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懐かしい思い出

 ヴランディ家へ療養に来て今日でもう五日が過ぎた。

 最初は侍女がついて身の回りの事をしてくれていたけど、流石に三日目でじっとしていられない。

 まだ剣は振れないし、身体も動かせないので息が詰まりそうだ。

 とうとう耐えきれなくなって、私はここぞとばかりに屋敷内をウロウロする事にした。



「ロゼさん、やっとみつけましたよ! 療養中だというのに何をやってるんですか!」


「何って、ご覧の通り皮むきです。 ちゃんと座ってるので大丈夫です」


「そういう問題じゃないでしょう!」



 ヴランディ家の厨房の隅でじゃがいもの皮むきをしてたら、眉根を寄せたユーリ様に見つかってしまった。


 今は厨房のお手伝いの時間。

 料理長に頼み込んで、手伝いをさせてもらっていたのだ。

 勿論台所だけじゃなく、掃除、洗濯、庭仕事等など。


 最初は『キアノス様の客人ですから……』と敬遠されたけど、七年で培った家事能力をアピールしていく内に、少しずつ仕事をもらえる様になった。



「全く……閣下が帰ってきたら叱られますよ!」


「百も承知です。 そうそう、使用人の皆さんは全然悪くありませんからね!」


「どういう事です?」


「頼まれたのではなく、あくまで私が勝手に手伝ってるだけですから」



 そう、これは私が強引に手伝ってる事。   

 使用人の皆様は悪くない。



「……自分が悪者になってまでやる事じゃないでしょう」


「迷惑かけたくないだけです」



 頭上で聞こえたユーリ様の大きなため息には気づかない振りをしておこう。


 

「そういえばユーリ様、私に何かご用事でしたか?」


「はい、先日お借りしていたペンダントの鑑定が終わりましたのでお返しにきました」


「ありがとうございます!」



 ユーリ様から白い絹布に包まれたペンダントを受け取ると、早速首に下げた。

 磨いてくれたのか、トップの魔晶石が前よりも輝いてる気がする。



「で、鑑定結果はどっちだったんです?」


「やはり魔力を吸収するタイプでした。 このタイプは希少なので、決して無くさないようにして下さいね」


「そうなんですか……」


「ご両親の愛情の証です。 きっとこれからも貴女を守ってくれますよ」



 そう言って微笑むユーリ様を見て、私もつられて笑顔になった。



「ロゼ様、仕込みも終わりましたのでいつでも厨房を使ってもらって構いませんので」


「ありがとうございます! 」



 調理場から料理長が顔を出して、私を手招いた。

 私は籠いっぱいになったじゃがいもを持ち上げ、ユーリ様に向き直った。

 

 

「ではユーリ様、ここで失礼します」

「今日の夕刻には閣下もお戻りになりますから、手伝いも程々にしてくださいね」

「はい!」



 パァッと目の前が明るくなった。

 今日は閣下が帰ってくるんだ!


 

 実は約束した日から閣下とは一度も会ってない。

 公務が立て込んでると聞いたけど、元気にしてたみたいだ。

 気まずい所もあるけど、やっぱり顔を見て安心したい。

 


(どうしよう。 折角なら閣下も食べれそうなものでも作ろうかな……)

 

 

 何せ五日ぶりだ。

 閣下と早く話がしたい。


 剪定が楽しくて、植え込みを小さくしてしまった事。

 屋敷中のシーツを洗濯するって、結構重労働なんだと身に沁みた事。 


 私を擁護する理由だけが聞きたいんじゃない。


 日常のほんの一コマの事を切り取って話がしたい。


 

(ゆっくり話せるように、マフィンを作ろうかな)



 私は調理場のテーブルに籠を置いて、袖をまくって材料集めを始めた。

 

 

◇◇◇◇◇



 

「こんな所で寝てると身体が痛くなるぞ」



 人の声に驚いて目を覚ますと、心配そうに私を見る閣下の姿があった。



「閣下?! お、おかえりなさいませ!」


「……ただいま。 大丈夫か?」


「はい! ちょっと休んでただけですので」



 焼きたてのマフィンが冷めるのを待ってる間に、すっかり寝てしまってたみたいだ。


 閣下の方こそ少しお疲れみたいだけど、白シャツ姿だし、今日の外務は終わったんだろう。

 

 

「それにしても凄い量だな。 全部一人で食べるのか?」


「いえ、作り置きしておこうと思って作ったんです」


「そうか」



 そこで閣下は黙ってしまったけど、ジッとマフィンに熱い視線を注ぎ続けてる。

 もしかしてこれは。



「閣下、まさかお腹すいてるんですか?」


「いや、まぁ、昼食を食べ損ねたから空いてはいるんだが……」



 そう言って閣下は顎に手を添えて何やら考え込む。

 聞いたものの、私の料理には魔力が入ってないので自ら勧めるのも気が引ける。

 閣下もそれが分かっているのか、食べたい欲と葛藤してるのかも。


 すると閣下は意を決した様に顔を上げた。



「なぁロゼ、俺でも作れるものはないか?」


「閣下が……ですか?」


「あぁ、この様子じゃ調理長は不在なんだろ? なら自分で作ってみようかと……」



 まさかそこに行き着くとは!

