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負けられない戦い、開幕

 昨日はとんだ失態を晒してしまった。


 気づけばベッドの中にいたんだから、きっと眠ってる間に閣下が運んでくれたんだろう。

 魔力酔いじゃなかったから良かったけど、迷惑をかけたのは事実だ。


 

(でも、あの時の閣下はすごく優しかったな……)



 エールを飲んだから、夢を見たんだろう。


 介抱されてる時の閣下はすごく優しくて、思い出す度に身体が熱くなってしまう。

 本当に都合が良い夢だ。

 

 とはいえ、今日はしっかり気を引き締めておかないと大怪我してしまう。

 私はパチンと両頬を叩き、気合を入れ部屋の扉を開けた。



「ロゼさん、ご準備は整いましたか?」


「!!」



 部屋の扉を開けた途端、ユーリ様と鉢合わせて思わず悲鳴を上げそうになった。

 


「驚かせてしまいましたか。 体調は如何です?」


「は、はい。 何とか……」


「どうかされましたか?」


「いえ! 何もありません!」


 

 あれは夢なんだからやましい事は何もない。

 でも気恥ずかしくて、私は視線を彷徨かせた。



「そういえば閣下が……」


「はい!!」


 

 ドキンと心臓が大きく脈打ち、思わず大きな声がでた。

 するとユーリ様は何故か温かい目で私を見つめるのだ。

 


「そんなに過剰反応しなくても大丈夫ですから。 昨晩閣下と進展があったのでしょう?」


「……進展?」


「違うのですか?」


「……途中で酔ってしまったので、ぼんやりとしか覚えてなくて……」



 するとユーリ様はこれまで見たことがないぐらいに目を丸くした。

 そして直ぐ様手で口を覆い、肩を震わせる。



「何で笑うんですか!」


「いえ、閣下も報われないなと思いまして。 そのまま朴念仁にならずに済めばいいのですが」



 笑いを堪えながら、ユーリ様は眉を下げた。

 あの冷静沈着な閣下がそんな事になるとは思えないんだけど。

 


「それはそうと、閣下はまだお屋敷に?」


「いえ、早々に向かいましたよ。 アルフレッド様と何やら打ち合わせがあるとかで」


「そうですか……」



 昨日のお詫びとお礼をしておきたかったけど、もういないのなら仕方がない。

 こうなったら目指す道は一つだ。

 


「とにかく今日は優勝してきます!」


「志が高いのはいい事です。 では参りましょうか」


「はい!」



 何としてもエメレンス様に勝つんだ。

 笑顔で閣下の元に帰る為に。

 


  



「す、すごい広さ……」


 入退場口からこっそりと舞台を見てみると、その大きさに圧倒されてしまった。

 王城の側にある大競技場は、試合場をぐるりと囲むようにして観客席が設けられている。

 開始直前ともあって、場内は人の歓喜や熱気で溢れている。


 ジッと目を凝らすと、会場の一番上には国王陛下が鎮座するであろう豪奢な椅子が置かれている。

 そしてその周囲には貴族用に区切られた観覧席もある。

 

 そうだ、これは王家主催の祭事。

 これまでなら蔑まれ者の(セロ)が参加するなんて有り得なかったと思う。

 それを国王ウィラード様は許可して下さったのだから、無様な姿は見せられない。


 

「探したよ、ロゼ」



 声に驚いて振り返ると、武装したエメレンス様が笑顔で歩いてきた。



「今日は戦えるのを楽しみにしてるよ」


「身に余る光栄です」



 なんて微塵にも思ってないけど、一応上司になるので頭を下げた。



「武闘祭に出るってことは、エメレンス様はやはり『黒の騎士』を目指してるんですか?」


「あぁ。 僕が上に立ってこの世を正してやるんだ」


「へぇ……」 



 初めて会った時の印象とはだいぶ違う。

 そんな野心家だとは思わなかった。

 

 するとエメレンス様は更に一歩距離を縮めた。


 

「そうそう、あの約束忘れてないよね?」


「勿論です。 私が勝ちますからちゃんと潔く身を引いてくださいね」


「勿論、君こそ逃げないでね。 もう新居は決めてあるんだ」



 突然ぱぁっと初めて会った時の様な爽やかな笑顔になった。


「新居、ですか?」


「君がいればアンカスター家に戻る必要がない。 僕は自由になるんだから」



 ……もう私が負ける前提なんだ。

 これは絶対に勝たなきゃだ。



 と言いつつも、エメレンス様の言動も気になる。


 以前から家族仲が悪いのかと思うような発言をよく耳にしていた。

 アンカスター家の名があれば苦労なんてないと思っていたけど、もしかしたら違うのかもしれない。

 

 仮面の様に張り付いた笑顔の裏で、何を考えてるんだろう。

 

 すると国王陛下の開幕宣言と同時に、地が揺れそうな程の歓声が沸き起こった。


 王室楽団によるファンファーレが鳴り響き、私達以外の出場者も入退場口へとゾロゾロと集まってくる。

 そして皆さんエメレンス様に敬礼をした。


 制服を見ていると今回見習いクラスからの参加者はどうも私だけで、他の皆さんは『緑の騎士』みたいだ。

 

 するとこの場に一人いる見習い(わたし)に気付いた人達があっという間に私を取り囲んだ。



「なんだ、今年はなんとも可憐な少女が参加するんですね。 おいくつです?」


「もしかして部隊長の彼女さん? 良いなぁ〜俺も早く彼女欲しいなぁ」


「萌黄色ってことは騎士クラスへの昇格か。 せいぜい頑張ってくれ」


「こんな可愛らしいお嬢さんが騎士になるのか! これは楽しみだな!」


「悪いが俺達も昇格がかかってるから負けてやるわけにはいかねぇ、悪く思うな」



 一斉に話しかけられて頭がクラクラする。

 でも好意的な人が殆どだ。

 そんな人達を私は倒していくのか。

 ……ちょっと気が引ける。



「おいおいここは舞踏会じゃねえんだ。傷物になる前にさっさと帰れ」


「長剣を持ってたってその腕じゃ振り上げる事もできないだろ。 女は大人しく家で待ってろよ」


「いくら女だからといっても手加減はしない。 覚えてろ」



 ……うん、この人達の顔は覚えておこう。



「ほらほら、あまり彼女を困らせるんじゃない。 試合に支障が出るだろ」



 するとエメレンス様は皆さんから私を引き剥がして窘めた。

 さすがは部隊長様、あっという間に皆さんの好奇心を落ち着かせてくれた。

 

 この人達は私がセロであることを知らない。

 そうだとわかったら、きっと全員の敵意が私に向かう。


 意外なのはエメレンス様がそれをバラさなかったということだ

 そうなればかなり自分に有利になる筈なのに、彼はそれをしない。

 

 やっぱり何を考えてるのかわからない。


 するとエメレンス様の青い瞳と目が合った。



「じゃあ決勝戦で」


「はい、よろしくお願いします」



 麗美な笑みを浮かべ、エメレンス様は控室の方へと戻っていった。


 とにかく絶対に負けられない。

 私は髪をギュッと結び直し、自分の名前が呼ばれるのを静かに待った。




 

 

 

 ここまで読んで下さりありがとうございました。

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