暴かれてしまった思い
今回は閣下が時間を気にしているようだったので、私は屋敷に着くなり大急ぎで食事の準備を始めた。
閣下も手伝いたかったみたいだけど、今回は時間との勝負。
今回は辞退して頂いた。
工程はいたってシンプル。
ざく切りキャベツ数枚と厚切りベーコンは交互に串へ差して、コンロの火で炙る。
その間に軽くトーストしたバケットに薄く切ったベーコン、更にさいの目切りにしたトマト、チーズを乗せる。
約十五分でベーコンとキャベツの串焼きとブルスケッタの二品が完成だ。
「なんだ、もう出来たのか?」
追い出されていた閣下はその間に着替えてきたらしく、白シャツ姿で厨房に現れた。
薄着になると筋肉質な体格が顕著に現れ、思わずグッと息を飲んだ。
前回見た時もドキドキしたけど、今回はあんな事した後なので、急いで視線を反らし動悸を抑える。
挙動不審な私を他所に、閣下は料理に熱い視線を送っていた。
「何だか酒場に来たみたいでいいな」
「でしたらもう一つとっておきのものがありますよ」
私は持ってきた籠の中から保存袋を取り出した。
「じゃん! 干し肉も持ってきました!」
「おぉ!」
思わず閣下も歓喜の声を上げた。
「初めてバッカスさんから差し入れしてもらったお肉で作ったんです。 飲むんでしたらこれも一緒にどうぞ」
「これは俄然楽しみだな。 では俺は食卓の準備をしておこう」
「お願いします!」
その場所は、以前一緒に上がった町が見えるバルコニー。
町の明かりを見ながら食事をしようと誘ってくれたのだ。
閣下が先に持ち込んだテーブルの上に、作った料理とエールを並べていく。
と言っても私は酒類は飲んだことがないのでリンゴジュースでお付き合いする。
「今日は一段と町が輝いて見えますね!」
すっかり夜も更けてしまったけど、町の方は以前よりも増して輝いて見える。
前夜祭はまだ続いているみたいだ。
「あれが始まるまでもう少し時間がある。それまでゆっくり飲むか」
「あれ?」
「まぁ見てからのお楽しみだ」
そうして二人きりの飲み会が始まった。
◇
「野菜も入ってるのになかなか酒が進むな。
やっぱりロゼの料理は最高だ」
閣下はぐいとエールを飲み、ブルスケッタを口に運んだ。
さらりと褒め言葉を口にするとは、どうやらいい感じにお酒が回ってるらしい。
最近の閣下は以前よりも表情が柔らかくなった。
私に向ける眼差しも優しいから、時々勘違いしてしまいそうになる。
私を『部下』じゃなくて『一人の人間』として見てくれてるんじゃないかって。
勿論公爵という身分の閣下と、平民のセロとがそれ以上の関係になってはいけない。
頭では分かっているけど、尽く優しくしてくれるからどうしても気持ちが揺らいでしまう。
いや、もう手遅れだ。
多分私は閣下を好きになってる。
いつも私を助けに来てくれた。
帰る場所を作ってくれた。
頬にキスしたのだって、夢の中だけでもと、淡い願望を抱いてたからで。
でもそれもここでお終い。
明日からはまたこれまで通りの関係に戻る。
それでいい。
魔力をもたない私は、お姫様にはなれないんだから。
ぼんやりとしていたら、突然閣下に頭を撫でられた。
「本当は町に連れていってやりたかったんだが、声を掛ける間もなくて済まなかった」
「いいえ! 元々行く予定もなかったですから、こうして雰囲気が味わえてすごく嬉しいです!」
「なら良かった」
声、かけようとしてくれてたんだ。
アルフレッド様の思い違いじゃなかったんだ。
再び身体の熱が上がっていく。
駄目だ、何だか感情の振り幅が大きくなってるみたいだ。
呼吸を整えて落ち着こう。
「ホラ、始まった」
閣下の声で町の方に目をやると、さっきまでの風景が少しずつ変わっていく。
