数奇な出会いを引き連れて
「貴方は……?」
十二、三歳程の少年は、お世辞にも身綺麗とは言い難い。
でも切れ長の瞳がとても印象的だった。
そんな少年は縋るように私を見上げた。
「お姉ちゃん狩猟者なんだろ? お願いだから助けて!!」
長剣を背負ってたから誤解されてるみたいだ。
これは預かり物だから了承なく使うわけにはいかない。
討伐の依頼なら、町にいる警備兵や巡回中の騎士に頼むしかない。
「ごめんなさい、何か困った事があるなら他をあたって……」
「よくもこんな上玉を見つけたもんだ。 道案内ご苦労さま」
見知らぬ男性に声をかけられ顔を上げた。
すると下卑た笑みを浮かべる男集団がこちらに向かって歩いて来た。
「……ご兄弟、というわけじゃないですよね」
「あ、あいつらが俺の魔晶石を取り上げようとしてきたんだ!」
「魔晶石?」
男達を見て少年は私の後ろに隠れ、頷いた。
一人一人の図体はでかいけど、武器らしきものは見当たらない。
でもこれらが集団となって囲まれたらひとたまりもない。
「おいおい人聞きの悪い事をいうんじゃねぇよ。 お前みたいなガキには勿体ないから俺達が使ってやるって言ってんじゃねぇか」
「これは俺が貰ったんだ! お前らなんかに渡すか!!」
「何だとぉ?!」
逆上した一人の男が、私の後ろに隠れる少年に向かって拳を振り上げた。
でも直ぐ様リーダーらしい長髪の男がその手を掴んだ。
「まぁまぁここは穏便に話そうや。 お嬢ちゃん達、大人しくそいつを渡してくれたらここは見逃してやる。 どうだ?」
恭しく振る舞ってるけど、人相の悪さから全く信用ならない。
どうせ後から捕まえる気なんだろう。
なのでここは少年の方につく事にしよう。
「フェリス様、この子と一緒に何処かで隠れててください」
「何言ってるのよ、私だってそれなりに魔法は使えるのよ?」
小悪魔のように笑う所をみると大丈夫そうだ。
「ロゼの方こそ大丈夫?」
「勿論です。 三分もいりません」
「おいおい、まさかこんな町中でそんな物騒なもん振り回す気じゃねぇよな?」
「そんな事しませんよ。 拳で充分です」
右手をグッと握って見せると、男達は青筋を立て顔を引き攣らせた。
「このアマァ、調子に乗りやがって!」
すると男達が一斉に腰から下げてた短剣を取り出した。
物騒なのはどっちだ。
「その服剥いで晒し者にしてやらぁ!!」
「それは困ります」
先ずは一番に飛びかかってきた男の攻撃を横へ交わし、薙ぎ払うようにして男の脇腹に一発蹴りを入れた。
すると水平に飛んでいった男が側にいた二人とうまくぶつかり、一緒に壁へと激突する。
うん、長剣を背負ってても身体は問題なく動く。
アルフレッド様の特訓のお陰で、想像以上に身体能力が上がってるみたいだ。
「この野郎!!」
もう一人突っ込んできた男には肘打ちで落とし、残ったリーダー格の男をジリジリと追い詰める。
「さて、恐喝罪で出頭しますか?」
「んな訳ねぇだろ!!」
すると男は突然何やら呟き、顔ほどの大きさの氷柱を作り上げた。
「これでお前を八つ裂きにして……っぐぉ!!」
バキィン!!
