長剣を背負う子爵令嬢
「ロゼってば、何かいいことあったの?」
「え?! いえ、今日は久々の休みですから……」
「そう? いつもより表情が柔らかいから何かあったのかなって」
鋭いツッコミに、私はコホンと咳払いをして躱す。
「こんな可愛い格好して出歩くのが恥ずかしいんです」
「何言ってるの! ロゼは可愛いんだからもっと自信持って! そのドレスもよく似合ってるよ!!」
「ありがとうございます……」
というのも、長剣を受け取りに行く打ち合わせをしていた時だ。
フェリス様が私に外出用のドレスが何着も貸し出してくれたのだ。
フェリス様いわく、『制服は目立つから』というので、今回は令嬢らしく二人でおめかしして行く事になったのだ。
「こんな高そうなドレス、本当にお借りして良かったんですか?」
「勿論! 私も初めて友達と町に行くから一緒に楽しみたかったし」
「友達……」
「……駄目、だった?」
「滅相もないです! 大変光栄です!!」
「ありがとう!」
伯爵令嬢にこんなにも慕ってもらえるなんて未だに信じられない。
それはフェリス様だけじゃなく、閣下にも思うこと。
閣下は『ごちそうさま』とか『君を守る』とか、一生聞けないと思ってた言葉をくれた。
それは父への恩義があっての事だと分かっててもやっぱり嬉しい。
こんな生活がいつまでも続く事を願いたい。
「ねぇねぇお嬢さん達、良かったら一緒にお茶でもしない?」
といってもこういう類は遠慮したい。
三組目は人の良さそうな男性二人組。
彼らもフェリス様の可愛さに惹かれたみたいだ。
幾ら断っても次々に引き止められてしまうので、目的地になかなか辿り着けないでいた。
「申し訳ありません。 この後用事がありますので」
フェリス様に怪我でもさせたらアルフレッド様に叱られる。
私はフェリス様の前に立ち、丁重にお断りした。
「そう言わずにさぁ、こうして出会ったのも何かの縁だろうし……」
それでも引かない男性の一人が、私の肩にスルリと手を這わせた時だ。
「離して下さい」
怒りを込めて呼び掛けると、男は次の瞬間、青い顔をしてドシン!と尻もちをついた。
そして瞬時に笑顔を作った。
「……ごめんなさい。 先を急いでるので他を当たってください」
「は、はい……」
「では失礼します」
そう言って私はフェリス様の手を引き、再び町の中を歩き出した。
撫で回すような手つきが気持ち悪くて、つい殺気を放ってしまった。
この短期間でアルフレッド様の癖が移ってるみたいだから気を付けなきゃだ。
「ロゼ、ありがとう」
「お安い御用です」
フェリス様は花の様に愛らしく笑った。
せいぜい私が出来るのはフェリス様を守る事ぐらい。
せめて私が側にいる時は、笑っててくれるよう尽力しよう。
いつの間にかフェリス様に手を引かれ、色々な店を見つつ石畳の道を歩いていく。
あれから何度か声をかけられながらも、いつの間にか賑やかだった中心街から離れた場所に来ていた。
目の前にあるのは普通の民家とそこまで差異のない石造りの建物。
鍛冶場と聞いてたからもっと大きいのかと思っていた。
「本当にここですか?」
「うん。 もう引退したから極力目立ちたくないんだって。 ロダムお祖父様ー? どこですー?」
フェリス様は裏へと回り裏玄関の扉を開けた。
すると鍛冶道具に囲まれながら煙草をふかす、白髪髭の老人が木椅子に腰掛けていた。
ただ老人と言っても腕は青年男性の太もも位に太い。
加えて眼光も鋭いから一瞬怯んでしまった。
「お祖父様、先日お願いしたものを受け取りに来ましたわ」
「なんだ、フェリスか。……っと、隣の娘さんはどちらさんだ?」
「お初にお目にかかります。 ロゼ・アルバートです」
背筋を伸ばし挨拶をすると、ロダム様はフェリス様と同じ水色の瞳を大きく開いた。
「こんな細っこいのがルカスの娘か……?」
ロダム様の反応に、フェリス様がクスクスと笑った。
「こう見えてもロゼはものすごく強いのよ」
「本当か?」
ロダム様は一度奥へ入り、しばらくして両手に長剣を抱えて戻ってきた。
「ほれ、頼まれてたものだ」
私は鞘に収められた剣を受け取った。
持った瞬間は少し重くも感じたけど、それもすぐに馴染んでしまった。
「あの、素振りとかする所とかありますか?」
「まさかお前さんがそれを使うのか?」
「駄目ですか?」
「いや……、素振りなら裏庭を使ったら良い」
案内された裏庭は、広々としていて綺麗に整地されていた。
この剣を振るうには少し手狭だけど、素振り程度なら問題ないだろう。
身の丈程の長剣を鞘から剣を引き抜くと、自分の姿が映るほどに磨かれた刀身に思わず見惚れてしまった。
昔はここに父の姿があったのかと思うと感慨深い。
私は長い柄を握りしめ、長剣を振るった。
重心の位置、刀身の長さ、握った感触。
これまで使っていた父の剣と大差ない。
ううん、今のものよりずっと使い心地がいい。
「この剣、本当に素晴らしいです! ロダム様、ありがとうございます!!」
「あ、あぁ……そいつは良かった」
ロダム様が何だか呆然としてる。
私みたいな見習いが使っちゃ良くなかったかな。
私は剣を鞘に収め、ふぅっと溜息をついた。
「まぁ、また扱える人間が出てきたなら作った甲斐があったってもんだ。 柄に付ける魔晶石が決まったら付けてやるから持ってきなさい」
「ありがとうございます!」
これを作ったのはロダム様だったんだ。
さすが王家御用達の刀鍛冶師だ。
朗らかに話すロダム様の期待に応えられるかはわからないけど、 いつか私の剣も作ってもらえる日がきたらいいな。
私は長剣を背負い、ロダム様に改めて頭を下げ、工房を後にした。
久々の感触に手こずるかと思ったけど案外平気そうだ。
「ロゼ、良かったね」
「フェリス様のお陰で素晴らしい職人さんに会えました。 本当にありがとうございます!」
「ロゼに喜んでもらえて良かった」
そう言ってフェリス様は、いつものように私の腕に抱きついた。
本当に可愛い人だな、と思う。
それにしても、やっぱり目立ちすぎる。
街歩き用といってもドレス姿だし、女性が身の丈に近い長剣を背負っていたらやっぱり目についてしまう。
これは早く帰ったほうが良さそうだ。
ドン!!
すると横から何やら大きなものがぶつかってきた。
「お姉ちゃん! 助けて!!」
驚いて斜め下に視線を向けると、そこには大きな黒い瞳の少年が私の服を掴んでいた。