 

 思わぬ発言に一瞬思考が停止してしまったけど、閣下の調理姿は見てみたい。


 私は急いで保冷庫から玉子を取り出した。



「初めてなら玉子焼きを作りましょう。 混ぜて焼くだけですし、卵は栄養価が高いですから身体にもいいですよ」


「……本当に俺にもできるのか?」


「はい。 混ぜて焼くだけですから」


「……わかった」

 

「で、作り方はご存知ですか?」


「混ぜて焼くだけなんだろ?」



 すごく真面目な顔で聞き返してきた。


 ……この様子だときっと知らないな。


 私は調味料と調理道具を閣下の前に置いた。 



「折角ですし美味しいものにしましょう。 私もお手伝いします!」


「……それは心強い。 いや、かなり助かる」



 閣下の『心強い』発言に思わず笑ってしまった。

 




 調理経験のない閣下との調理は緊張の連続だった。


 フライパンに溶いた玉子を落とす時も。

 フライ返しでひっくり返す時も。


 『冷血の貴公子』は凍てついた表情を時折崩しながら、必死に玉子焼きを完成させた。


 出来上がった玉子焼きはかなり固めだったけど、一応巻いてはあるし焦げてもないので成功だ。


 閣下も大きく息を吐き、皿に盛られた作品を眺めていた。

 


「はい、では熱い内に頂いて下さい!」



 私はささっと閣下に椅子を座らせて、カトラリーを出した。



「ありがとう」



 閣下は緊張した面持ちで、フォークで小さく切った玉子焼きを口に入れた。



「……」


「どうしました?」


「いや、こんなにシンプルな味だったかなと思ってな」


「玉子以外何も入ってませんしね」


「それはそうなんだが、何故か君の料理に似て、スッと身体に沁みるような味がするんだ……」



 私の料理に似てる?

 

 私は手順を教えただけで、味付けも手伝いもしていない。

 何とも不思議な話だ。



「……味見、させてもらえませんか?」



 私の一言に閣下が目をむいた。



「俺が作った料理だぞ?! しかもこんな料理、食べても大丈夫なのか?!」


「私が言ってるんですから良いんです。 それに『こんな料理』じゃありません! 閣下が頑張って作った『立派な料理』です!」


「…………どうなっても知らんぞ。 ほら」



 そう言って閣下は渋々玉子焼きを一口切り、フォークに刺して私の口に入れた。

 

 ゆっくり噛むと、感じるのは微かな苦み。

 でも閣下の言う通り、確かに身体に沁みていく気がする。

 幾らでも食べられそうだ。

 私の作る味、というよりも、もっと懐かしい……。



「おい、大丈夫か?」

「あ……」



 閣下の声に気づいた時には、ポロポロと涙が頬を伝っていた。



「すまない! 気分が悪くなったりしていないか?」


「大丈夫です。 すごく、美味しかったです……」


「……本当か?」


「はい。 母の味によく似てて、すごく美味しかったです。 そう言えば、ここは魔晶石のコンロですし、作業中も魔法を使ってないですね」


「まぁそれぐらい必死だったからな」



 ほのかな苦みの正体はその人のもつ魔力。

 魔法を使ってなくても、自然と滲み出てしまうものだから仕方がないと母が教えてくれた。

 そう、閣下の味と母の味が似ていたのは、魔力を込めずに作ったからだった。


 嬉しい。

 もう一度、あの味に出会えるなんて。


 そう思うと嬉しくて涙が止まらなかった。



 すると突然閣下は私の腕を引き、そのまま自分の腕の中に私を収めてしまった。


 どうしたのかと思って身動いでも、腕の力が強くて動けない。

 でも、次第にこの拘束感がすごく心地良く思えてきた。 



「こんなので良ければいくらでも作ってやるから、もう泣かなくていい」



 優しく心に響く声だった。

 閣下は私の涙を拭いながら言葉を続けた。



「また君を泣かしてしまうだろうが、今夜、例の話をしてもいいだろうか」


「はい……」



 顔を上げると、何故か閣下も少し泣きそうな顔で微笑んでた。

 でも、前のような苦しげな表情ではなかった。

 



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