氷柱を見てアルフレッド様との特訓を思い出し、身体が先に反応してしまった。
剣で弾く代わりに拳で氷柱を叩き割り、その勢いのまま男の頬も一緒に殴ってしまってた。
男はものすごい速さで壁に激突、背面に大きなクレーターを作ってその場に崩れ落ちた。
「……やり過ぎたかな」
あ、でも呻き声が聞こえるから大丈夫だ。
「お姉ちゃんスゲェや! ありがとう!!」
「ロゼってばやっぱり格好良い!! でも……」
目を輝かせたと思った途端に、フェリス様はムッと顔を顰めた。
「無茶しちゃ駄目だって言ったでしょ!」
「あっ」
そう言えば節の所がヒリヒリすると思ったら、じんわりと血が滲んでいた。
さっき氷柱を殴った時に切ったんだ。
フェリス様は頬を膨らませつつ、傷口にハンカチを巻いてくれた。
「魔法で治してあげられないんだから気をつけて」
「申し訳ありません……」
「お姉ちゃんて……、まさかセロ、なの?」
「…………だったらなんです?」
冷ややかな視線で少年を見ると、彼は『しまった』と口を抑え、言葉を詰まらせた。
「私は何を言われようと構いません。 ですが一緒にいるフェリス様の迷惑に成りかねないので、安易に口にしないで下さい」
「ごめんなさい……」
町には色んな人がいて、誰が何処で聞き耳を立ててるかわからない。
伯爵令嬢がセロと一緒にいるなんて噂になったら、その地位を落とすきっかけになるかも知れない。
そうなったらもう、守れなくなってしまう。
「ロゼ、ありがとう。 私なら大丈夫だから、これ以上怒らないであげて」
眉を下げて笑うフェリス様にギュッと胸が苦しくなった。
見ると少年が瞳を潤ませて俯いてる。
確かにちょっと大人気なかったな。
私は溜息一つついて気分を切り替える。
「さて、問題は解決しました。 もし良かったら追われていた理由を話して……っと」
すると騒ぎを聞きつけたのか、複数名の男性が慌てた様子でゾロゾロと集まってきた。
深緑の制服、王立騎士団の騎士達だ。
すると少年が再び私の後ろに身を隠した。
「お嬢さん方、お怪我はないですか?!」
「えっと……、大丈夫です」
すると先程指揮をとっていた金髪の青年が私達の方に駆け寄ってきた。
背負ってる長剣に気付いたんだ。
私はフェリス様と少年を隠すようにして騎士の前に立った。
「失礼ですが、もしかして……あれは貴女が?」
「はい。 子どもを恐喝していたので手助けしたんです。 因みに剣は一度も抜いてません」
「彼らを見てるとそのようですね。 しかも魔法を使った痕跡もない。 よくこれだけの人間を生身で相手しましたね」
青年は青い瞳を細め、少しあどけない笑顔を見せた。
身長はあるけど、閣下よりかは年下かも。
チラリと周りを見てみると、私が倒した男達が次々に拘束されている。
「彼らのターゲットは女子供ばかりなので、なかなか我々の前に現れなかったんです。 面目ないですが、とても助かりました」
どうやら直感が当たってたみたいだ。
やり過ぎたかと思ってたけどこれで良かったらしい。
お咎めなしならさっさと退散しよう。
「では私達はこれで……」
「あの!」
「はい、何か?」
「もし良ければ、名前を伺っても?」
「えっと、ロゼ・アルバートです……」
「僕はエメレンス・アンカスター。 『緑の騎士』の部隊長をやってます。 もし何かお困り事があれば声をかけてください」
「はぁ……」
エメレンス様は、騎士らしく胸に手を当て頭を下げた。
『緑の騎士』。
それは見習いの私達が次に目指す部隊だ。
そのトップがこんな優しそうな人だなんて驚きだ。
するとフェリス様が突然後ろから私の腕にしがみついた。
「ロゼ! この子、お腹すいたみたいだからそろそろ行こう?」
「そうなんですか?」
「うん。 それではエメレンス様、私達はこれで失礼致します」
「はい、またお会いできる日を」
爽やかな笑顔に見送られ、私達は少年を連れてその場を後にした。
「ロゼってば無防備過ぎだよ」
フェリス様が何だか不機嫌そうだ。
「何が無防備なんです?」
「あの人、ずーっとロゼの事見てたの、気づかなかったの?」
「ずっと? ということはやはりあれは尋問だったんですね。 やっぱり私みたいなのが長剣背負ってたら怪しいですよね」
「そういう意味じゃないよっ、ロゼに気があるって事だよ!」
「……気があるって?」
「好きになっちゃうかもしれないってこと!」
「……それは無いですよ。 私はセロなんですから」
疎まれ役のセロを、誰が好きになると言うのだ。
加えてこんな凹凸の少ない貧相な私が、誰かのお姫様になるなんて有り得ないんだから。
それよりも気になることがあった。
『魔晶石を貰った』
さっきから少年の言葉が引っかかっていた。
家庭内にも魔晶石が普及してきていると言っても、まだまだ高価で取引されている鉱物だ。
それを赤の他人にタダで譲るなんて普通では考えにくい。
私は足を止め、少年に向き直った。
「そう言えばまだ名乗ってなかったですね。 私はロゼ、こちらがフェリス様です。 貴方、お名前は?」
「……ディル」
「ディル、良かったら話してくれませんか? 貴方が持ってるその石の事」
「……」
「そして貴方の正体も」
「え……」
「貴方もセロなのでしょう?」
ディルは一瞬身を硬くしたけど、私達の顔を交互に見て小さく頷いた。




