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変えられない過去、変えられる未来

 ヴランディ家の執務室の前。

 扉を開くと、閣下は書類片手に何やら難しい顔をしていた。



「あぁ、わざわざすまない。 すぐに終わるから、そっちのソファに座っててくれ」


「ありがとうございます……」



 『いつでも構わない』と言われて来たものの、タイミングが悪かったかもしれない。

 気まずい空気の中、私は勧められたソファへと腰を下ろした。


 その前にあるローテーブルには、シヴェルナ王国のものと思われる大きな地図が目一杯に広げてある。

 そこへ数か所、赤で書かれたバツ印が書き込まれていた。



「それらは危険種の魔物が現れた場所だ。 最近数が多いから気になってな」



 顔を上げると閣下がすぐ側まで来ていた。

 そしてそのまま私の隣りに腰掛け、難しい顔で広げてある地図を眺める。



「危険種って、刀剣狼みたいなのが他にもでたんですか?」


「あぁ。 しかも暴徒化する魔物も増加している。 だから今、武闘祭の開催を検討している所だ」


「武闘祭……?」


「知らないのか? 昔ルカス殿も出場していたんだが」


「もしかして、あの大きな闘技場で戦っていたのがそうですか?」


「あぁ。 昔は一般参加が多かったんだが、最近は騎士達の昇格試験の場になっているんだ。 確かルカス殿も優勝経験者だったな」


「そうです! ……って、閣下はその頃から父をご存知だったのですか?」 


「あぁ、ルカス殿は俺の師匠でもあるからな。 実は俺達も、あの時の武闘祭で一度会ってる」


「え……」



 どうしよう、全然記憶にない。

 確かあれは八年前。 

 優勝して上機嫌な父に抱えられ、色んな所に連れて行かれた事ぐらいしか覚えてない。


 それに閣下の剣術指導をしてたなんて、今初めて知った。



「何も思い出せずに申し訳ありません……」


「もしかして俺の指導役だった事も聞いてなかったのか?」


「はい、今知りました」


「全く、ルカス殿は……」



 閣下は額に手を当て、軽く溜息をついた。


 私の父ルカス・アルバートは、熊のような巨体で長剣を振るう剣士だった。

 閣下の様に魔法を使わず敵を薙ぎ倒していくから、間近に迫られると我が父ながら畏怖してしまう。

 顔に傷もありつつ豪快に笑う人で、剣術だけでなく生きていく知恵を沢山教えてくれた。


 騎士団に在籍しているとは言ってたし、どこかしら接点はあったんだろう。

 けどまさか剣術の指導をする側になっていたとは思わなかった。



「因みにどんな指導を受けてたんですか?」


「ちょっと休んでたら水を吹っかけられてたな」


「そんなのが日常にあったんですか?!」


「あぁ。 しかも殆ど手加減無しで打ち込んでくるからかなり恐ろしかったぞ。 だがそれ以上に愛情深い人だった。 今でも俺の目標だ」


「そうですか……」


「君の前では違ったのか?」


「剣の腕は確かですけど『すぐ(ロゼ)を甘やかすんだから』っていつも母に叱られてました」


「確かにそうかもな。 『俺の娘は世界一可愛いんだ』って散々言いまわってたし」


「え?!」



 確かに、そのセリフは浴びるように聞かされていた。

 それを他でも言い回ってたという事は……。



「まさか自分の娘が魔力なし(セロ)だってこと、バラしてないですよね?」


「いや。 バラした上で『娘に手を出したら承知しない』って牽制されたな」


「嘘……」



 普通だったら『役立たず(セロ)を生んだ役立たずな人間』と言われ孤立させられる。

 それでも父は私の事を……。

 胸の奥で温かいものが込み上げてくる。 

 そして閣下も、フッと顔を綻ばせた。



「『魔力があろうがなかろうが、俺にとっては大事な娘だ』といつも言っていた。 周囲の目などもろともしない姿に、子どもながらに格好いいと思った。 本当に尊敬している」



 閣下が知ってる、もう一つの父の顔。

 それを聞くことが出来て本当に良かった。

 そう感傷に浸っていると、突然閣下の表情からスッと笑みが消えた。



「俺にとっても、君にとっても大切な人だった。 なのに、俺はルカス殿を救えなかった」


「え……?」


「ルカス殿は七年前の厄災で、俺を守る為に命を落としたんだ」


 

 閣下は膝に置いていた両手にグッと力を込め、苦しげに呟いた。


 

 七年前。

 後に『魔物の暴徒化事件』と呼ばれる大規模な厄災で父は命を落としたと聞いた。

 その場に閣下もいたってことなの?



