欲しかった言葉
偶然なのか、それとも手紙を読んで来てくれたのか。
いや、もうどっちだって構わない。
閣下の顔を見た途端、心に掛かった靄も消えたのだから。
でもエメレンス様からしたら、ここに閣下が来ることは想定外だったに違いない。
閣下は何故か眉間に皺を寄せながら、ズイっと私とエメレンス様の間に立った。
「話の最中に済まないが、急ぎの用があるんだ。 彼女は借りていく」
「え……」
「ロゼ、来い」
「は、はいっ」
閣下は踵を返し、アルフレッド様の向かった先へと足早に歩いていく。
私は今度こそタイミングを逃さないようエメレンス様に頭を下げ、閣下とアルフレッド様を追いかけた。
「おい、アルフレッド!」
少し先を歩いていたアルフレッド様に追いつき、閣下は語気を強めて声を掛ける。
振り向いたアルフレッド様はそれはそれは驚いた様子だった。
「何でキアノスがいるんだ!」
「その話は後だ。 それよりもこんな所でロゼを一人にするんじゃない!」
「……なんだ、お前も大概過保護だな」
ニヤニヤと笑うアルフレッド様に対して、閣下はグッと唇を引き結んだ。
何だか険悪ムードになってきてる。
「あの、閣下……?」
「とにかく君も無防備過ぎだ」
「え? 無防備、ですか?」
「そうだ、それでなくても騎士の大半は男だ。 幾ら強いからと言っても自分が女性だという自覚はもってくれ」
「わかりました……」
「おいおい、痴話喧嘩なら他所でやってくれ」
するとアルフレッド様は私の背中を押して閣下の前に突き出した。
すると閣下は私と目があった途端、バツの悪そうな顔で地面に目をやった。
「なるべく早く済ませてくれよ」
アルフレッド様は手をヒラヒラさせて、再び演習場へ向かっていった。
残された私と閣下の間に気まずい空気が流れる。
「とにかく、場所を移そう」
そう言って閣下は私の手を引き、演習場ではなく別棟へと向かった。
そして書斎室に入るなりバタンと勢いよく扉を締め、溜息と一緒に前髪をぐいと掻き上げた。
「さっきは取り乱してすまない」
「いえ。 それよりも、私が気づかない内に閣下の気に障るような事をしてしまって申し訳ありません」
「いや、あれはその……」
さっきは眉間に皺を寄せていたのに、今度は少し顔が赤い。
もしかして体調でも悪いのかな。
「座って話すか」
先に長椅子へ腰を下ろした閣下は、『隣りに来い』と長椅子をポンポンと叩いた。
僭越ながら隣りに腰を下ろしたものの、緊張して言葉がでない。
「で、どうしたんだ? 何かやらかしたのか?」
「いえ、ただ、今回はちょっと私情もありまして……」
「私情?……エメレンスのことか?」
突如湧き出た名前に驚いて、私は顔を上げた。
「エメレンス様? それってさっきの方ですよね」
「そうだ。 いつの間に顔見知りになってたんだ」
「昨日です。 たまたま町で出会っただけで」
「本当か? その割には親しげに話していたみたいだが」
「違います! アルフレッド様を追いかけようとしてたら、たまたま声をかけられただけです」
すると閣下は額に手を当て、再び長くて大きな溜息をついた。
「閣下……?」
「すまない。 君が他の男といる所を見たらじっとしていられなくて……」
「いつもアルフレッド様といますけど」
「あれは別だ」
「騎士になるには必然的に男性とも繋がりが出来ますし……」
「分かっている。 ただ俺の心が狭いだけだ」
何だか話していく内に閣下が表情が暗くなってる気がする。
どう声をかけたら良いんだろう。
「閣下……」
「……まぁエメレンスと何でもないのならそれでいい。 君の話を聞こうか」
「あ……」
手紙を読んでくれたんだ!
