引き寄せられる縁
「ロゼは俺が魔力なしだってわかってたのか……?」
「根拠はないですけど、貴方の置かれている境遇は安易に想像つきます」
「そっか……」
ディルは苦笑いを浮かべた。
ボロボロの衣服から覗く痣や傷。
『魔法では治せない』と聞いた時の反応。
それを知っているのは、身内にセロがいるか体感しているかのどちらかだ。
ディルは自分の正体がバレて、困惑した表情で俯いてる。
このままだと口を噤んでしまいそうだ。
私は昔母がしてくれた様にディルの頭をよしよしと撫でた。
「大丈夫ですよ。 ちゃんと貴方の味方です」
するとディルがハッと弾かれた様に顔を上げた。
夜と同じ色の瞳に私が映り込む。
「私は閣下みたいな地位も力も持ってません。 でも話位なら聞けます。 だから、話を聞かせてくれませんか?」
徐々にディルの目尻が赤く染まり、涙がゆっくりと頬を伝う。
肩を震わせるディルをそっと抱きしめると、そのまま腕の中で嗚咽を漏らした。
「……私、何か食べるもの買ってくるから、お祖父様の所に戻っててくれる?」
「でも……」
「大丈夫、ちゃんと食べられるもの買ってくるから」
「……ありがとうございます」
フェリス様はきっと私達を気遣ってくれたんだ。
ディルもそれに気づいたようで、ゴシゴシと懸命に涙を拭う。
「場所を移しましょうか」
「……うん」
私達はなるべく目立たないよう表通りを避けて、ロダム様の所へと向かった。
◇◇◇◇
ロダム様は戻ってきた私達を見てひどく驚いてたけど、事情を説明すると快諾してくれた。
「風呂に入ってこい。 話はそれからでも良いだろう」
「……ありがとうございます」
「うむ、ちゃんと礼儀はなってる様だな」
深々と頭を下げるディルに、ロダム様も好感を持ってくれたみたいだ。
フェリス様の帰りを待つ間、私はロダム様に状況を説明した。
「そうか、やはり儂が届けた方が良かったかの」
「いいえ! 私が勧んでやったのですから良いんです。 ただ、『魔晶石を貰った』という言葉が引っかかって……」
「魔晶石を?」
私はディルから預かっておいた小石程の魔晶石を掌に乗せてみせた。
「うむ……確かに微かな魔力反応を感じるな。 これをセロに渡したというのか?」
「はい。 本物なら例え欠片でも無償で渡すなんて事にはならないのでは……」
ロダム様は顎髭を撫でながら眉間に皺を寄せた。
「まぁあやつから詳しい話を聞いてみよう。 儂も気になるからの」
「ただいま! お昼ご飯沢山買ってきたよ!」
大きな紙袋を抱えてフェリス様も戻ってきた。
とにかく今はお腹を満たして、状況を整理していこう。
でもその内容は思っていたより深刻そうだった。
「魔晶石を取り込んで魔力を得るなんぞ聞いたことないぞ……」
「でも俺にくれた奴はそう言ってたんだ」
ディルはベーコンを挟んだパンを頬張りながら説明を続ける。
「いつもみたいに食べ物を探して裏町を歩いてたら、突然黒いフードを被った男に呼ばれたんだ。 そしたら『この魔晶石も一緒に飲めば魔力を得られる』って食べ物と渡されて……」
「じゃあさっきディルを追いかけてた男達はその話を聞いてたから?」
「多分そうだと思う」
コップに入った牛乳を一気に飲み干し、ディルは大きく息を吐いた。
「ロゼ達には魔晶石を食べる習慣はないのか?」
「聞いたことないです。 というかそんな事して本当に魔力を持てるのかが疑問です」
フェリス様達は魔力入りの料理を食べればある程度魔力が回復するのだから、わざわざ魔晶石を食べる必要はない
でも魔力を持たないセロが、『これで魔力が手に入る』と聞いたら。
きっと食べるに違いない。
でもセロにはそもそも魔力を貯める器がない。
魔力の入った食べ物でも体調を崩すのに、魔晶石で本当に魔力を持てるようになるのかな。
何だかすごく嫌な感じがする。
「一度閣下に報告したほうが良いですよね」
「そうだな、他にも知ってる事があるかも知れん」
「それまでディルをどうしようか……」
「それは大丈夫だ。 しばらくうちで預かろう」
「お祖父様! 良いんですか?」
「あぁ、他にも聞かなきゃならん事があるかもしれんしな。 噂の出処がわかるまでだ。 勿論手伝いはしてもらうぞ」
「……俺でもいいの……?」
「鍛冶仕事は力仕事だ。 勿論役に立たなければそれまでだがな」
「俺、頑張ります!!」
「あぁ、そうしてくれ」
「ロダム様、ありがとうございます!!」
「気にするな。 真相が分かったら教えてくれ」
「はい!」
そうしてロダム様は奥の部屋へと戻っていった。
するとディルも立ち上がり、私達に深々と頭を下げた。
「ロゼ、フェリス、本当にありがとう!」
「いえ、後は貴方次第です。 頑張って」
「うん!!」
ディルの瞳に光が灯された。
ディルの見送りに手を振って、私達は育成所へと戻ることにした。
「フェリス様、ありがとうございます」
「私はなにもしてないよ。 ただお祖父様は長いこと独りだったから、ディルならいい話し相手になるんじゃないかな」
「それならセロでも出来るから……?」
フェリス様は小さく笑った。
その笑顔に、私は思わず泣きそうになってしまった。
その日の晩、私は今日の事を記した手紙を、オレンジピール入りマフィンの隣りに置いた。
閣下が気付いてくれるかはわからないけど、出来れば直接会って話がしたい。
この胸騒ぎを早く沈めたい。
どうか受け取ってくれますように。
◇◇◇◇
今朝は厨房には行かず、別棟の演習場へと向かった。
もしも残っていたら、という不安で見に行く勇気がなかったのだ。
思わず大きな溜息をついたら、そこをアルフレッド様に見られてしまった。
「朝だというのに浮かない顔だな。長剣が重くて骨が折れたか」
「長剣の方は大丈夫です。 ただ気になる事があって……」
「そうか」
するとアルフレッド様は私の肩からサッと剣帯を外し、自身の肩に掛けた。
長剣の剣帯は通常の肩から脇へと伸びる袈裟懸けとは違って、背負い鞄のような両肩に掛ける形になってる。
突然背中が軽くなってよろけそうになった。
「アルフレッド様……」
「後は俺が持とう」
「でも……」
声を掛けてもアルフレッド様は聞く耳持たずにスタスタと先を歩いて行く。
きっと私の事を心配してくれたんだろう。
ここにも優しい人がいた。
私は気持ちを切り替えて、アルフレッド様の後を追いかけようとした時だ。
「もしかしてロゼかい?!」
「え、エメレンス様?」
聞き覚えのある声に驚いて振り向くと、背後から昨日出会ったエメレンス様が走ってきた。
「君も騎士団に所属していたとは驚いたよ! 萌黄色……という事は見習いなのかい?」
「は、はい。 これには少々理由がありまして……」
あぁ、早くアルフレッド様を追いかけないと叱られそうだ。
「でもこんなにも早く会えるなんて思わなかったよ。 もし良かったら今日の昼にでも……」
「失礼する」
不機嫌そうな声と共に、エメレンス様の身体がグイッと後ろへ下がった。
私から引き剥がす様にしてエメレンス様の肩を引いたのは、まさかのキアノス閣下だった。




