセロだというだけでザクセンに酷い目にあわされたんだろう?」


「確かにそうですけど……」


「奴らは魔力がなければ無価値な人間だと罵ってくる。 僕はそんな腐った風習の上でのさばってる奴等を排除するんだ。 まずは手始めにアンカスター家を潰す」


「待って下さい! 貴方は仲間なんじゃないんですか?!」


「己の出世の為に息子を実験台にする奴等が家族なもんか」



 エメレンス様はそう呟くと、腕を掴んだまま私を持ち上げ、壁に向けて放り投げた。    

 ドゴ!!と派手な音と共に、強い衝撃が全身に奔る。

 背面の壁が崩れ落ち、土埃が舞った。

 長剣ごと私を投げ飛ばすって、とんでもない腕力だ。



「僕はこの時をずっと待ってたんだよ。 これだけ莫大な量の魔力があれば彼奴等全員を消せる。 死なない程度にぐちゃぐちゃにして、生き地獄を味わわせてやるんだ。 そしてこんな僕を生み出した事を後悔させてやる!」


「……『生み出した』……?」


アンカスター家(あいつら)魔力なし(セロ)だった僕を実験台にしたんだよ」



 エメレンス様の言葉に頭が真っ白になった。


 加担者ではなく被害者だったなんて。

 信じられない。

 でも同時に、怒りも湧いてきた。

 私はグッと唇を噛み、爪が食い込むほどに手を握った。



「……エメレンス様、大人しく自首して下さい」


「オーウェンを魔物にした事についてかい? 前にも言ったけど犯人は僕じゃない」


「違います! 貴方は閣下の魔力を奪いました。 自首して直ぐにこの事実を話して下さい!」


「……」


「確かに貴方は被害者です。 でもそれが人の魔力を奪っていい理由にはなりません!!」


「彼奴等に復讐するにはこうするしかないんだ!  君なら分かるだろう?!」


「分かりません!!」



 私は剣を抜き、エメレンス様に切りつけた。

 

――――ガキン!!


 異形の腕とぶつかると、まるで鋼鉄を叩いたような、有り得ない斬撃音が響いた。

 まるで剣を交えてるような感覚に動揺しつつも、押し切る様に鍔迫り合いを続ける。



「ハッ!!」



 人間とは思えない程に強靭な身体と膂力(りょりょく)

 それでもやり合えてるのは魔晶石のお陰だ。

 魔晶石を嵌めた武器で戦えば、少しずつでも魔力を削ぐことが出来る。

 何度弾き返されようとも、怯まず斬撃を繰り返す。

 ギリギリまで踏ん張れ、自分の力を信じて!

 


「閣下の魔力(いのち)を復讐に使うなんて絶対に許しません!」



 精一杯の力で押し切り、エメレンス様から距離を取った。


 悔しいけど、エメレンス様はさほど息が上がってない。

 まだ余裕がありそうだ。

 私はぐいと腕で汗を拭い、剣を構え直した。



「……ロゼってば、僕に勝つつもりなのかい?」


「そうじゃなきゃ一人で来ません」


「へぇ、格好良いなぁ」



 そう言ってエメレンス様は私を捕らえようと距離を詰めてきた。


 今度は既で避け切れたが、頬を掠め血が伝う。

 それでも飛び退いた反動を活かして、私は剣を振り上げ異形の手を打ち払った。

 


「さすがアルフレッド様から稽古をつけてもらっただけあるね」


「お褒め頂きありがとうございます」


「でもやっぱりロゼには僕は倒せないよ」


「それはどうでしょうか」


 

 するとエメレンス様は少しだけ眉を顰めた。

 


「もしかして、ロゼも魔晶石を使っているのか?」


「気づかれましたか。 これ以上戦っても魔力が尽きるだけです。 ですから自首して下さい」



 エメレンス様は歯噛みして怒りを顕にする。

 背中から放たれる殺気は、臨戦態勢の魔物そのものだ。



「邪魔するなら君とて容赦しない!!」


 

 激昂したエメレンス様の攻撃を剣で防御するも、その威力に弾き飛ばれる。

 怒りで威力が増していて、猛攻を回避するのが精一杯だ。

 これじゃあ魔晶石の力が充分に発揮できない。


 エメレンス様の魔力が尽きるのを待つしかないのか。

 せめて剣が届く所まで行けたら――。



 すると突然激しい閃光と爆音が部屋中に轟いた。



「!!」



 何かが燃えた様な煙にまかれて息苦しい。

 一体何が起きたのか。



「く……っ、何が、何が起きた……?」



 煙の中で、エメレンス様は両目を覆い蹌踉く。

 魔物がもつ赤い瞳は光の刺激に弱い。 

 これはチャンスだ。

 

 とはいえ、私もまだ視界がぼやけてまともに動けない。

 すると、バサッと黒いものに視野を遮られる。


 

「!」



 この気配は知ってる。

 獅子のような雄々しさと気高さ。

 その中に秘めた情深さと安堵感。


 あぁ、来てくれたんだ。


 あの人の存在に気づき、胸が一杯になった。








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