どうしよう、嬉しくて顔がニヤけてしまう。
閣下の様子も気になるけど、先に事の顛末を聞いてもらおう。
もちろんエメレンス様と出会った事も含めて。
「魔晶石を食べて魔力を得る、か……」
ジッと話を聞いていた閣下が、難しい顔をして呟いた。
「閣下はこんな話、信じますか?」
「俄に信じがたいな。 だが、可能性はゼロではないだろうな」
「そうですか……」
何でだろう、また胸がザワザワする。
「ロゼ?」
「は、はい!」
「やっぱり魔力が欲しくなったのか?」
「いえ、そうではなくて……」
魔晶石が器になって魔力が手に入ったら、もう差別を受けなくて済む。
でも本当にそんな事が可能なのかな。
何か良くない事が起きてる気がしてならない。
すると閣下は、私がディルにしたように私の頭を撫でた。
「前にも言ったが、君は今のままで充分だ」
「……閣下……」
「君といる時だけは、騎士団長という枷から解放されて一人の人間になれるんだ。 だからこれから先も、ずっと俺の側に居てくれ」
私の頭にあった閣下の手がするりと降りてきて、私の頬を撫でた。
魔力を持ってないのに、ずっと側に居ていいんだ。
どうしよう、すごく嬉しい。
自分を肯定してくれる人が目の前にいるだけでこんなにも満たされるんだ。
ジワリと涙が出そうになったけど、ギュッと堪えて閣下の手に自分の手を重ねた。
「勿論です」
なんでこの人は私が欲しい言葉を知ってるんだろう。
いつも私に力をくれる。
閣下はやっぱりすごい人だ。
「ロゼ」
気付くと閣下の顔がすぐ側にあった。
長い睫毛から覗く紺青の瞳と目が合って、思わず心臓が跳ね上がる。
「あ……、あの……」
閣下の大きな両手が私の顔を包み、ますます目が逸らせなくなる。
どうしよう。
顔が熱くなっていくのが自分でも分かる。
何だろう、胸の奥がムズムズする。
「ロゼ」
再び名前を呼ばれてビクリと肩が上がった。
いつの間にか大きな両手で顔を包まれてる。
これじゃますます目が逸らせない。
息が掛かりそうな程に閣下の顔が側にあって、ドクドクと心臓が早鐘を打つ。
呼吸すら躊躇ってしまう。
どうしたら良いんだろう。
私は身を固くしてギュッと目を閉じた。
するとゴツン、と私の額と閣下の額とがぶつかった。
「痛っ!」
「それが無防備だと言ってるんだ。 もっと危機感を持ってくれ」
頭突きで説教するなんて酷すぎる。
額を擦りながら恨めしげに閣下を睨むと、閣下は眉を下げて笑った。
「そろそろ戻るか。 さっきの話、アルにも報告させてもらうが構わないか?」
「勿論です。 ……もしかして、他にも何かあったんですか?」
「まぁな」
「あの、何か手伝える事は……」
「ここから先は俺達『黒の騎士』の仕事だ。 ロゼは自分の事に専念してくれ」
「ですが……」
「あと、今日の演習は中止だと伝えておく。 さっきみたいに捕まらないよう帰るんだぞ」
「……」
「これも今度の武闘祭を開催する為だ。 聞き分けてくれ」
「……承知しました」
そうだ、私はまだ見習いだ。
しかも魔力を持っていないただの人間、出しゃばった所で出来ることはない。
「そうだ、今度の武闘祭に出るつもりらしいな。 俺からも推薦書を出しておく」
「良いんですか?!」
「あぁ、期待してるぞ」
「ありがとうございます!!」
「爵位を取り戻す為なんだろ? 本当ならまだ表舞台に出したくないんだが仕方ない」
閣下は口の端を上げ、私の手を取り甲に口づけた。
「えっ……」
「心労は増やしたくない。 頼むから武闘祭までは目立たないように心掛けてくれ」
「は、はい……」
「よし」
なんですかその意味深な笑みは。
閣下の側に居るのが一番危険だと思うんだけど。
こんなの、心臓が幾つあっても足りない。
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