「すごい……光が、飛んでいく……」
私は思わずバルコニーの手摺に身を乗り出した。
白く輝く町の中からポツ、ポツとオレンジ色の小さな光が、夜空を目指してゆっくりと浮かび上がる。
幻想的な光景に胸がドキドキしてきた。
すると閣下も私のすぐ右隣りへとやってきた。
「あれは七年前の厄災後、国の復興を願ってランタンを飛ばすようになったんだ。 それがいつからか一年の無事を祝い、明日からの平穏を祈るものになっている」
「綺麗です……」
「間近でみるとまた違った雰囲気になるんだ」
「見たことあるんですか?」
「数年前に一度だけだ。 後はずっと仕事だから毎年ここから眺めてる」
「エールを飲みながら?」
「あぁ。 一年平和に過ごせた労いだ」
薄暗い中でそう話す閣下の声は、普段よりも穏やかだった。
この光景は、閣下達騎士団が必死に守ってきた平和の証。
来年は私もそれを労える一人になれるといいな。
するとふと隣りから視線を感じ、何かと思って横を向くと、閣下と目が合った。
途端に閣下は少し頬を緩めた。
「な、何でしょうか……」
「今年は君がいるから感慨深いな、と」
「私、ですか」
「七年越しだからな。 ようやくあの厄災に区切りがつけられた。 ありがとう」
「そんなの私の方がお礼をいう立場であって……」
「いや、あの時の後悔を君が受け入れてくれたお陰だ」
そう言って閣下は私の頭を優しく撫でた。
私達は色んな偶然を経てここに居る。
どれ一つでも欠けて欲しくない、大切な思い出だ。
私はぎゅうっと締め付ける胸の痛みに手を添えた。
『閣下が好きだ』
勿論、尊敬の念や恩義もある。
でもそれ以上に、私は閣下を一人の人間として見てる。
どうしよう。
自覚した途端に恥ずかしくなってきて、私は閣下から逃げ出すようにテーブルへと戻った。
「ロゼ?」
「ちょっと喉が乾きましたので……」
そう言ってテーブルに置いてあったグラスに手を伸ばし、ぐいっと一息に口に流し込んだ。
「おい! それはエールだぞ!」
途端にカッ!と喉が熱くなった。
しまった、暗いからちゃんと見てなかった。
口に残る苦味は魔力の味なのか、アルコールと言われる部類の味なのか。
初めての味に驚いて、身体からふにゃりと力が抜けていく。
「大丈夫か?」
「はい、多分……」
恥ずかしい所を見せてしまった。
それでも閣下は放置せず、座り込む私の背中を優しく擦ってくれた。
「全く、君は目が離せないな」
「……申し訳ありません」
「いや、こういう時ぐらい素直に甘えてろ」
そう言って閣下は私の肩に手を置き、トン、と私の頭頂に頬を寄せた。
直ぐ側に閣下の顔があってドキドキしてきた。
「ロゼ」
名前を呼ばれてゆっくり顔を上げると、深い海の様な瞳は切なげに私だけを映していた。
「初めて君を見た時から、ずっと忘れた事は無かった。 これからはルカス殿に代わって……いや、俺が君を守ってやるから」
ふと、額に温かくて柔らかい感触を感じた。
まるでキスされたかのような、甘い言葉を囁かれた様な、まるで夢の中にいる心地だ。
なら私も――。
「閣下……」
「なんだ?」
私も少し身体を起こして、閣下の耳元に唇を寄せた。
「私も、ずっと閣下を……お慕い、してます……」
すると閣下が驚いた様子で私の方を向いた。
目を丸くして、少し頬が赤い。
初めて見た、動揺した顔。
それが嬉しくて、ついフフッと笑ってしまった。
「……それは一体どういう……」
もうそれから先、何を話したかは覚えてない。
ただ閣下の腕の中が心地よかった事だけは、記憶の片隅で感じていた。
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