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忘れられない約束

 閣下と父との繋がり、そして閣下だけが知る父の最期。

 そこには驚きしかなかった。

 でもようやくストンと胸の中に落ちた。


 閣下にとってずっと『贖罪』を背負ってきた。

 

 七年前の事だし、きっと誰も覚えてない。

 しかも娘はセロなんだから、そのまま放置してても問題なかった筈なのに。

 

 なのに罪悪感を抱えて生きてきたんだと思うと、それ以上は責められなかった。


 どちらかというと、父の事で苦しむ顔を見る方が辛かった。


 私を良くしてくれる人が傷つく姿は見たくない。

 だからもう過去に囚われないで欲しい。


 父だってこんなに苦しむ閣下を見たら、それこそ『何やってんだ』って水をかけるんじゃないかな。

『お前が無事ならそれでいい』って笑う筈だ。

 

 だから私は閣下に「生きて欲しい」と伝えた。

 そしてその姿をそばで見ていたいと思っただけなんだけど……。



「ロゼ、大丈夫か?」


「は、はい……っ」



 気づけばまだ閣下に手を握られたままだった。

 同時に小指に柔らかい唇が触れたのを思い出して頬が熱くなっていく。


 私の『騎士の誓い』と違って、閣下の「騎士の誓い」は情熱的で、まるでおとぎ話の王子様のようだった。

 いやいや、さっきの話だと閣下は元王子なんだから、気品があるのは至極当然。

 私は頭を振ってときめきを振り払う。



「あの、これまでも充分助けて頂いてますので、仰々しく騎士の誓いを立てる必要はないかと……」


「駄目か?」


「だ、駄目じゃないですけど……」



 紺青の瞳は、真っ直ぐと私を捉える。

 困った、どう返事したら良いんだろう。


 すると閣下は、私の手にスルリと指を絡め優しく握った。



「ルカス殿の代わりを担うつもりだったが今は違う。 これは俺の意志だ。 生涯かけて君を守るから、側にいさせてくれないか」



 相手は公爵閣下、加えて美青年。

 そんな人にジッと熱い視線を注がれて断れる筈がない。


 しかも嫌じゃないから余計に困る。


 

「わ、わかりました……」



 声を振り絞って何とか返事を返すと閣下は小さく笑い、握っていた私の手の甲にも優しく唇を当てた。 


 どうしよう。

 嬉しそうに目を細める顔が目に焼き付いて、この後ちゃんと眠れるのか不安になってきた。

 



◇◇◇◇◇◇




 ようやく療養期間が明けて兵舎へと戻ったものの、睡眠不足で身体が重い。

 先日の事を思い出す度に身体が熱くなって、なかなか寝付けなかったのだ。

 

 いくら父の事があるからといって、セロの私に騎士の誓いを立てるなんてどうかしてる。

 そう思いつつも、足元がフワフワしてる。

 正直、嬉しいと思う自分もいた。

 

 だからといって、このままお姫様みたいにじっと守られてるつもりはない。

 私だって閣下を守るって誓ったんだから、多少危険な目に遭うことになっても目を瞑ってもらおう。



「ロゼ!!」



 復帰の報告を終えて事務室からでてくると、フェリス様が笑顔で駆け寄ってきた。


「もしかして迎えに来てくださったんですか?」


「うん、昨日キアノス様から聞いたの!」



 閣下の名前を聞いて思わずピシリ、と体が硬直した。



「どうしたの?」


「いえ、何でもありません」



 あの日以来、閣下の事を思い出すと心臓がせわしなく脈を打つ。

 なので咳払いをして何とか場を濁した。



「ねぇ、療養期間中はどこにいたの? 部屋に何度か行ったんだけど、返事がないから心配したんだよ?」



 率直な質問に思わずむせてしまった。

 すると、あの見目麗しいフェリス様がジトッと白い目で私を見る。



「……まさかまた無茶したの?」


「違います! 急遽閣下のお屋敷に行くことになって……」


「キアノス様の?」



 すると医務室でのやりとりを思い出したのか、フェリス様はぷくっと頬を膨らました。



「もう、キアノス様ったらロゼを独り占めしてたのね? ズルいわ!」


「誤解です! たまたまユーリ様に用事があったんです!」


「ホントに?」


「本当です!」



 うん、嘘は言ってない。

 この間に魔晶石の鑑定をお願いしてたんだし、閣下とはあの時以外は大して話してない。

 だから独り占めされてた訳じゃないと思う。



「私は、フェリス様に会えなくてすごく寂しかったです」



 これだって嘘じゃない。

 同世代の女性とここまで関わることがなかったので、色々と話してみたかった。

 アルフレッド様とどうなったのか、とか。 

 

