手紙と料理に思いを込めて
初めて見せてもらったアルフレッド様の魔法は、直径一メートルはあるだろう巨大な氷の塊だった。
それも軽く手を上げただけで私の頭上に生成したのだ。
そしてびっくりしてる暇も与えず、本人が斬り込んでくる。
これはもう死ぬ気でやらなきゃだ。
「遅い! ツメが甘いぞ!」
「申し訳ありません!!」
「次は五分だ。 しっかり逃げろ!」
「はいぃ!!」
アルフレッド様がスッと手を振り下ろすと、宝石の様に輝く氷柱が幾つも出来上がり、私を追い詰めてくる。
この状況下を五分間耐え抜くという恐怖の特訓が始まる。
「『炎剣』!」
私は片手半剣の柄を力一杯握り締め、刀身を赤に染めた。
魔晶石の力で熱を帯びた剣は、襲い来る氷柱を次々と薙ぎ払う……と言いたいけど、氷柱の威力が強すぎて剣が弾かれてしまった。
こうなったら逃げ続けるか、もう一度魔法をかけるかだ。
でもアルフレッド様の攻撃は止まらない。
今の私では剣を拾って逃げるのが精一杯だった。
◇
「この一週間でよく逃げ切れる様になったな。 なかなかなるじゃないか」
「あ、ありがとう、ございます……」
「だがやはり今の魔晶石とは相性が悪いな。 早急に魔力を吸収出来る方を用意しよう」
「よろしく、お願いします……」
私は何とか今日も猛攻を逃げ切り、ごろりと地面に転がった。
思った通り、アルフレッド様は手厳しい。
でもお陰で体力と身体能力の底上げができた。
加えて魔力なしには、魔晶石の魔力を存分に引き出せない事も判明した。
そこで浮かんだのは魔力を吸収する魔晶石だ。
アルフレッド様の様に魔力を持つ人間が持つと、自分の魔力が徐々に吸収されていくらしい。
その為ずっと敬遠されがちだった。
でもそれをセロが使ったらどうなるか、アルフレッド様は今それを検証しようとしている。
長年騎士団にはセロが不在だったので、今回私が抜擢されたらしい。
魔晶石はどれほどの量の魔力を吸収できるのか。
実証実験のついでに特訓を受けているけど、下手したら実証する前に死んでしまいそうだ。
◇◇◇◇
「明日は一日休日にするから、フェリスと長剣を受け取りに行ってくれないか?」
「承知しました!」
一週間ぶりの一日休みに胸が踊る。
爵位を取り戻す為にも大会で功績を残さなきゃならない。
休んでる場合じゃないのはわかってるけど、適度な休息も必要だ。
それにフェリス様とお出かけなんてなんて贅沢な休日だろう。
私が嬉々としていると、アルフレッド様は表情を曇らせた。
「本当は俺が行こうと思ったんだが、フェリスがどうしても君に来てほしいと言ってるんだ……」
そうか、フェリス様に会えないから落ち込んでるんだ。
この二人も何とかなればいいのにな。
◇◇◇◇◇◇
「ようやく羽を伸ばせるのか。 折角だし後でおすすめの店を紹介してやろう」
「ありがとうございます!」
頭を下げると、バッカスさんに頭をグリグリと撫でられた。
最近は調理のアドバイスもくれるようになり、私を一人の騎士として接してくれている。
本当に有り難い話だ。
ここ最近は心身ともに疲弊していたので、なかなかまともにご飯が作れずにいた。
なので今夜は久しぶりに、ユーリ様が手配してくれた特製ブレンド粉を使ってパンを作る事にした。
この粉のお陰で発酵時間も短くなって、作業がグンと楽になった。
「そういや閣下もあんたの事を心配してたぞ」
オーブンにパン生地を入れた所でバッカスさんはそう呟いた。
「……閣下が?」
「厨房に何度か顔を出して、あんたの様子を聞きに来てたぞ」
「そう、ですか……」
「何だ、嬉しくないのか?」
「いえ、こうして誰かに心配してもらえるなんて幸せだな、と思っただけです」
閣下が心配してくれてると聞いて、顔が見たくなったというのは内緒にしておこう。
「あ、あの、閣下って、いつ頃ここに来られたんですか?」
「バラバラだ。 昼間に顔を出すこともあれば夜にフラフラになって来ることもある」
「そうですか……」
やっぱり忙しいみたいだ。
これじゃあ時間を合わせるのは難しそうだ。
「何か言いたいことでもあるなら手紙でも書いたらどうだ?」
「手紙……!」
思いがけない提案に胸が高鳴った。
すると何やら気がついたバッカスさんが、ニヤ二ヤと私に近づいてきた。
「何だ、逢引の約束か?」
「違います!! その……、ずっとお礼を言いそびれてたのでそれを書くんです!」
「何だ、残念。 まぁ俺からで良ければ渡しておくが?」
「ありがとうございます!」
そこで私は一旦部屋へと戻り、机の引き出しから便箋を取り出し筆をとった。
話したい事は色々あったけど、長くなりそうだからシンプルにまとめておこう。
そうして私は伝言という名の手紙をバッカスさんに託した。
その間に焼き上がったパンは、ジャムサンドと玉子サンド、ハムサンドにして保冷庫に置いておこう。
これならいつでもすぐに食べられる。
でも今回はそれだけじゃない。
私は全種類を一つずつ別の容器に入れ、保冷庫にしまった。
『先日は美味しい玉子焼きをありがとうございました。 お礼にはなりませんが、よければどうぞ』
そう手紙に書いておいたのだ。
気付いてくれるかな。
本当なら閣下に自分の料理なんて勧めるべきではない。
だけど、スープを飲んだ時の表情がまだ忘れられなかった。
少しでもお腹の足しになればいいな。
そんな事を思って調理をしたのは初めてだった。
◇
次の日、準備を済ませると一番に厨房へと向かった。
するとタイミングよくバッカスさんとかち合い、バッカスさんから白の封書を預かった。
「あんたが帰った後にフラフラしながら閣下が来てな。 手紙渡したらえらく嬉しそうにしてたぞ」
紙を受け取り急いで保冷庫を開けてみると、別容器に入れておいたサンドイッチが無くなってる。
ドキドキしながら紙を開いてみると、『ごちそうさま。 おいしかった』と男性らしい筆跡で書いてあった。
その瞬間、ブワッと身体の奥から熱いものが込み上げてきた。
人に食べてもらえる事、それを美味しいと言ってもらえる事がこんなにも嬉しいんだと改めて思い知らされる。
どうしよう。
既に次の作り置きメニューを考えてしまってる。
こんなニヤけた顔でフェリス様に会っても大丈夫かな……。




