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貴方が側に居てくれたら

 エメレンス様に告白されてから、ずっと気分が優れない。


 何故エメレンス様は知ってたんだろう。

 もしかして私を助けに来た時にいた兵士から話を聞いたとか。


 でもあの時にいたのは皆黒の制服だった。

 だから閣下の不利になるような事を軽々しく話すような人はきっといない。


 答えが見つからない、そんな不安に掻き立てられてなかなか眠ることが出来なかった。



 そして迎えた武闘祭前日。

 育成所内には人の気配はない。

 前夜祭は見習い含め騎士のほとんどが休暇日になる。


 皆実家に戻り、一市民として前夜祭に参加するのだ。

 日頃町の安全に尽力する騎士達を労う意味もあるんだろう。


 でも私には帰る家がない。

 そもそも町を出歩く気分にはなれない。   

 私はゴロリと寝転がって天井を仰ぐ、そんな時間を過ごしていた。


 閣下は今頃美女に囲まれて労われてるんだろうな。


 端麗な容姿の騎士団長様だ。

 周りが放って置くはずがない。


 想像すると何故か胸がギュッと苦しくなった。


 ぐぅ。


 

 どんなに気持ちが沈んでいても、食べなきゃお腹は空いてくる。

 流石に夜ぐらい食べておかないと明日に響いてしまう。

 私は重い身体を引きずりながら、人気のない所内を歩いていった。





「あれ、明かりがついてる……」



 食堂には誰もいない筈だ。

  

 不思議に思いつつ、綺麗に片付けられた厨房に入ると、有るはずのない人影が見えて驚いた。



「閣下……?」



 何故か厨房の椅子に腰掛け、無防備にうたた寝してる。

 しかもまだ制服のままだ。


 こんな時間になんで厨房で寝てるんだろう。

 何かを食べに来たとか?

 いや、今日食堂がやってない事位知ってる筈。

 ならどうして……。


 とりあえず小さく寝息を立てる閣下を起こさないようゆっくりと近づいてみた。


 少し開いた薄い唇も、伏せられた長い睫毛も妙に色っぽく見える。

 何だろ、胸がドキドキしてきた。



 触れたい。

 縋りたい。

 名前を呼んで欲しい。

 他の女性の所なんか行ってほしくない。


 

 その瞬間、心臓がドクン、と一際大きく脈打った。


 弱りきった心が色んな欲を孕み、衝動になって私を突き動かす。


 どうか、起きませんように。


 私は恐る恐る閣下に顔を寄せ、頬にそっと口づけを落とした。



「ロゼ……?」



 唇に触れた柔らかな感触と、小さく身動いだ閣下に気づいてようやく我に返る。

 途端に全身が熱くなり、私は急いで飛び退いた。



「……やっぱりロゼか。 会えて良かった……」



 その言葉に思わず口元が緩みそうになる。

 寝起きだからか、閣下の口調も纏う雰囲気も甘さが二割増しだ。


 どうやら閣下は、私がキスしたことに気付いてないみたいだ。

 


「な、何故こんな人の居ない厨房で寝てるんです?」


「ここなら会えんじゃないかって……ずっと待ってたんだ。 前夜祭だから……早く仕事を済ませて……」



 閣下は前髪をクシャリと掻き上げ、虚ろ気な紺青の瞳を私に向けた。

 

 心臓がはち切れそうな程に音を立てる。

 外に漏れるんじゃないかって程に。


 どうしよう、すごく嬉しい。



「で、でも! 閣下は美しい女性の方々の接待が待ってるんじゃ……」


「……何の話だ?」


「だって、アルフレッド様が……」



 すると閣下の目から光が消えた。



「あのバカ、余計な事を……」



 穏やかだった表情から一変して、苛立ちが露わになった。

 そしてハァ、と溜息をつき、腰に下げてある懐中時計を手に取った。



「もうこんな時間か……。 ロゼ、今から俺の屋敷へ一緒に来てくれないか?」


「今からですか?」


「あぁ、見せたいものがあるんだ。 もしかして何か用事でも?」


「いえ、大丈夫です!」


「そうか、ついでに屋敷で休んでいけばいい。 その顔だとあまり寝ていないだろう」


「ですが……」


「言ってるだろう。 あそこは君の帰る場所だと」


「う……」


「折角会えたんだ。 少しでも側にいたいという俺の我儘を聞いてくれないか」


「……はい」



 そんな甘い声で誘われたら断れる訳が無い。

 いや、断る理由なんて無い。

 だって一緒にいたいと思ったのは、私も同じなんだから。



「そうだ!」



 私は保冷庫へ向かい、厚切りベーコン、チーズとを取り出し、トマト、キャベツ、バケットを持ち出し用の籠に入れた。



「何をするんだ?」


「折角ですから軽食をと思いまして。 お屋敷に行ったら厨房お借りしても良いですか?」


「構わないが、何か作るのか?」


「はい、三十分もいりません」


「……俺の分は?」


「……私の料理でよければ、一緒に作りますけど……」



 途端に閣下の目が輝き出した。

 その顔をみて思わずクスリと笑ってしまった。


 さっきまであんなに億劫だったのに、身体も心も軽くなってきた。

 

 美味しいものを食べて楽しい時間を過ごせば、きっと明日の活力になる。


 それが貴方となら、もっといい。

 

 

 

 






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