「どういう事、ですか……?」


「前国王陛下が倒れたと聞いて、遠征先から王都へ戻る途中に危険種の魔物達に囲まれてしまって。 だが、ルカス殿は俺を馬車に押し込んでそのまま王都へ向かわせたんだ」


「そんな……何故皆で逃げなかったんです?!」


「あの時はクーデターも起きてシヴェルナ政権も危ぶまれた時期だったんだ。 だからあの場で俺を死なす訳にはいかないと、皆が俺を逃がしたんだ」


「逃がしたって……」


「あの時の俺はまだ王族だったんだ。 現国王ウィラード陛下とは血の繋がった兄弟だ」


「えぇ?!」



 まさかの事実に思わず大声を上げてしまった。

 ウィラード陛下は確か閣下の様に美形で、傾きかけた国政を再建させた若き賢者だと聞いた。 

 年齢的にも近いみたいだし、閣下も公爵家の人間だから有り得るのかも……。



「彼らのおかげで俺は兄の王位継承を見届ける事が出来た。 だが……あの時の俺にもっと力があれば、彼らは命を落とす事はなかった。 民を守れなかった。 だからもう王族を名乗る資格はない。 それで俺は陛下の臣下に下り、騎士として生きることを選んだんだ」


「……」


「ロゼ、君の大事な家族を奪ったのは俺だ。 そのせいで君はザクセンに連れ去られ、苦しませてしまった。 本当にすまなかった」



 深々と頭を下げる閣下に、私は言葉が出なかった。


 確かに両親の加護が無くなった(セロ)は、伯父の格好の餌食になった。

 日々繰り返される虐待や理不尽な仕打ち。

 無慈悲なこの世界を恨んだし、生きる事も何度も諦めそうになった。

 

 あの苦しみに落としたのが閣下だったなんて。

 言葉で表せない感情に体が震え、涙が溢れてきた。



「……今、すごく父に会いたいです」


「……そうだな」


「でも、もう会えないんですよね」


「……あぁ」



 久しぶりに大口を開けて笑う父の姿が目に浮かぶ。


 今の私を見たらどう思うだろう。

 なんて言葉をかけてくれるだろう。

 


「閣下も……、父に会いたいと思いますか?」


「勿論だ。 叶うなら、今すぐにでも」



 小さく震える声にグッと胸が苦しくなった。


 私の名前を聞いた時、閣下はすぐに父の名を口にした。

 それはこの七年、ずっと贖罪を背負って生きてきたからだろう。


 自分の所為で大事な人を失くしたというのに、こうして私と真摯に向き合ってくれている。


 父はまだ、この人の中で生きてる。


 そう思ったら、心の中の靄が少しずつ晴れてきた。

 私は涙を拭い、顔を上げた。



「閣下……教えて下さってありがとうございます」


「いや、ずっと黙っていて本当に済まなかった。 どんな罰でも受ける。 だから……」


「ではこれからも生き続けると、誓って下さい」


「え……」


「父は命を懸けて貴方を生かしたんです。 ですからどんなに苦しくても、生きる選択肢を選び続けてください」 



 私が出した答えに、閣下は目を瞬かせた。

 そして困惑した表情を見せる。


 

「ロゼは……本当にそれで良いのか……?」


「父もきっとそれを望んでます。 私もアルバート家の人間として父の意思を継ぎ、その生涯を見届けます。 ですので約束して下さい」



 そう言って私は、以前の様に小指を差し出した。



「……私は貴方に忠誠を誓いました。 それは今でも揺るぎません。 ですから、私を失望させるような事は絶対にしないで下さい」



 すると閣下は少しだけ目を細めて、ゆっくりと私の小指に小指を絡ませた。



「あぁ、約束しよう」



 互いの小指の先に、そっと力が入る。 

 あの痛みも苦しみも、一生消えることはない。

 でも、それを癒やす方法は絶対にある筈だ。

 閣下が私に騎士の道を示してくれたみたいに。



「約束、ちゃんと守ってくださいね」


「あぁ、約束も、君の命も守るとここに誓おう」


「え?」

 

 閣下は絡めていた指を自分の口元へ引き寄せ、私の小指に唇を当てた。



「俺の『騎士の誓い』は君に捧げる。 どうか、受け取ってくれ」


「え? えぇ……?」



 まるで愛おしいものを見る様な眼差しを向けてくる閣下に驚いて、一気に涙が引いてしまった。


 

 


 

 










ここまで読んで下さりありがとうございました!

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次回から新章スタートです。

ブックマークをつけてお待ち頂けたらと思います。

今後の励みにしたいのでどうぞよろしくお願い致します!

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