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その男の正体は

 辿り着いた先はシヴェルナ王立騎士団の天幕。

 そこには、私を抱える男とよく似た軍装を着た男達が大勢いた。

 羞恥で顔を覆っていても、感じる視線。

 早く下ろしてほしい……。



「ユーリは何処だ。 すぐに来てくれ」



 すると声を聞きつけ、軍装とは少し違う装いの男が慌てた様子で駆けつけた。


「キアノス閣下! 一人で一体どこへ……って、その方は……?」


「刀剣狼に襲われていた。 すぐに手当を」


「承知しましたっ」


 二人の会話を聞いて思わず目をむいた。

 シヴェルナ王国ではきっと知らない者はいない。


 シヴェルナ王立騎士団団長を務めるキアノス・ブランディ公爵。

 彼は国随一の剣豪で、『冷血の貴公子』とも呼ばれている。

 魔物を見れば容赦なく切り捨てるその姿は冷酷無比で、剣を握る手は常に魔物の血で赤く染まっているらしい。


 なんてことだ!!



「公爵様! もう歩けますので下ろしてください!」


「いいから大人しくしてろ」



 眉間の皺が更に増えたので、これ以上抵抗するのは諦めよう。

  

 私達はユーリ様に続いて側にあった天幕の入口をくぐった。

 中は想像以上に広く、弓や剣、防具などがたくさん並べられている。

 どれも見たことのない洗練された物ばかり。

 何年も同じ武器を使い続けていた私にとってはまるで宝庫のように見えた。



「閣下、こちらへ」



 ユーリ様が一人用の腰掛け椅子を持ち出すと、公爵様はようやく私を下ろしてくれた。


 ここで怪我の処置されるんだろうけど、見た感じ包帯などの救急用品が見当たらない。

 これはまずいかもしれない。



「あの! 治癒魔法は結構ですので、包帯だけ巻いて頂けませんか?」


「君は剣士だろう。 今後も討伐を続けるつもりならちゃんと治しておけ。 ユーリ、頼む」


「はい」


「や、待って下さい!!」


「直ぐに終わりますから」



 そう言ってユーリ様が私の腕に右手をかざした。

 小さな声で何かを唱えると、その手が優しく輝き出す。

 その光が私の傷周りに広がっていく。


 温かい。

 すごく心地良い。

 腕の痛みが徐々に引いていく。


 けど、代わりに気分が悪くなってきた。



「お願いします。 ……もう、止めて……」


「おい、大丈夫か?!」



 グラリと視界が歪み、身体の力が抜けていく。

 前のめりに倒れかけた所を、公爵様が抱きとめてくれた。



「顔が真っ青だぞ! どうした?!」


「……セロなので、魔法をかけられると体調が……」


「セロだと……?」



 シヴェルナでの治療方法は主に薬だけど、魔法が使えればその方が早く治すことが出来る。

 勿論セロにも治癒魔法は有効だ。

 でもセロには魔力を貯める器がないので、治癒が完了するよりも先に、魔力が毒素になって体調不良を引き起こすのだ。


 私はグッと力を入れて身体を起こした。



「おい、無理をするな!」


「大丈夫です。傷は塞がりましたし、これで失礼します」


「青い顔して大丈夫な訳ないだろう」


「ですが、私はセロなのでこれ以上はご迷惑に……」


「馬鹿を言うな!」



 公爵様は険しい顔をして声を荒げた。



「セロであろうとシヴェルナの大事な民だ。 放ってはおけない」



 美しい紺青の瞳が真っ直ぐ私を捉えた。

 思いもよらない言葉に、私は目を大きく見開いた。


 公爵様はそのまま私の身体を横たえると、奥に置いてあった木箱の中から毛布を出してきた。



「症状を聞かせてくれ」


「……気分が悪いだけです……」


「そうか。 ユーリ、直ぐに吐き気止めと傷薬を」


「承知しました!」



 するとユーリ様は直ぐ様天幕から出ていってしまった。

 シン、と静まり返る天幕の中で二人きり。

 私は柔らかくて温かい毛布を口元まで上げて、吐き気が治まるのをジッと待った。



「すみません、大変なご迷惑を……」


「いや、我々が認識不足だった。 本当にすまない」


「やめてください! 公爵様がセロなんかに頭を下げないで下さい!」


「何故だ?」


「何故って……公爵様の立場が悪くなってしまいますから……」