 するとフェリス様はポッと頬を染めて私の腕にギュッと抱きついた。



「もう、そんな事言われたら何もいえなくなっちゃうでしょ!」


「は、はは……」



 男女問わず支持の高いフェリス様がセロの私と一緒にいるもんだから、やっぱり周囲は奇怪な目で見てくる。


 でも一週間も休んだおかげか、以前よりかは目立ってないみたいだ。



「ロゼ・アルバートじゃないか!」



 背後からハリのある声で呼ばれて、周囲の視線が一気に集まった。



「リ、リーヴェス教官……」


「いやぁ、この前は大人気なくて済まなかった。 体調を崩したと聞いたがもう大丈夫なのか?」


「はい。 私の方こそ先日の無礼をお許し下さい」


「そんなに畏まらなくていい。 私もまだまだだと気付いたよ。 また今度手合わせをしてくれ!」


「そんな、恐れ多いです……」


「謙遜するんじゃない、君の腕は一流だ!」



 目を輝かせて語るリーヴェス教官からは、一切悪意は感じない。

 純粋に褒めてくれてるんだろうけど、せめて声量を落として欲しいな……。


 静かに過ごしたかった私の気持ちを他所に、リーヴェス教官は嬉々として話を続ける。



「君程の実力者が出れば武闘祭はかなり盛り上がるぞ。 折角だし検討してみてはどうだ?」



 そういえば閣下が今年どうするかと悩んでたな。

 あれからどうなったんだろう。



「今年は開催されるんですか?」


「今の所はその予定だ。 やはり出る気か?」


「いえ、一体どんな内容なのかと思いまして……」


「例年だと武闘祭はトーナメント式で行われる。 そこで優勝した者は昇格出来る仕組みだ。 通常なら昇格するには筆記やいくつかの実技試験に合格しなければならないが、優勝者はそれらが免除になる。 ちなみに私も優勝経験者だ」



 そういってリーヴァス教官は鎧のような肉体美を見せてくれた。


 筆記試験が苦手な私にとっては有り難い話だ。

 それに優勝すればその功績が認められて、爵位を取り戻せるかもしれない。

 これは参加する価値がありそうだ。



「リーヴェス教官、参加するにはどうしたらいいんですか?」


「指導者三人分の推薦書があれば可能だ。 一枚は私が書いてやれるが、後二枚をどうするかだな……」



 推薦というからには、私の実力を認めてくれてる人じゃないと駄目か。

 これまでの感じだと、ここにはセロに嫌悪感を抱いてる人が殆どの筈。

 そもそも昇格試験に参加させてもらえるのかも疑問だ。



「キアノス様とアルフレッド様に頼んでみたら?」



 云々と考えていたら、フェリス様が隣りで手を打った。



「あの二人ならきっと協力してくれるわ。 私も一緒に頼んであげる!」


「キアノス閣下とアルフレッド副官にだと?! 一体どういう事だ?!」



 驚愕するリーヴェス教官の声が辺りに響き渡った。


 それも叫んだのがあの二人の名前。

 またもや視線が私達に集中してしまう。



「ロゼ! あのお二人とはどういう関係なんだ?!」


「ただの知り合いです……」


「推薦書を頼めるような間柄が『ただの知り合い』な訳ないだろう!」



 実は閣下に拾われた元子爵令嬢です。


 なんて言える訳が無い。

 その前に声を抑えてもらわないと、どんどん人が集まってきてしまう。

 早く話題を逸らさねば。


 

「そういえば閣下やアルフレッド様は大会に出場されるんですか?!」


「『黒の騎士』になりたいって人がいたらきっと舞台に立つと思うわ。 ただあのお二人に立ち向かう勇気があればの話だけど」


「確かにここ何年かは来賓席に座ったままだな。 可能ならばあの方々の剣技を見てみたいが、そんな命知らずはなかなか居ないだろう」



 ご尤もだ。


 そんなの危険種の魔物の大群に飛び込むようなもの。

 まだまだ命は惜しい。


 

「あら、ロゼなら案外いけるかもよ?」


「絶対無理ですよ!!」



 するとフェリス様の言葉にリーヴェス教官まで真面目な顔して考え始めた。



「……いや、数年後にはあり得るかもしれない。 その時には私はロゼと打ち合った一人目として名があがるかもしれないな」


「何だ、その気があるなら話が早い」



 声を聞いてブワッ!と悪寒が背中を疾走った。

 

 恐る恐ると後ろを振り向くと、そこには相変わらず眉間に大きな皺を寄せたアルフレッド様が立っていた。

 



 

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