知りたくなかった真実
次に目を覚ました時にはふかふかのベッドの中にいた。
見慣れた、ヴランディ家の自室。
「ロゼ、やっと目が覚めたのね!」
声に驚いて視線を横に向けると、目を赤く腫らしたフェリス様が私の手を握っていた。
「私、生きてたんだ……」
「当たり前だよ!!」
怒り顔のフェリス様の瞳から、大粒の涙が次々と零れ落ちる。
「無茶しちゃ駄目だってあんなに言ったじゃない! 二人共ボロボロで意識がなかったって聞いて、生きた心地しなかったんだから!」
不可抗力とはいえ、自分は魔法が使えない事をもっと自覚するべきだった。
結果、閣下まで巻き込んでしまい、フェリス様を不安にさせてしまった。
守るって言ったのに、私は何やってるんだ。
「本当に、ごめんなさい……」
「……もう、あんまり心配かけないで」
「はい……」
怒ってる筈なのに、フェリス様は私を優しく抱き締めてくれた。
その腕の温かさに目頭が熱くなった。
「閣下は……無事ですか?」
「ちゃんと生きてるよ。 でもまだ目覚めてないの」
「え……」
「発見された時は魔力がほとんど無かったから危篤状態だったみたい。 でも魔法陣の中にいたお陰で最悪の事態は免れたって、アルフレッド様から聞いたよ」
「……そう、ですか……」
魔力はその人の生命力を表すって聞いた事がある。
あの時、閣下はエメレンス様に魔力を奪われた上に、転移魔法まで使ってしまった。
一歩間違えば命を落としてた。
途端に背筋がゾクリと冷えた。
するとコンコン、とノック音がした。
『失礼しますね』と言って入ってきたのは、小さなポットとカップを乗せたトレーを持ったユーリ様だ。
「ようやく目覚めましたか! まだ少し顔色が良くないですが、大丈夫ですか?」
ユーリ様はトレーをベッドの側にあるテーブルの上に置いて、私の顔を覗き込んだ。
「丸二日も寝てたので心配しましたよ。 閣下も直に目覚めるでしょうし、ロゼさんは先にこれを飲んで早く治しましょう」
手渡されたカップからは、鼻をつまみたくなるような青々しい匂いがする。
私とフェリス様は恐る恐る中を覗くと、何だかお茶を濃く煮出したような色の液体が入っていた。
そう、何だか飲むのに勇気がいりそうなヤツ。
「これは一体……」
「ヴランディ家に伝わる薬湯です。 今回は濃い目にいれてあるのですぐ効きますよ」
さぁ飲め、と言わんばかりの圧を感じる。
私は悩んだ末、一気に喉へと流し込んだ。
その味の感想は『益々気分が悪くなりそう』だった。
「起きて早々で申し訳ないですが、今は緊急事態でもあるんです。 応接間に行けばアルフレッド様も居ますし、あの時何があったのかをきちんと話してください」
「は、はい……」
幾ら口直しに水を飲んでも拭えない青臭い匂いに嘆きながら、私とユーリ様はアルフレッド様がいる応接間へと向かった。
◇◇◇◇
「ようやく起きたか。 ほら、そこに座れ」
眉間に深い皺を寄せたアルフレッド様は、読んでいた書類を置き目の前に置かれた椅子を指差す。
久しぶりの圧力に緊張する。
「結界を破壊されたと思ったらオーウェン、キアノスに君とが行方不明。 外に出てきたエメレンスの顔もやけに険しかったんだが何があったんだ?」
「……実は、オーウェン様が魔物化してしまったんです」
すると二人の顔色が変わった。
「試合中にオーウェン様が緑色の何かを飲み込んだと思ったら、あっという間に人型の魔物になったんです。 そこにエメレンス様も現れて……」
「エメレンスまで? どういう事だ」
「『私達を助ける為だ』とは言ってました。 でも『差し金は僕じゃない』とも言っていて……」
「まさか、他に関係者がいるのか……」
アルフレッド様は大きて長い溜息をついて椅子の背にもたれ天を仰いだ。
ユーリ様も難しい顔をして何やら考え込んでいる。
「閣下は人型の魔物を見ても然程驚いていなかったんですけど、もしかしてアレと遭遇したことがあったんですか?」
「いや、多分これまでの報告から総合的に判断したんだろう。 君の話が本当なら、最近発生していた魔物は元人間だと言えるな」
「え……?」
「その昔、魔晶石を使った人体実験が行われていた時代があったんです。 恐らくオーウェン殿が飲み込んだのは魔晶石でしょう」
ユーリ様はいたたまれない表情でゆっくりと言葉を紡いでいく。
