生き抜く為の選択肢
「あぁ、お二人ともまだ生きていたんですね」
「エメレンス様……」
エメレンス様はさっきの魔物を見たのかな。
冷静、というより笑ってる。
でも瞳は刃の様に鋭く冷たかった。
ゆっくりと近づいてくるエメレンス様から庇うように、閣下は私の前で身構えた。
「……どうしてお前がここにいる?」
「アルフレッド様が結界を張る前に入っておいたんです。 あんな醜いもの、国民の前に晒すわけにはいきませんものね」
「だから援護にきた、という訳でもないだろう」
「はい。 言っときますけど、差し金は僕じゃありませんよ」
すると閣下はエメレンス様を瞬時に押し倒し、首のすぐ側に剣を突き刺した。
「それでわざわざ来るとは優秀な部下だ。 だがそれは『黒の騎士』でしか知り得ない情報だ」
「……」
「アレについて知ってる事を全て話せ。 黙秘すれば首が飛ぶぞ」
絶対零度の瞳に慈悲などない。
あるのは生か死かだ。
息を呑むことすらままならない緊張感の中、エメレンス様はギリッと唇を噛んだ。
「元は貴方がたの責任だ!!」
「?!」
次の瞬間、エメレンス様が閣下の両腕を掴んだ。
すると何故か閣下の表情が徐々に険しくなっていく。
「閣下!!」
「来るなっ!!」
閣下が声を上げた途端、今度はエメレンス様が閣下を組み敷き形勢逆転してしまった。
そして恍惚とした表情で閣下の首に手をかけた。
「くっ……!」
「これだけ魔力を奪っても意識があるなんてさすがです。 貴方の魔力は、僕が有効活用してあげますよ」
魔力を奪う?
だから閣下は動けないの?
いや、今はとにかく止めなきゃだ!
「閣下から手を離して!!」
「おっと」
助けに向かおうとした瞬間、エメレンス様は私に向かって何かを唱えた。
すると私の足元から蔦のようなものが這い上がり、一瞬にして身体を拘束されてしまった。
ギリギリと蔦が絡みつき、身動ぎすらできない。
「うぅ……っ」
「これだけ魔力があるのに使わないなんて腹が立つなぁ。 でも、これで邪魔者はいなくなった」
エメレンス様は動かなくなった閣下を置いて私に近づくと、まるで労るように私の頬をゆっくりと撫でた。
「この賭けは僕の勝ちで良いよね。 僕と一緒に行こう」
「行くって、どこへ……」
「君もよく知ってるあの場所だよ」
パリン!!
突然疾風が巻き起こり、薄青の結界が破壊された。
エメレンス様も動揺したのか、蔦の力が緩んだ。
「ロゼから離れろ!!」
さっきまで倒れていた筈の閣下がエメレンス様を肉薄する。
僅かに反応が遅れたエメレンス様の身体は勢いよく場外へと吹き飛ばされた。
「閣下……!」
ガクリと膝を付いた閣下に駆け寄ると、閣下はフッと頬を緩め、ぐいと私の身体を引き寄せた。
「……離れるなよ」
閣下は腕にグッと力を入れ、荒ぶった呼吸を整えると大声で何かを唱えた。
「!!」
次の瞬間、私達の足元に大きな大きな魔法陣が浮かび上がる。
そしてそこから溢れ出る目が眩む様な光の渦が、一瞬で私達の身体を飲み込んだ。
――一体何が起きたんだろう。
私は両目にかかった光の靄を必死に拭った。
徐々に見えてきたのは、火のないランプ一つと小さな木箱が二箱。
そして床には先程と同じ魔法陣が描かれていた。
石壁に囲まれた、何とも寒々しい部屋だ。
勿論人の気配も無い。
「ここは……」
「王城内の、避難壕だ……」
隣りにいた閣下が床へと崩れ落ちた。
「閣下! 閣下!!」
幾ら呼び掛けても、揺すっても微動だにしない。
ゾッと背筋が震え、急いで閣下の胸に耳を当てると、弱々しいけどまだ脈はあった。
じわりと目が潤む。
閣下はあの時、最後の力を振り絞って転移魔法を発動させたんだ。
きっとこれが、閣下の生き続ける為の選択肢だ。
「閣下……、ありがとうございます……」
私は嗚咽を上げて泣いた。
ちゃんと約束を守ってくれた。
『離れるなよ』と言ってくれた。
閣下の未来に自分がいたことが何より嬉しかった。
「……っ」
ヒュッと涙が止まり、息を呑んだ。
ぐにゃりと視界が歪み、全身の血が猛スピードで体中を駆け巡る。
これ、魔法の副作用だ。
吐き気なんてレベルじゃない。
まるで首を絞められているかの様に息苦しい。
ガタガタと全身が震えだす。
このままどうなってしまうんだろう。
(死にたくない!!)
そう願った瞬間、パキン、と何かが砕けた様な音がした。
そして視界が真っ黒に染まった。