「こちらが招いた不祥事に頭を下げない方がおかしいだろう」


 貴族なのに、平民に、しかもセロに頭を下げる人がいるなんて驚きだ。

 公爵様はグローブを外し、グイッと親指で私の頬の血を拭った。

 ヒヤリと冷えた指に、ドキリと胸の奥が震える。

 手が血色に染まってるというのは嘘みたいだ。


 眉根を寄せている顔は少し怖いけど、きっと心根は優しい人なんだろう。



「……君、名はなんという?」


「ロゼ・アルバート……です」



 すると公爵様が、私の名前を聞いた途端に青い瞳を大きく開いた。



「まさかルカス・アルバート子爵の娘か!」


「父をご存知なのですか?」


「そうだ……君と同じ、翡翠の瞳に赤い髪だったな。 それに顔には大きな傷もあっただろう」


「……はい!」



 まさかこんな所で父を知ってる人に出会えるなんて夢にも思わなかった。

 私の父は騎士団に所属していて、私に剣術を教えてくれた師匠でもある。

 時には稽古だけでなく、魔物の討伐にもよく連れて行ってもらった。


 それが七年前、国を揺るがす程の規模で厄災が勃発し世界が一変した。

 これまで例を見ない程に暴徒化した魔物達が次々と国を襲い、その討伐に向かう道中で父は命を落としたのだ。



「まさかここに来て、父を知ってる方にお会いできるとは思いませんでした」


「そうだな……」



 胸の奥から熱いものが込み上げてくる。

 すると、公爵様は私の頬を優しく撫でた。



「七年もよく生きていてくれた。 感謝する」



 それはまるで、愛おしいものを見るかの様な温かい眼差し。

 冷血の貴公子とは思えない程に優しくて、でも少し泣きそうで。

 おかげで心臓が痛いぐらいに脈を打った。



「今まで何処にいたんだ?」


「伯父のザクセン男爵の所です。 父が亡くなって直ぐに引き取られて……」


「へぇ……」



 一瞬にして空気が冷えた。

 何か怒らせるような事を言ったかな。



「お待たせしました」



 ピリピリとした空気を晴らすようにバサリと天幕の入口が開き、ユーリ様が戻ってきた。

 手に持っていた小さなカバンの中から取り出したのは、茶色の小瓶。



「吐き気止めの薬です。 即効性がありますから直ぐに良くなると思います」


「ありがとうございます……」



 ユーリ様は長めの黒髪を揺らし、優しい表情で手渡してくれた。

 私は身体を起こし、小瓶の蓋をキュポンと外す。

 何やらツンと鼻を刺すような匂いに身体が硬直する。


 これ、本当に大丈夫なのかな。

 公爵様もユーリ様も早く飲めと言わんばかりに、視線で圧をかけてくる。

 ええい、こうなったら一気飲みだ!

 グイと喉に流し込むと、何味なのかもわからない、とにかくドロリと苦いものが口の中に広がる。

 これだけで既に吐き戻しそうだけど、ここはグッと我慢だ。



「ちゃんと飲みきったな。 直に良くなるからこのまま安静にしてろ」


「……はい」



 公爵様は私に横になるよう促した。

 こんな温かい気持ちで横になるなんていつぶりだろう。

 ぐっと眠気が襲ってくる。



「そう言えば閣下、さっき飛び出していったのは刀剣狼の件ですか?」


「あぁ、だが他に収穫はなかった。 やはりオールナードは危険種が多いな」


「では本日はこれで中止するように通告し、数名を警備に派遣しましょうか」


「そうしてくれ。 後は……」



 そして会話が途切れたと思いチラリと目を開けたら、二人の姿はもうなかった。



「遊宴会が中止……まずい!」



 私は眠りかけた身体を叩き起こし、急いで毛布を畳んだ。

 そして天幕の入り口からそっと顔を出すと、さっきまで談笑していた男達が武器やら天幕やらを片付け始めてる。


 やっぱり切り上げるんだ。

 となると、領主は機嫌を損ねるに違いない。

 急いで事情を説明しに戻らないと、また非道い目に遭わされる。


 私は速攻で荷物をまとめ、周囲をぐるりと見回し公爵様がいないのを確認する。

 助けてもらった恩はあるけど、見つかったらきっと面倒なことになる。

 私は息を潜めて屋敷へと向かった。






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