「魔晶石は御存知の通り魔力が結晶化したもの。 それを使って魔力の増幅を測れないかと研究していた者達がいたんです。 ですがそれが余りにも残虐非道だったので、関係者は全員処刑し研究所も封鎖したのですが、どうやら取り零しがあったのでしょう」
「じゃあオーウェン様は、利用された可能性が高い……」
「恐らくは」
「確かにオーウェンはあまり魔力量の多い人間ではなかった。 だが武闘祭に出る事になってそれを利用したとなったら説明がつくな。 で、それをキアノスが倒したんだな?」
「違います」
否定の言葉に二人は大きく目を見開く。
私は膝の上で拳を握り、唇を噛んだ。
「オーウェン様を倒したのはエメレンス様です」
「エメレンスだと? じゃあなぜキアノスがあんなボロボロに……」
「エメレンス様が閣下の魔力を奪い、命を奪おうとしてたんです」
「何だって?!」
「エメレンス様は『元は貴方がたの責任だ』って言って……。 何か恨みでもある様な……」
「なんだそれは……」
「それが本当なら閣下の魔力が残っていなかったのも納得がいきますね。 閣下は余程の事がなければ魔法は使用しませんから」
「だが魔力を奪うなどそんな魔法など聞いたことがないぞ……」
「私に行かせて下さい!!」
堪らなくなって立ち上がり声を上げた。
「私、悔しいんです。 魔物化したオーウェン様に怯んだ事、閣下を助けられなかった事。 閣下の魔力を最後まで使わせてしまった事、何もかもが悔しくて、そんな自分が許せなくて……だから……!」
「感情で動くな! それが一番危険だぞ!!」
「でも……私に魔力があったら……きっとこんな事には……」
閣下が倒れたのを見た時、初めて魔力を持たない自分を恨んだ。
剣がないと何も出来ない、足手まといになる自分が悔しかった。
抑えられない感情が涙になって溢れてくる。
「悔んでいるのはロゼさんだけではないですよ」
「……」
「我々は魔力を持っていても閣下を危険な目に遭わせてしまいました。 だから魔力がないからと言って、貴女一人が責任を負う必要はありませんよ」
苦笑いの表情を浮かべ、ユーリ様は泣いてボロボロになった私にハンカチを差し出してくれた。
そうだ、私はもう独りじゃないんだ。
閣下と長い時間を過ごしてきた二人なんだから、もどかしいに違いない。
だからこうして解決策を考えてるのに、冷静になれない私はまだまだ未熟だ。
「冷静に動くと約束出来るのなら、君が一番適任かも知れんな」
そんな時、アルフレッド様が私の方をじっと見て呟いた。
「え……?」
「エメレンスの捕獲だ。 もしもアイツが本当に魔力を吸う力を持ってるなら、魔力をもたない君が行くのが一番マシかも知れん」
アルフレッド様の提案に、私はぐいと涙を拭き、背筋を伸ばした。
するとアルフレッド様は、ほんの少し口の端を上げた。
「俺は君が即戦力になる様にと稽古を付けたんだ。 俺のが避けれる君なら、エメレンス程度の魔法は躱せるだろ」
「はい!」
「どうだろうか、ユーリ殿」
「まだ安静にしていてほしい所ではありますが、確かに良い考えかも知れませんね。 一度その方向で検討を……」
ピ、チチ。
チチチッ。
窓も扉も開いていないのに、いつの間にか部屋の中で銀色の毛並みの小鳥が飛んでいる。
そして暫く頭上を旋回すると、ユーリ様の肩に止まった。
「いつの間に入ってたんだ?」
「人懐っこいんですね。 ユーリ様が飼ってるのですか?」
「違います。 この子は国王陛下の使い魔ですよ」
「「えぇ?!」」
「こんな時にどういったご用件でしょうね」
そう言ってユーリ様は小鳥を指にのせると、小さな声で何やら唱えた。
途端に小鳥の姿から巻物に姿が変わってしまった。
釘付けになってる私達を他所に、ユーリ様は巻物の紐を解き文書に目をとおしていく。
そして少し困り顔で私の顔を見た。
「どうやら国王陛下はロゼさんに用事があるようです」
「私……ですか?!」
「はい。 詳しい事はわかりませんが、どうやら急ぎのようです。 動けるのでしたらすぐに支度して向かいましょう」
「え、はい……」
この時はあまり深く考えもなく返事をしてしまったけど、よく考えたらただの平民、しかもセロが国王陛下に呼ばれるなんて何かの冗談でしょう。
私は呼び出される理由に検討もつかず、謁見までの間、良からぬ妄想と冷や汗が止まらなかった。




